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【玖】
【玖ノ壱】
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ゆうは社務所のおじいちゃんの部屋で膝を抱えている。外は雨だ。秋雨の冷たい雨粒が窓ガラスに当たって音を立てている。部屋は暗い。それは外の天気の所為もあるけれど、蛍光灯を消して息をひそめているからというのが大きい。ここは安全な結界の内側だけれど、ゆうはじいっと窓に背を向けて動かない。大丈夫かい。愛しい母が頭の中で呼ぶ。けれど、ゆうは動かない。まるで手負いの獣が巣穴に篭ってじっと傷が癒えるのを待っているかのように。
いや、動けないのだ。ちょっとでも窓のそばに寄ると聞こえてしまう。食べた命の、囁きが。
今日は航を食べに行くと決めていた。ベルともそう話した。でも一日曇りと報じた予報は外れて、下町に向かう途中で雨に降られた。思えばここ最近。特にベルに始祖に目覚めさせてもらってから。まとまった雨は降っていなかった。いつも晴れていて、九月の終わりまで暑い日もあった。
だから、気付かなかった。雨にすら反応するほど新月の力が先鋭化していることに。
ちょうど角田屋を出た辺りだ。鼻の頭にぽつりと当たった。
「ゆーくん、読んでくれた?」
美玲だ。すぐ耳元で呟いた。思わず振り返るが、誰もいない。ぽつり。耳たぶに当たる。
「ゆう、おごってやるよ」
翔が、いつもの帰り道でするように声をかける。ぽつり。頬に当たる。
「ゆーちゃん、宿題見せて」
茜だ。そうやって、いつも、宿題を写させてあげていた。ぽつり。旋毛にあたる。
「相原くん、美味しかった?」
結花が聞いてくる。……ああ。美味しかったよ。結花も、美玲も、翔も、茜も、みかも。
ぽつり。ゆーくん。ぽつり。ゆう。ぽつり。ゆーちゃん……
ざあっ。雨が本降りになった。
「じゃあさ、ゆうも食べてやるよ」
「そだね、ゆーちゃんにも味わってもらおう」
「うん、ボク、食べてもらえてすっごく幸せだったから」
「ね、相原ちゃん」
ざくっ。雨粒がお腹を裂く。腸が垂れ下がる。ぎああっ! 思わず悲鳴をあげる。
「いつも腸から食べてくれてたよね」
「次は舌ね」
声のする度、身体中を雨粒が引き裂く。
「ぎゃああ、止めて、止めてぇ」
雨の降りしきる田舎の道で。ゆうは原型を留めなくなるまで切り刻まれ、アスファルトの上のただの赤い染みになった。
……
「うわあっ!」
おじいちゃんの社務所でゆうは気が付く。おなかを触る。内臓も出ていないし、舌もちゃんとある。首には掛けた覚えのないタオルがある。薄暗い部屋の中で、ベルが語り掛けてきた。
『気を失ったから借りたよ。……水に、吸ったいのちの声を聴いたんだね。最初にいうべきだった』
ゆうは慌てて窓から離れて、膝を抱いた。大丈夫かい。愛しい母が頭の中で呼ぶ。けれど、ゆうは動かない。まるで手負いの獣が巣穴に篭ってじっと傷が癒えるのを待っているかのように。
ゆうの心は、手負いそのものだった。
いや、動けないのだ。ちょっとでも窓のそばに寄ると聞こえてしまう。食べた命の、囁きが。
今日は航を食べに行くと決めていた。ベルともそう話した。でも一日曇りと報じた予報は外れて、下町に向かう途中で雨に降られた。思えばここ最近。特にベルに始祖に目覚めさせてもらってから。まとまった雨は降っていなかった。いつも晴れていて、九月の終わりまで暑い日もあった。
だから、気付かなかった。雨にすら反応するほど新月の力が先鋭化していることに。
ちょうど角田屋を出た辺りだ。鼻の頭にぽつりと当たった。
「ゆーくん、読んでくれた?」
美玲だ。すぐ耳元で呟いた。思わず振り返るが、誰もいない。ぽつり。耳たぶに当たる。
「ゆう、おごってやるよ」
翔が、いつもの帰り道でするように声をかける。ぽつり。頬に当たる。
「ゆーちゃん、宿題見せて」
茜だ。そうやって、いつも、宿題を写させてあげていた。ぽつり。旋毛にあたる。
「相原くん、美味しかった?」
結花が聞いてくる。……ああ。美味しかったよ。結花も、美玲も、翔も、茜も、みかも。
ぽつり。ゆーくん。ぽつり。ゆう。ぽつり。ゆーちゃん……
ざあっ。雨が本降りになった。
「じゃあさ、ゆうも食べてやるよ」
「そだね、ゆーちゃんにも味わってもらおう」
「うん、ボク、食べてもらえてすっごく幸せだったから」
「ね、相原ちゃん」
ざくっ。雨粒がお腹を裂く。腸が垂れ下がる。ぎああっ! 思わず悲鳴をあげる。
「いつも腸から食べてくれてたよね」
「次は舌ね」
声のする度、身体中を雨粒が引き裂く。
「ぎゃああ、止めて、止めてぇ」
雨の降りしきる田舎の道で。ゆうは原型を留めなくなるまで切り刻まれ、アスファルトの上のただの赤い染みになった。
……
「うわあっ!」
おじいちゃんの社務所でゆうは気が付く。おなかを触る。内臓も出ていないし、舌もちゃんとある。首には掛けた覚えのないタオルがある。薄暗い部屋の中で、ベルが語り掛けてきた。
『気を失ったから借りたよ。……水に、吸ったいのちの声を聴いたんだね。最初にいうべきだった』
ゆうは慌てて窓から離れて、膝を抱いた。大丈夫かい。愛しい母が頭の中で呼ぶ。けれど、ゆうは動かない。まるで手負いの獣が巣穴に篭ってじっと傷が癒えるのを待っているかのように。
ゆうの心は、手負いそのものだった。
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