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【漆】
【漆ノ伍】
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がっしゃーん……一階のドアが吹き飛んでへしゃげる音がした。
ぐるるる、新月の魔力が解けた、蒼太だったおおかみが唸る。
ゆうは今、パジャマで、しかも上半身は裸だ。顔の三十センチ前で顔の二倍はある大きさの口からヨダレを垂らす魔獣を前に、ゆうは状況が飲み込めない。
ハッとする。さっきからずっと、ベルが頭の中で呼んでいたのだ。
『ゆう! ゆうくん! オリジンが数メートル先にいるっ! 今は逃げろ!』
ぎしっ……ぎしっ……何かがゆっくりと階段を登っている。この部屋は階段のすぐ目の前だ。あと数歩でふすまが開いてオリジンの姿が見えるだろう。
「……オリジンが誰か、確かめる」
ゆうの言葉に、母は声を張り上げた。
『バカを言うなっ! 確かめられる距離まで接近されたら、生きて帰れないぞっ! それに今日は銀の弾丸を持ってきていない。出直すんだ!』
「おおかみは、僕が見てるから動けない。それに銀メッキの弾ならある」
ぎしっ……ぎしっ……
ぎしっ……止まった。
『バカっ! 早く、早く逃げろ、ゆうくん!』
「……エレオノーラ……」
地の底から響くようなくぐもった声に鼓膜がふるえる。
(新月の目、発動……よし……ふすま越しに、見てやる。お前の姿を)
『ゆう! 聞け! 逃げるんだっ! ゆうくんっ!』
真っ赤な視界に、白い人影が浮かび上がっている。前よりくっきり見える。
(あいつが、始祖。さあ、さあ、その姿、見せろ……今銀メッキの弾を撃ち込んでやる)
「……朝ノ会ヲ 始メマース 出席取リマスヨ……」
え。考えるより先にふすまが開いた。
「相原ゆうくん!」
にっこり笑ったあゆみ先生が。胸の大きくてみんなのアイドルのあゆみ先生が。
ゆうの部屋の前で、立っている。
ゆうは銃口を下げた。
「あゆみ……先生……?」
ゆうは開いた口が塞がらない。なんでそこに居るのか、理解できない
「なんでかって? ……ゆうくんが殺して回ってますからねえ、先生の大事な生徒たちを。ねえ、蒼太くん? こわいですねえ、鉄砲で蒼太くんのこと、撃とうとしてたんですよ?」
そう言うと、おおかみの頭を撫でた。がうっ、おおかみが吠える。
「それもこれも、ベルベッチカさん。あなたの入れ知恵かしら? ……まあ、いいわ。こっちにいらっしゃい、ゆうくん。先生とクラスに戻りましょ? 今ならぜーんぶ、なしにしてあげる」
あゆみ先生が翻意を促す。とてもとても穏やかな笑顔で。
ちゃかっ、ゆうはコルトを構えた。
『愛しいきみ、話を聞くな。オリジンはきみを必ず殺す』
「ベルベッチカちゃん? あんなにバラバラにしたのに。焼いてよく火を通したのに。まだ生きているの?」
『お前が取り上げたエレオノーラは、今や私と一緒だ。もう二度と取り上げさせないぞ』
にっこり笑ったあゆみ先生が近づく。
「……そういうの」
一歩。
「なんて言うか」
二歩。
「知ってる?」
三歩。半裸のゆうの目の前に立った。
ぐるるる……おおかみが唸る。それを左手で制する。
しゃがんで、ずっと出しっぱなしの、ゆうの少し膨らんだ左の乳房を「右手で」爪を立ててつかんだ。
「あうっ」
そして、耳元で囁いた。
「……死に損ないって、言うの。わかる? ベルベッチカちゃん」
(いまだっ)
ゆうは引き金を引いた。どんっ。
