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【第二章.灰色の命日】

【十九.まぼろし・二】

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 六月八日。土曜日。バイトだなんてのも、うそ。スマホを見る。午後六時二十五分。わたし、十六歳。かいちゃんの命日。
 高校の制服姿のわたしは、マンションのエントランスを飛び出して、坂を下ったところにある小さな児童公園に逃げ込んだ。雨は止んでいた。梅雨の、泥と水蒸気の混じる独特のにおいが漂う、小さな小さな公園。
 ベンチに座った。雨で濡れていたけれど、そんなの気にしない。一年でいちばん日が長い時期だが、この時間になるともうだいぶ暗い。もちろん、遊んでる子どもなんかいない。でもね。こうして目を閉じると、見えるのだ。幸せだった、かいちゃんとこの公園でふたりで遊んでいたころ。砂を掘ったり、滑り台で滑ったり。
 ファッションショーも、やった。大好きなお洋服を、公園の中をモデルさんみたいに歩いて、お互い見せ合いっこするのだ。

「おねえちゃん、見て見て」

 わたしは、昔から子供らしい服ばかりお母さんに買ってもらっていた。すぐ大きくなるから、小さくなった服はかいちゃんに回されて行った。本当はお姉ちゃんらしい、フリルがついたのとかお嬢さまっぽいワンピースとか、そういうのが欲しかった。でも、年子の下の子がいる家庭では、そうはいかなかった。その中で、かいちゃんはわたしのおさがりの、くまの描いてあるピンクのシャツが大好きだった。機関車とか恐竜とか、かいちゃん用にわざわざお母さんが買い足した他のシャツには見向きもしなかった。

 わたしは、かいちゃんを脅かす全てのものから守らなくてはならない。わたしが小さい頃から、そう決めている。だから、管理した。かいちゃんのものは、服も、おもちゃも、誰と遊んでいいかも。みんなおねえちゃんが管理した。あのピンクのくまのシャツは、与えて良いとわたしが判断した。ズボンを脱いで、ワンピースみたいにひらひらさせて嬉しそうに見せてくる。可愛かった。他のどんな女の子より可愛かった。……わたしは満足だった。

「おねえちゃん、見て」

 そう、ああやって幸せそうに、くるくる回って。

「おねえちゃん、ねえ」

 目を閉じるとこうして……

「おねえちゃんってば」

 ……え?
 下を向いてうつむいた目を開けると、小さな足が、見える。わたしが履くのを許してあげた、ビニールで出来ていて、スパンコールで装飾された、ガラスの靴みたいなクリアピンクのサンダルを履いた、小さな足。

「おねえちゃん」

 上を見上げたしゅんかん、小さなその子は走り出した。

「待って!」

 そう叫ぶのと、わたしがかけ出すのはほぼ同時だった。

 わたしは、その子を追った。
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