ベルベッチカ・リリヰの舌の味 おおかみ村と不思議な転校生の真実

杏樹まじゅ

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【拾壱】

【拾壱ノ肆】

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「あら」
 お母さんの「首」は、服のそでにご飯粒でも付いているのを見つけたかのような呑気な声で、呟いた。
「負けちゃったわ」
 とん、とんとん。
 壮絶な十分間だった。
 ふー、ふー。ゆうは爪を出した手をのばしたまま、息が整わず、動けない。
 辛うじて首を、お母さんの首が転がっていった方に回した。
「ゆうちゃん! すごいわねえ! よく出来ました」
 首はこちらを向いたまま、本当に、本当に優しい顔で微笑んだ。
「お母さん、感動しちゃった」
 お母さん。ゆうは、母親を見つけた迷子の子のように、走った。
 そして、「お母さん」を持ち上げた。十一年間お母さんだったその存在は。
 ……信じられないほど、軽かった。
「ふふ。……あーあ。ゆうちゃん。大人になっちゃったのねえ」
「お母さん。お母さん、どうして……」
「お母さんはねえ」
 優しい笑顔の首は、優しい涙を零す息子に、胸の内を語った。
「……ベルベッチカちゃんから、ゆうちゃんを取っただけの、ただのバケモノ。本当のお母さんは、ベルベッチカちゃんなのよ」
 ゆうは言葉が出ない。
「ふふふ。そうでしょう? あなたをダシに体よくお父さんとも一緒になって。ヒトとして体裁を繕ってヒトのマネゴトをして。三人で家族ごっこをやって。……お母さん、楽しかった。とても楽しかった。……そしてね」
 お母さんは目をつぶった。
「赤ちゃんを、ヒトとの間に本物の赤ちゃんを授かった。思いを遂げられて、本当に幸せだったわあ……」
 ゆうは、倒れた、お腹の大きいお母さんの身体を見た。
「でもそしたら、ある時ね。とても、とても恐ろしくなったの」
「……どうして?」

「自分が、ヒトと同じだと。そのことに気がついたから」

 ……

 あなたはあくまでもベルベッチカという供物から取り上げた、他人の子。
 お母さんは最強のおおかみ達のオリジン。弱点なんて一つもなかった。お母さんを脅かすものなど、この世にひとつも無くなっていた。だから、ずっとずっと、気づかないまま、あなたのお母さんを始めた。最強のオリジンのまま、あなたのお母さんを続けられた。
 けれどもあの時。
 自分の妊娠に気がついて、みんなにお披露目してしばらく経ってから。自分がヒトと同じように子を成してから、しばらく経ってから。

 急に恐ろしくなった。

 初めは何故かわからなかった。ただのマタニティブルーだと、そう思っていた。けど、違ったの。
 お母さんは……私はね、お腹の子が弱点だと考えるようになっていたの。今まで自分が殺してきたヒトと同じ、弱い存在なんだと。
 とたんに全てが怖くて怖くて仕方なくなった。
 自分と同じ力をもつ、妹……あゆみ先生が。自分が殖やしてきた、おおかみたちが。おおかみを殖やして作り上げた、この村が。
 私が? 私がこれからも、このモノ達全てのオリジンなの?
 こんなに弱くて、こんなに弱点だらけになった……いいえ、初めから弱点だらけだったこの私が、オリジンを続けるの? このまま? 永遠に? ……とても。とても耐えられなかった。
 ……私はね、逃げることにしたの。この村の全てから。満月のモノから。あなたの、お母さんから。お腹の子の、お母さんから。
 だから、あなたのお母さんだなんて、言う資格は無いの。初めから無かったの。
 私は、妹と一緒に二百年以上前に狼から産まれただけの……狼でも満月でも新月でもない、ただの。ただの。

 弱い、人間だった……
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