上 下
54 / 72
【玖】

【玖ノ壱】

しおりを挟む
 ゆうは社務所のおじいちゃんの部屋で膝を抱えている。外は雨だ。秋雨の冷たい雨粒が窓ガラスに当たって音を立てている。部屋は暗い。それは外の天気の所為もあるけれど、蛍光灯を消して息をひそめているからというのが大きい。ここは安全な結界の内側だけれど、ゆうはじいっと窓に背を向けて動かない。大丈夫かい。愛しい母が頭の中で呼ぶ。けれど、ゆうは動かない。まるで手負いの獣が巣穴に篭ってじっと傷が癒えるのを待っているかのように。
 いや、動けないのだ。ちょっとでも窓のそばに寄ると聞こえてしまう。食べた命の、囁きが。

 今日は航を食べに行くと決めていた。ベルともそう話した。でも一日曇りと報じた予報は外れて、下町に向かう途中で雨に降られた。思えばここ最近。特にベルに始祖に目覚めさせてもらってから。まとまった雨は降っていなかった。いつも晴れていて、九月の終わりまで暑い日もあった。
 だから、気付かなかった。雨にすら反応するほど新月の力が先鋭化していることに。
 ちょうど角田屋を出た辺りだ。鼻の頭にぽつりと当たった。
「ゆーくん、読んでくれた?」
 美玲だ。すぐ耳元で呟いた。思わず振り返るが、誰もいない。ぽつり。耳たぶに当たる。
「ゆう、おごってやるよ」
 翔が、いつもの帰り道でするように声をかける。ぽつり。頬に当たる。
「ゆーちゃん、宿題見せて」
 茜だ。そうやって、いつも、宿題を写させてあげていた。ぽつり。旋毛にあたる。
「相原くん、美味しかった?」
 結花が聞いてくる。……ああ。美味しかったよ。結花も、美玲も、翔も、茜も、みかも。
 ぽつり。ゆーくん。ぽつり。ゆう。ぽつり。ゆーちゃん……
 ざあっ。雨が本降りになった。
「じゃあさ、ゆうも食べてやるよ」
「そだね、ゆーちゃんにも味わってもらおう」
「うん、ボク、食べてもらえてすっごく幸せだったから」
「ね、相原ちゃん」
 ざくっ。雨粒がお腹を裂く。腸が垂れ下がる。ぎああっ! 思わず悲鳴をあげる。
「いつも腸から食べてくれてたよね」
「次は舌ね」
 声のする度、身体中を雨粒が引き裂く。
「ぎゃああ、止めて、止めてぇ」
 雨の降りしきる田舎の道で。ゆうは原型を留めなくなるまで切り刻まれ、アスファルトの上のただの赤い染みになった。

 ……

「うわあっ!」
 おじいちゃんの社務所でゆうは気が付く。おなかを触る。内臓も出ていないし、舌もちゃんとある。首には掛けた覚えのないタオルがある。薄暗い部屋の中で、ベルが語り掛けてきた。
『気を失ったから借りたよ。……水に、吸ったいのちの声を聴いたんだね。最初にいうべきだった』
 ゆうは慌てて窓から離れて、膝を抱いた。大丈夫かい。愛しい母が頭の中で呼ぶ。けれど、ゆうは動かない。まるで手負いの獣が巣穴に篭ってじっと傷が癒えるのを待っているかのように。
 ゆうの心は、手負いそのものだった。
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

プール終わり、自分のバッグにクラスメイトのパンツが入っていたらどうする?

九拾七
青春
プールの授業が午前中のときは水着を着こんでいく。 で、パンツを持っていくのを忘れる。 というのはよくある笑い話。

処理中です...