ベルベッチカ・リリヰの舌の味 おおかみ村と不思議な転校生の真実

杏樹まじゅ

文字の大きさ
上 下
53 / 72
【捌】

【捌ノ陸】

しおりを挟む
 どかっ……と、笑顔のまま、あゆみ先生はみかを信じられない速度で蹴り上げた。ばきばき、肋骨が折れる音がみかの中で響く。みかは叫ぶこともままならないまま、高く飛ばされた。でもみかにも満月のモノの血が流れている。必死で下を向いてあゆみ先生を捕捉しようとした。が。
「あら、こんにちは」
 信じられないことに、下にいたはずのあゆみ先生は、みかの目の高さで浮いている。
 どがっ。そして、頭を思いっきりひじで、打った。
 ぎゃんっとみかは地面に叩きつけられたあと、またもや瞬間的に移動したあゆみ先生にお腹を蹴られ、三十メートル先の社務所に激突した。
「ゆうくーん? そこにいるんでしょう?」
 そういいながら、あゆみ先生は息も切らさず悠然と歩いている。
「早くしないと大事なお友達がなぶり殺しよ?」
 たった三撃だったが、もうみかは虫の息だ。辛うじて立とうと脚を動かすが、もう立ち上がることもできない。

 ……

『だめだ、愛しいきみ。行くな。これはワナだ』
「でも、すぐそこでみかがっ」
『二度も惨敗を喫してもまだわからないのかっ! 行けば殺されるだけだ。お母さんも二度と帰らない』
「くそっ、くそっ!」
 ゆうは社務所の床を叩いた。何度も。

 ……

 どかっ……どかっ……
 始祖は、おおかみを蹴り続けた。
「あ……いはら……ちゃ……」
「あらあら、可哀想に。みかさんが大好きだった、ゆうくん。……来ないみたいね?」
 あゆみ先生は両手を広げて笑った。
「あっははははは。バレンタインで毎年一度もチョコを渡せなくて。それも家に忘れてきちゃったせいで! いつの間に沙羅さんに盗られちゃって! そんなになっても助けにも来てくれない」
 残酷な笑みを浮かべながら、瀕死のみかを覗き込んだ。
「『忘れちゃってる』のかもね。大好きな相原ちゃんも。みかさんのこと」
「ちがう……もん……」
 みかは、身体中血まみれになりながら、それでも立ち上がろうとした。

「あい……はら……ちゃんは……忘れない……」
 ごほっ。ごほっごほっ。口から黒い血を吐きながら……立った。
「いつも……いつだって……私のこと……見て……くれてた……もんっ!」

 そう。あゆみ先生は優しい笑顔で、言った。
「じゃあ、死んじゃうところも、見ててもらおっか?」
 どしゃっ……先生の腕が、みかを貫いた。

 ……

 始祖の気配が消えてから、ゆうは社務所を出た。
 真っ黒なおおかみが、浅く息をしている。もうすぐ、それも止まるだろう。
 しゅうう……黒い前足は手に、筋肉質な脚は、みかの足に。鼻は縮んで、知っているみかの顔になった。でも、身体中血まみれで、元気でおっちょこちょいの面影はもうない。
 それでも、何かしゃべろうとしている。ゆうは必死で呼びかけた。
「え……へへ。やっ……ぱり……相原ちゃん……覚えてて……くれた」
「わすれるもんか! みかは、いつも一生懸命、伝えようとしてくれていた!」
 嬉しいなあ。彼女は血まみれの顔でゆうを見た。
「ねえ……相原ちゃん……私を……たべて……私の全部をあげるから……わすれないで……わたしの……こと……」
 そして、忘れ物クイーンは、幸せそうに笑った。

「ね……だいすき……だから……ね……わすれない……で」

 数秒後、みかは息を引き取った。ゆうは、泣きながらみかを食べ尽くした。
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

赤い部屋

山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。 真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。 東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。 そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。 が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。 だが、「呪い」は実在した。 「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。 凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。 そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。 「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか? 誰がこの「呪い」を生み出したのか? そして彼らはなぜ、呪われたのか? 徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。 その先にふたりが見たものは——。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【一話完結】3分で読める背筋の凍る怖い話

冬一こもる
ホラー
本当に怖いのはありそうな恐怖。日常に潜むあり得る恐怖。 読者の日常に不安の種を植え付けます。 きっといつか不安の花は開く。

[全221話完結済]彼女の怪異談は不思議な野花を咲かせる

野花マリオ
ホラー
ーー彼女が語る怪異談を聴いた者は咲かせたり聴かせる 登場する怪異談集 初ノ花怪異談 野花怪異談 野薔薇怪異談 鐘技怪異談 その他 架空上の石山県野花市に住む彼女は怪異談を語る事が趣味である。そんな彼女の語る怪異談は咲かせる。そしてもう1人の鐘技市に住む彼女の怪異談も聴かせる。 完結いたしました。 ※この物語はフィクションです。実在する人物、企業、団体、名称などは一切関係ありません。 エブリスタにも公開してますがアルファポリス の方がボリュームあります。 表紙イラストは生成AI

処理中です...