62 / 72
【拾】
【拾ノ参】
しおりを挟む
姉妹が吉原のトップに上り詰めてからしばらく経ったある日。ある人物が会いたいと遊郭を訪れた。諸大名すら会いたがるトップクラスの花魁。競争率も半端ではなかったが、なんとその人物は大名の二倍の金を一括で包んできた。
双子の前にやってきたその人物は、男にも女にも見えた。狼のころから鼻の利いた二人でも、どうしてか判別がつかなかった。
「お会いしたかったよ、お二人さん」
底知れぬ恐ろしさを含んだ声で、そのモノは声を放った。その日は「朔」の日。新月の日だった。
どういうふうにしたのか、記憶が無い。妹は、ただ、姉にすがって震えていた。姉は自分の右手を見る。手は指が大きく開き、二倍位に伸びていて、五寸ほどの爪が付いている。その爪の先からは、血が滴っている。
そして。目の前には首のないそのモノが転がっていた。なぜか、とても美味しそうに見えた。姉妹はそのモノの肉を、残らずたいらげた。
……
五十年の月日が流れた。
時代が江戸から明治に変わった。新政府は、近代化と称したヒト以外のモノたちへの弾圧が始まった。五十年もの間全く変わらぬ美貌を持った姉妹は、あっという間に人外の存在として、マークされた。新政府軍の幹部が遊郭に乗り込む。その日はちょうど、満月の夜だった。銃を突きつけられた妹を見た姉は、自分の中に強大な力が溢れるのを感じた。本能のおもむくまま着物を破りおおかみになった姉は、地を揺るがすような遠吠えをした後、軍人たちを喰らい尽くした。
ヒトに戻った姉妹はしばらく震えていたが、不思議なことが起こった。さっきまでヒトだった軍人たちが起き上がり、おおかみに成ったのだ。とっさに、妹は遊郭に火を放った。その時に姉は大きな火傷をしたが、遊郭から逃げ出すことには成功した。追手は、姉が刀すらへし折る自らの爪で皆殺しにした。
姉妹は男どもの相手をする地獄からは逃れられたが。新月のモノと、新政府軍に追われる地獄が始まった。
……
「姉様、あの山に帰りましょう」
殺しても殺しても、襲いかかってくる新政府軍と新月のモノたち。姉妹は細々と命脈を保ってきた。中でもその日は言語に絶した。朔の日で、覚醒した新月たちを三人も相手にした上に、それを新政府軍に見られた。百人以上の軍人をかみちぎった。
修羅場を潜り続けてきた姉は、もう疲れて果てていた。そんな時、妹が言ったのだ。
「母様と父様が待つ、あの山へ……」
「そうね。少し……疲れたわね」
二人は雪の夜、東京から鼻を頼りに、歩いた。歩いて歩いて、歩き続けた。
そして、遂にその山を見つけた。母様のお乳を飲んだあの洞窟も、妹がすべり落ちた崖も。そのままあった。けれど母様も父様も、とうに居なくなっていた。
「もう、お終いです、姉様。私たちの居場所は、この世のどこにも無くなってしまった」
「いいえ、妹よ。居場所なら作ればいい。ここを、私たちおおかみの村にしましょう」
百五十年前の、この雪の夜。
大祇村は東北・岩手の山奥に、ひっそりと誕生することになったのである。
双子の前にやってきたその人物は、男にも女にも見えた。狼のころから鼻の利いた二人でも、どうしてか判別がつかなかった。
「お会いしたかったよ、お二人さん」
底知れぬ恐ろしさを含んだ声で、そのモノは声を放った。その日は「朔」の日。新月の日だった。
どういうふうにしたのか、記憶が無い。妹は、ただ、姉にすがって震えていた。姉は自分の右手を見る。手は指が大きく開き、二倍位に伸びていて、五寸ほどの爪が付いている。その爪の先からは、血が滴っている。
そして。目の前には首のないそのモノが転がっていた。なぜか、とても美味しそうに見えた。姉妹はそのモノの肉を、残らずたいらげた。
……
五十年の月日が流れた。
時代が江戸から明治に変わった。新政府は、近代化と称したヒト以外のモノたちへの弾圧が始まった。五十年もの間全く変わらぬ美貌を持った姉妹は、あっという間に人外の存在として、マークされた。新政府軍の幹部が遊郭に乗り込む。その日はちょうど、満月の夜だった。銃を突きつけられた妹を見た姉は、自分の中に強大な力が溢れるのを感じた。本能のおもむくまま着物を破りおおかみになった姉は、地を揺るがすような遠吠えをした後、軍人たちを喰らい尽くした。
ヒトに戻った姉妹はしばらく震えていたが、不思議なことが起こった。さっきまでヒトだった軍人たちが起き上がり、おおかみに成ったのだ。とっさに、妹は遊郭に火を放った。その時に姉は大きな火傷をしたが、遊郭から逃げ出すことには成功した。追手は、姉が刀すらへし折る自らの爪で皆殺しにした。
