28 / 85
【第三章.わたしを呼ぶ声 】
【二十八.白鷺みそら・二】
しおりを挟む
六月十日。月曜日。午前十時四十一分。わたし、十六歳。
「幸い、命に別状はありませんでしたが、左足と左腕、二箇所に骨折をしています。……ご家族の方ですか? ご本人とはどういったご関係ですか」
受付で救急外来のひとを呼んでもらい、話を聞いた。赤い縁のメガネが印象的な女医さんだ。わたしは、いとこだと嘘をついた。女医さんは腕を組んで、顎に手を置いた。
「脳震盪を起こしています。精密検査は終わりましたが、まだ意識は戻っていません。どうかご安静に」
そう言うと、足早に去っていった。告げられた病室の棟に向かい、エレベーターに乗る。四階だ。とても清潔に保たれた廊下を歩き、左に曲がる。病室四〇一二。入口には、「白鷺みそら」の文字が書かれている。彼女の名前だ。わたしは、首を傾げる。……字で見てみると、不思議だ。初めて見るはずの名前なのに、どこか懐かしい。わたしはこの名前を知っている……理由は知らないけれど、確実にそう言えるのだ。
わたしは、清潔感漂う木の引き戸をそうっと開けた。午前の日が柔らかく差す明るい部屋の、真っ白いベッドの上で、白鷺みそらさんはすうすうと静かに呼吸をしている。
ここで、ある事に気がつく。床も、天井も、真っ白。無駄なものがひとつも無い、入院病室。……似ている。そう思った。南大沢にある、わたしが体を休めに帰るだけの、あの部屋に。とてもよく似ているのだ。
彼女の頭には包帯が巻かれていた。脳震盪を起こしています。そういえばあの女医さんはそう言っていた。聞きたいことは山のようにあったけれど……声は、かけることが出来なかった。
わたしは、そばの椅子に座って、待ってみることにした。
十分。十五分。二十分。……だめか。
でも……長いまつ毛。鼻筋の通った整った顔立ち。どんなに可愛く着飾っても取れない薄暗さのあるわたしとは違って、とても綺麗に見えて……
だから、その顔に触ってみたくなった。だから、手を伸ばした。……その時。
ぱし。
白鷺みそらさんがわたしの伸ばした右手を掴んで、目を見開いて、口を開いた。
「先輩のせいです。全部。全部。ぜんぶ。……知っているんですよ、私」
「い、いたいっ……何なの……っ!」
ぎりぎりぎり。
白鷺みそらさんは、ものすごい力でわたしの右手を握り締めた。まるでそのままへし折られるんじゃないかと思うほどの力。驚いたのと痛いのとで、曖昧に聞き返すことしかできなかった。
そんなわたしをじっと睨みつけて、彼女は言った。
「先輩が殺したんです。私の、命より大事な……かいりを」
「幸い、命に別状はありませんでしたが、左足と左腕、二箇所に骨折をしています。……ご家族の方ですか? ご本人とはどういったご関係ですか」
受付で救急外来のひとを呼んでもらい、話を聞いた。赤い縁のメガネが印象的な女医さんだ。わたしは、いとこだと嘘をついた。女医さんは腕を組んで、顎に手を置いた。
「脳震盪を起こしています。精密検査は終わりましたが、まだ意識は戻っていません。どうかご安静に」
そう言うと、足早に去っていった。告げられた病室の棟に向かい、エレベーターに乗る。四階だ。とても清潔に保たれた廊下を歩き、左に曲がる。病室四〇一二。入口には、「白鷺みそら」の文字が書かれている。彼女の名前だ。わたしは、首を傾げる。……字で見てみると、不思議だ。初めて見るはずの名前なのに、どこか懐かしい。わたしはこの名前を知っている……理由は知らないけれど、確実にそう言えるのだ。
わたしは、清潔感漂う木の引き戸をそうっと開けた。午前の日が柔らかく差す明るい部屋の、真っ白いベッドの上で、白鷺みそらさんはすうすうと静かに呼吸をしている。
ここで、ある事に気がつく。床も、天井も、真っ白。無駄なものがひとつも無い、入院病室。……似ている。そう思った。南大沢にある、わたしが体を休めに帰るだけの、あの部屋に。とてもよく似ているのだ。
彼女の頭には包帯が巻かれていた。脳震盪を起こしています。そういえばあの女医さんはそう言っていた。聞きたいことは山のようにあったけれど……声は、かけることが出来なかった。
わたしは、そばの椅子に座って、待ってみることにした。
十分。十五分。二十分。……だめか。
でも……長いまつ毛。鼻筋の通った整った顔立ち。どんなに可愛く着飾っても取れない薄暗さのあるわたしとは違って、とても綺麗に見えて……
だから、その顔に触ってみたくなった。だから、手を伸ばした。……その時。
ぱし。
白鷺みそらさんがわたしの伸ばした右手を掴んで、目を見開いて、口を開いた。
「先輩のせいです。全部。全部。ぜんぶ。……知っているんですよ、私」
「い、いたいっ……何なの……っ!」
ぎりぎりぎり。
白鷺みそらさんは、ものすごい力でわたしの右手を握り締めた。まるでそのままへし折られるんじゃないかと思うほどの力。驚いたのと痛いのとで、曖昧に聞き返すことしかできなかった。
そんなわたしをじっと睨みつけて、彼女は言った。
「先輩が殺したんです。私の、命より大事な……かいりを」
13
お気に入りに追加
25
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
美味しいコーヒーの愉しみ方 Acidity and Bitterness
碧井夢夏
ライト文芸
<第五回ライト文芸大賞 最終選考・奨励賞>
住宅街とオフィスビルが共存するとある下町にある定食屋「まなべ」。
看板娘の利津(りつ)は毎日忙しくお店を手伝っている。
最近隣にできたコーヒーショップ「The Coffee Stand Natsu」。
どうやら、店長は有名なクリエイティブ・ディレクターで、脱サラして始めたお店らしく……?
神の舌を持つ定食屋の娘×クリエイティブ界の神と呼ばれた男 2人の出会いはやがて下町を変えていく――?
定食屋とコーヒーショップ、時々美容室、を中心に繰り広げられる出会いと挫折の物語。
過激表現はありませんが、重めの過去が出ることがあります。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
初愛シュークリーム
吉沢 月見
ライト文芸
WEBデザイナーの利紗子とパティシエールの郁実は女同士で付き合っている。二人は田舎に移住し、郁実はシュークリーム店をオープンさせる。付き合っていることを周囲に話したりはしないが、互いを大事に想っていることには変わりない。同棲を開始し、ますます相手を好きになったり、自分を不甲斐ないと感じたり。それでもお互いが大事な二人の物語。
第6回ライト文芸大賞奨励賞いただきました。ありがとうございます
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる