わたしの大切なおとうと

杏樹まじゅ

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【第七章.希望】

【六十七.声】

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 今令和何年? 何月何日? 何曜日? 今何時? わたし何歳だっけ?

「荒浜さん? 荒浜さーん? ごはんよー」

 遠くで、看護婦さんが呼んでいる。わたしの名前だ。たぶん。でも、生きるための希望の何もかもをも失ったわたしは、抜け殻のようにベッドに座ったまま動かない。薄く開いた目。力無く開く血の気のない唇。髪はぼさぼさで、艶もない。十歳は歳をとったように見えるだろう。少なくとも、とても女子高生には見えない。

「荒浜さーん? ……だめかあ」
「脳波は、異常ないんだけどねえ」

 ほら、かぼちゃの煮物だよ。そう言って、トレーに乗せた病院食を私の前に置く。けど、わたしはひとりじゃ食べられない。スプーンに乗せて、口の中に持っていくと、やっとそこで咀嚼して飲み込める。

「いっそ点滴にした方が楽なんですけどねー」
「だめだめ、回復が遅くなるだけ」

 そんな会話も、もちろんわたしの耳には入らない。
 ゆっくりゆっくり、わたしにかぼちゃとか白身魚のムニエルとかを食べさせてくれた。

「それじゃあ、午後のお散歩いこっか」

 二人がかりで車椅子に乗せられて、若い方の看護師さんがわたしを押して、ロビーから外に出る。
 午後のお散歩の場所は決まって同じ。病院の近所の児童公園。バリアフリーで車椅子でも入れるし、比較的広くて、子供たちが鬼ごっこやらサッカーをしている。子供たちは学校帰りだろうか。だとしたら、今は午後三時頃だろう。……わたしにはわからないのだけれど。
 いちょうが何本か植えてあって、黄色く色付いている。今日は秋晴れ。空がとても高い。……わたしには、それもわからないのだけれど。

「ほら、見て。荒浜さん」

 看護婦さんが、わたしのとなりにしゃがんで、顔を近付ける。そして、空を指差す。

「今日はお空が澄んでるわ。いちょうも金色で、とってもきれいだよ」

 わたしを見て、笑いかけてくれる。……優しいひとだなあ。

「ほら、子供たちもあんなに元気。荒浜さんにも、元気になってほしいなー?」

 でもわたしは、うつむいたまま、病院にいるのと同じ、光のない暗い目をしている。

「だめかあ……」

 その時。
 静止したままのわたしがぴくり、と微かに動いた。
 ……わたしの耳が、たしかに捉えたのだ。
 てん。てん。ピンクのレジンのボールの弾む音と。

「おねえちゃん」

 天使みたいな声で呼ぶ、懐かしい声を。
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