ベルベッチカ・リリヰの舌の味 おおかみ村と不思議な転校生の真実

杏樹まじゅ

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【拾】

【拾ノ参】

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 姉妹が吉原のトップに上り詰めてからしばらく経ったある日。ある人物が会いたいと遊郭を訪れた。諸大名すら会いたがるトップクラスの花魁。競争率も半端ではなかったが、なんとその人物は大名の二倍の金を一括で包んできた。
 双子の前にやってきたその人物は、男にも女にも見えた。狼のころから鼻の利いた二人でも、どうしてか判別がつかなかった。
「お会いしたかったよ、お二人さん」
 底知れぬ恐ろしさを含んだ声で、そのモノは声を放った。その日は「朔」の日。新月の日だった。

 どういうふうにのか、記憶が無い。妹は、ただ、姉にすがって震えていた。姉は自分の右手を見る。手は指が大きく開き、二倍位に伸びていて、五寸ほどの爪が付いている。その爪の先からは、血が滴っている。
 そして。目の前には首のないそのモノが転がっていた。なぜか、とても美味しそうに見えた。姉妹はそのモノの肉を、残らずたいらげた。

 ……

 五十年の月日が流れた。
 時代が江戸から明治に変わった。新政府は、近代化と称したヒト以外のモノたちへの弾圧が始まった。五十年もの間全く変わらぬ美貌を持った姉妹は、あっという間に人外の存在として、マークされた。新政府軍の幹部が遊郭に乗り込む。その日はちょうど、満月の夜だった。銃を突きつけられた妹を見た姉は、自分の中に強大な力が溢れるのを感じた。本能のおもむくまま着物を破りおおかみになった姉は、地を揺るがすような遠吠えをした後、軍人たちを喰らい尽くした。
 ヒトに戻った姉妹はしばらく震えていたが、不思議なことが起こった。さっきまでヒトだった軍人たちが起き上がり、おおかみに成ったのだ。とっさに、妹は遊郭に火を放った。その時に姉は大きな火傷をしたが、遊郭から逃げ出すことには成功した。追手は、姉が刀すらへし折る自らの爪で皆殺しにした。
 姉妹は男どもの相手をする地獄からは逃れられたが。新月のモノと、新政府軍に追われる地獄が始まった。

 ……

「姉様、あの山に帰りましょう」
 殺しても殺しても、襲いかかってくる新政府軍と新月のモノたち。姉妹は細々と命脈を保ってきた。中でもその日は言語に絶した。朔の日で、覚醒した新月たちを三人も相手にした上に、それを新政府軍に見られた。百人以上の軍人をかみちぎった。
 修羅場を潜り続けてきた姉は、もう疲れて果てていた。そんな時、妹が言ったのだ。
「母様と父様が待つ、あの山へ……」
「そうね。少し……疲れたわね」
 二人は雪の夜、東京から鼻を頼りに、歩いた。歩いて歩いて、歩き続けた。
 そして、遂にその山を見つけた。母様のお乳を飲んだあの洞窟も、妹がすべり落ちた崖も。そのままあった。けれど母様も父様も、とうに居なくなっていた。
「もう、お終いです、姉様。私たちの居場所は、この世のどこにも無くなってしまった」
「いいえ、妹よ。居場所なら作ればいい。ここを、私たちおおかみの村にしましょう」
 百五十年前の、この雪の夜。
 大祇村は東北・岩手の山奥に、ひっそりと誕生することになったのである。
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