……しかし。ゆうは知覚できない速度で振るわれたあゆみ先生の「右手」でお腹を殴られ、家の壁をやぶり五十メートル先のスギ林まで吹き飛ばされ、木を三本なぎ倒して沈黙した。
ぐるるる、新月の魔力が解けた、蒼太だったおおかみが唸る。
ゆうは今、パジャマで、しかも上半身は裸だ。顔の三十センチ前で顔の二倍はある大きさの口からヨダレを垂らす魔獣を前に、ゆうは状況が飲み込めない。
ハッとする。さっきからずっと、ベルが頭の中で呼んでいたのだ。
『ゆう! ゆうくん! オリジンが数メートル先にいるっ! 今は逃げろ!』
ぎしっ……ぎしっ……何かがゆっくりと階段を登っている。この部屋は階段のすぐ目の前だ。あと数歩でふすまが開いてオリジンの姿が見えるだろう。
「……オリジンが誰か、確かめる」
ゆうの言葉に、母は声を張り上げた。
『バカを言うなっ! 確かめられる距離まで接近されたら、生きて帰れないぞっ! それに今日は銀の弾丸を持ってきていない。出直すんだ!』
「おおかみは、僕が見てるから動けない。それに銀メッキの弾ならある」
ぎしっ……ぎしっ……
ぎしっ……止まった。
『バカっ! 早く、早く逃げろ、ゆうくん!』
「……エレオノーラ……」
地の底から響くようなくぐもった声に鼓膜がふるえる。
(新月の目、発動……よし……ふすま越しに、見てやる。お前の姿を)
『ゆう! 聞け! 逃げるんだっ! ゆうくんっ!』
真っ赤な視界に、白い人影が浮かび上がっている。前よりくっきり見える。
(あいつが、始祖。さあ、さあ、その姿、見せろ……今銀メッキの弾を撃ち込んでやる)
「……朝ノ会ヲ 始メマース 出席取リマスヨ……」
え。考えるより先にふすまが開いた。
「相原ゆうくん!」
にっこり笑ったあゆみ先生が。胸の大きくてみんなのアイドルのあゆみ先生が。
ゆうの部屋の前で、立っている。
ゆうは銃口を下げた。
「あゆみ……先生……?」
ゆうは開いた口が塞がらない。なんでそこに居るのか、理解できない
「なんでかって? ……ゆうくんが殺して回ってますからねえ、先生の大事な生徒たちを。ねえ、蒼太くん? こわいですねえ、鉄砲で蒼太くんのこと、撃とうとしてたんですよ?」
そう言うと、おおかみの頭を撫でた。がうっ、おおかみが吠える。
「それもこれも、ベルベッチカさん。あなたの入れ知恵かしら? ……まあ、いいわ。こっちにいらっしゃい、ゆうくん。先生とクラスに戻りましょ? 今ならぜーんぶ、なしにしてあげる」
あゆみ先生が翻意を促す。とてもとても穏やかな笑顔で。
ちゃかっ、ゆうはコルトを構えた。
『愛しいきみ、話を聞くな。オリジンはきみを必ず殺す』
「ベルベッチカちゃん? あんなにバラバラにしたのに。焼いてよく火を通したのに。まだ生きているの?」
『お前が取り上げたエレオノーラは、今や私と一緒だ。もう二度と取り上げさせないぞ』
にっこり笑ったあゆみ先生が近づく。
「……そういうの」
一歩。
「なんて言うか」
二歩。
「知ってる?」
三歩。半裸のゆうの目の前に立った。
ぐるるる……おおかみが唸る。それを左手で制する。
しゃがんで、ずっと出しっぱなしの、ゆうの少し膨らんだ左の乳房を「右手で」爪を立ててつかんだ。
「あうっ」
そして、耳元で囁いた。
「……死に損ないって、言うの。わかる? ベルベッチカちゃん」
(いまだっ)
ゆうは引き金を引いた。どんっ。
……しかし。ゆうは知覚できない速度で振るわれたあゆみ先生の「右手」でお腹を殴られ、家の壁をやぶり五十メートル先のスギ林まで吹き飛ばされ、木を三本なぎ倒して沈黙した。
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