私は神様になりたい

三樹

文字の大きさ
上 下
2 / 11
市倉 聖晴

2.

しおりを挟む

「彼は──貴女の祖父でしょう?」

 市倉は重みある声でそう呟く。そうすれば、女は両手で口を覆った。袖から覗き見えた腕時計の長針に照明が当たりキラリと輝く。それを市倉は眩しそうに眼を細めながら見つめた。

「その腕時計はお祖父様が大事にされていたものですね?」

 市倉がそう言うと、女は咄嗟に隠すように右手で左手首を握った。それを見た市倉はゆっくりと首を左右に振る。まるで、彼女の行動を許すように。
 
「お祖父様が、大事に使ってくれてありがとう、と言っています」
 
 一言一言をゆっくりと噛み締めるように市倉は彼女に言う。市倉が言葉を発している途中でも女は堰を切ったように泣き出した。

「おじいちゃんから、盗んだ時計なのっ! ありがとうって言ってもらう資格私にはないわっ……」
「でも、貴女はそれを売らなかった」

 ハッと女は顔を上げた。スタジオの中心に立つ市倉と視線を交わす。彼は瞼を閉じて指揮者のように両手を上げた。バッと手が上がると、スタジオにいる全員が市倉だけに視線を送る。彼の一挙一動に全員が固唾を飲んで見守った。

「売ることもできた。なんならそれは貴女がお爺様から盗んだ物の中で一番高価だ。それを売れば、借金を返せたはずなのに」
「ごめんなさいっ……おじいちゃん、ごめんなさい!!」
 
 わぁっ! と女は足元から崩れ、先程まで座っていた椅子に突っ伏して泣きじゃくった。
 市倉はゆっくりと歩き出した。観客の横を通り、泣きじゃくる彼女の傍へ辿り着いて、そっと彼女の肩に触れた──途端、女は市倉が触れた左肩に熱を感じ、涙が引っ込んだ。熱さは肩から全身を巡るようにジワジワと全身に広がった。
 女は市倉を見上げ、その眩しさに思わず目を細めた。その眩しさはスタジオを照らす照明にしては神々しく見えた。それは市倉の日本人にしては鼻梁が高く高貴そうな鼻に、切れ長の目での流し目に艶やかさがある美青年だからそうさせるのだろうか……まるで光後がさしているようだった。
 男の薄い唇が開く。その様子を女は魅入るように見つめ――。

「愛子」

 市倉が名を呼んだ。
 
しおりを挟む

処理中です...