姉妹は男どもの相手をする地獄からは逃れられたが。新月のモノと、新政府軍に追われる地獄が始まった。
……
「姉様、あの山に帰りましょう」
殺しても殺しても、襲いかかってくる新政府軍と新月のモノたち。姉妹は細々と命脈を保ってきた。中でもその日は言語に絶した。朔の日で、覚醒した新月たちを三人も相手にした上に、それを新政府軍に見られた。百人以上の軍人をかみちぎった。
修羅場を潜り続けてきた姉は、もう疲れて果てていた。そんな時、妹が言ったのだ。
「母様と父様が待つ、あの山へ……」
「そうね。少し……疲れたわね」
二人は雪の夜、東京から鼻を頼りに、歩いた。歩いて歩いて、歩き続けた。
そして、遂にその山を見つけた。母様のお乳を飲んだあの洞窟も、妹がすべり落ちた崖も。そのままあった。けれど母様も父様も、とうに居なくなっていた。
「もう、お終いです、姉様。私たちの居場所は、この世のどこにも無くなってしまった」
「いいえ、妹よ。居場所なら作ればいい。ここを、私たちおおかみの村にしましょう」
百五十年前の、この雪の夜。
大祇村は東北・岩手の山奥に、ひっそりと誕生することになったのである。
0
お気に入りに追加
31
あなたにおすすめの小説
ママが呼んでいる
杏樹まじゅ
ホラー
鐘が鳴る。夜が来る。──ママが彼らを呼んでいる。
京都の大学に通う九条マコト(くじょうまこと)と恋人の新田ヒナ(あらたひな)は或る日、所属するオカルトサークルの仲間と、島根にあるという小さな寒村、真理弥村(まりやむら)に向かう。隠れキリシタンの末裔が暮らすというその村には百年前まで、教会に人身御供を捧げていたという伝承があるのだった。その時、教会の鐘が大きな音を立てて鳴り響く。そして二人は目撃する。彼らを待ち受ける、村の「夜」の姿を──。

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語
六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。
終焉の教室
シロタカズキ
ホラー
30人の高校生が突如として閉じ込められた教室。
そこに響く無機質なアナウンス――「生き残りをかけたデスゲームを開始します」。
提示された“課題”をクリアしなければ、容赦なく“退場”となる。
最初の課題は「クラスメイトの中から裏切り者を見つけ出せ」。
しかし、誰もが疑心暗鬼に陥る中、タイムリミットが突如として加速。
そして、一人目の犠牲者が決まった――。
果たして、このデスゲームの真の目的は?
誰が裏切り者で、誰が生き残るのか?
友情と疑念、策略と裏切りが交錯する極限の心理戦が今、幕を開ける。
オカルト嫌いJKと言霊使いの先輩書店員
眼鏡猫
ホラー
書店でアルバイトをする女子高生、如月弥生(きさらぎやよい)は大のオカルト嫌い。そんな彼女と同じ職場で働く大学生、琴乃葉紬玖(ことのはつぐむ)は自称霊感体質だそうで、弥生が発する言霊により悪いモノに覆われていると言う。一笑に付す弥生だったが、実は彼女には誰にも言えないトラウマを抱えていた。
本当にあった怖い話
邪神 白猫
ホラー
リスナーさんや読者の方から聞いた体験談【本当にあった怖い話】を基にして書いたオムニバスになります。
完結としますが、体験談が追加され次第更新します。
LINEオプチャにて、体験談募集中✨
あなたの体験談、投稿してみませんか?
投稿された体験談は、YouTubeにて朗読させて頂く場合があります。
【邪神白猫】で検索してみてね🐱
↓YouTubeにて、朗読中(コピペで飛んでください)
https://youtube.com/@yuachanRio
※登場する施設名や人物名などは全て架空です。
無能な陰陽師
もちっぱち
ホラー
警視庁の詛呪対策本部に所属する無能な陰陽師と呼ばれる土御門迅はある仕事を任せられていた。
スマホ名前登録『鬼』の上司とともに
次々と起こる事件を解決していく物語
※とてもグロテスク表現入れております
お食事中や苦手な方はご遠慮ください
こちらの作品は、
実在する名前と人物とは
一切関係ありません
すべてフィクションとなっております。
※R指定※
表紙イラスト:名無死 様
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる