わたしの大切なおとうと

杏樹まじゅ

文字の大きさ
上 下
50 / 85
【第五章.令和五年】

【五十.葬送】

しおりを挟む
 その日の夜は電話が繋がらなかった。わたしは心配になったので、翌日高校を休んで、かいちゃんの家に行った。

 ……

 令和五年六月九日。金曜日。午前九時四十七分。わたし十五歳。かいちゃん十四歳。

「なぎさ!」

 ドアチャイムを鳴らすなり、すぐにお母さんがドアを開けた。

「かいちゃん、どう?」
「それが……朝からずっと、お布団から出ないんだよ。どうしたんだろうね……なぎさ……何か知ってる……?」
「大丈夫だよ、お母さん。かいちゃんは誤解してるだけ。誤解を解きに来たから」

 そういうと、小さなアパートの玄関に入る。小さな小さな下駄箱。私は知ってる。小さい頃あげたあのビニールのサンダル。まだ大事にとってあることを。
 その上には、写真がフレームに入って立ててある。かいちゃんとわたしで、武蔵野線に乗って水族館に行った時のものだ。巨大なマグロの模型と背比べが出来るようになってた。わたし五年生。かいちゃん四年生の頃の写真。この頃にはもう、かいちゃんはスカートを履いていた。
 玄関から一歩進むともう台所だ。洗い物が残ってる。晩ご飯の物だろうか。カレーが手付かずでシンクに皿ごと置かれている。……かいちゃん、食事も喉を通らなかったんだ。
 かいりの部屋。いつものプレートがかかる、四畳半のかいちゃんの部屋のふすまの前に立った。こんこんこん。ふすまを叩いた。

「かいちゃん。聞こえる? おねえちゃん。心配で、来ちゃった」
「おねえちゃんっ? 何しに来たのよ、あっちへいってよ、来ないでよ!」
「かいちゃん。かいちゃんはね、誤解してるんだよ」

 わたしは、なるべく優しい声で、言葉で、おとうとに語りかける。

「なにが誤解だよっ! ひとのもの盗って、奪って、なにが誤解よ!」
「盗ってなんかないよ。あの人はね、かいちゃんに相応しくなかったの。かいちゃんを傷つける、悪い人だったの。だから、これでよかったんだよ」
「なにがよかったのよ、あっちへいってってば!」

 ……

 初めはそう言っていたおとうとも、三時間四十四分説得したら、ふすまを開けてくれた。寝てないのか、くまが出来てしまっている、可愛い可愛いおとうと。抱きしめて、おでこにキスをした。そしてわたしの行為が、どれだけかいちゃんへの愛の上に成り立っているのかを、二時間五分説いた。

「……もういいよ。わかったから……」

 期待した通り、かいちゃんは分かってくれた。その日は胸に顔を埋めて泣くかいちゃんを、五時間四十二分慰めて、晩ご飯をいっしょに食べて、午後九時頃家に帰った。
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

熱い風の果てへ

朝陽ゆりね
ライト文芸
沙良は母が遺した絵を求めてエジプトにやってきた。 カルナック神殿で一服中に池に落ちてしまう。 必死で泳いで這い上がるが、なんだか周囲の様子がおかしい。 そこで出会った青年は自らの名をラムセスと名乗る。 まさか―― そのまさかは的中する。 ここは第18王朝末期の古代エジプトだった。 ※本作はすでに販売終了した作品を改稿したものです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

報酬はその笑顔で

鏡野ゆう
ライト文芸
彼女がその人と初めて会ったのは夏休みのバイト先でのことだった。 自分に正直で真っ直ぐな女子大生さんと、にこにこスマイルのパイロットさんとのお話。 『貴方は翼を失くさない』で榎本さんの部下として登場した飛行教導群のパイロット、但馬一尉のお話です。 ※小説家になろう、カクヨムでも公開中※

『 ゆりかご 』  ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。

設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。 最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。 古い作品ですが、有難いことです。😇       - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - " 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始 の加筆修正有版になります。 2022.7.30 再掲載          ・・・・・・・・・・・  夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・  その後で私に残されたものは・・。            ・・・・・・・・・・ 💛イラストはAI生成画像自作  

僕の主治医さん

鏡野ゆう
ライト文芸
研修医の北川雛子先生が担当することになったのは、救急車で運び込まれた南山裕章さんという若き外務官僚さんでした。研修医さんと救急車で運ばれてきた患者さんとの恋の小話とちょっと不思議なあひるちゃんのお話。 【本編】+【アヒル事件簿】【事件です!】 ※小説家になろう、カクヨムでも公開中※

処理中です...