上 下
32 / 72
【伍】

【伍ノ肆】

しおりを挟む
「オリジン、ねえ」
 家に帰るなりお母さんはお湯を沸かし、コーヒーをマグカップに入れた。お母さんが好きな色の緑のマグカップだ。ゆうには、青い空と雲のいつものマグカップに、やっぱりトマトジュースを注いでくれた。ずず……コーヒーをすすりながら、お母さんは言った。
「始祖のことよね……ベルベッチカちゃんは、そう呼んでたのね」
「……うん。ずっと長い間追いかけられてたみたい」
 ごくん……痛むお腹をトマトジュースが和らげてくれる。お母さんはゆうをまっすぐ見た。
「……で、ゆうちゃんは倒したいの? 村の人みんなを殺すことになっても?」
「……ううん、みんなじゃない。沙羅はまだヒトだよ。おじいちゃんも」
「それでも、翔くんや美玲ちゃん、みかちゃんに、こうさか亭の結花ちゃんも、みんな殺すの?」

「ちょっとまって」
 ゆうはお母さんを遮った。言葉の中に何か、とてもとても大きなを感じたからだ。

「……どうしたの?」
 お母さんは目を丸くしている。
 けれども……なぜかそれがなんなのかは……わからなかった。
「……とにかく。……お母さんは反対よ」
 え。ゆうは予期していない言葉に耳をうたがう。
「そんな危ない相手だったら、倒したりしないで、そっとしておくのがいいんじゃないかしら」
「……何言ってるの? 村の人たちがおおかみにすり替えられてるんだよ? こうしている間にも、また誰かが襲われるかもしれないんだ」
「あなたがやらなくていいって、言ってるのよ。そういうのは沙羅ちゃんのおじい様とか、そういう訓練された人がやるの」
 お母さんは何を言っているのだろう。おじいちゃんの言っていたことを忘れてしまったかのよう。
「でも……僕はベルを取り戻したくて……」
「死んでしまった女の子をひとり生き返らすのに、村の人みんなを殺すの? よく考えて。ゆうちゃん。いのちの価値を考えて。死んだ子ひとりと、村のたくさんのいのちを……」
「死んだ子ひとりじゃない! 僕の、僕の全てなんだ! ベルは」

『きみ。愛しいきみ』
 突然、ベルの声がした。
『オリジンだ。気をつけろ、すぐ近くだぞ』

 ふっ、と窓から差し込む太陽の光が弱くなり、部屋が暗くなる。かたかたかたかた……テーブルの上のマグカップが小刻みに揺れる。
「あら、地震かしら」
 何も知らないお母さんが自分のマグカップを見る。がたっ、とゆうは席を立った。
(守らなくちゃ。みかのようにはさせるもんかっ!)
『目を開けるんだ』
「? 開いてるよ?」
『あげたろ? 新月の目だよ。ヒトの目よりはうんと利くはずだよ』
 ベルにも見えなかった「敵」だ。正直怖い。でも。
『額にもうひとつ目があるつもりで、額に意識を集中しながらゆっくり、目を開くんだ』
 でもベルが教えてくれる。新月のモノの生き方を。闘い方を。
「額に……もうひとつ……開く……」
 ゆうはそう呟きながら、額に意識を集中する。じんわり、暖かくなる。ぱちり……赤い、真っ赤だ。視界が赤い。ちょうど、テレビで見た赤外線カメラで見ているような感じだ。
『後ろだっ』
 ベルの声に振り返ると「白く光る人型のナニカ」が、ゆうのお腹に打撃を与えた。
「おかあさ──」
 ゆうは数メートル飛びリビングと和室の間のふすまを破り仏壇に突っ込んで、意識を失った。

 ……

 雪が降っている。真っ白な雪道で。金髪の吸血鬼が倒れている。
「やめてくれ……お願いだ、私から、私からその子を取り上げないでくれ……」
 ベルベッチカは黒い影に向かって叫んだけれど、影はエレオノーラを抱くと、そのままどこかへと消えた。
「ごほっ、ごほっ……エレオノーラ、エレオノーラァっ!」
 オリジンに我が子を奪われた新月の少女は、雪の上で血を吐きながら絶叫した。

 ……

 ……大祇村。夕方。ゆうはむせると、血を吐いた。ずきんっ、胸に信じられない痛みを感じる。
 アバラが折れているのだが、ゆうは構わず倒れた仏壇からはい出た。
 家の中は暗い。窓の外も暗い。そして……リビングには誰もいない。
「お母さん……お母さん!」
 その呼びかけに、優しい笑顔で答える大好きなお母さんは、もう居ない。
『赤ちゃんがね、出来たの』
「うわああぁぁぁぁ──!」
 始祖に母を奪われた新月の少女は、家のガラスを全部割って絶叫した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【1行文ホラー】世の中にある非日常の怖い話[完結済]

テキトーセイバー
ホラー
タイトル変更いたしました 恐怖体験話を集めました。かなり短めの1行文で終わります。

保健室の秘密...

とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。 吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。 吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。 僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。 そんな吉田さんには、ある噂があった。 「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」 それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。

401号室

ツヨシ
ホラー
その部屋は人が死ぬ

AstiMaitrise

椎奈ゆい
ホラー
少女が立ち向かうのは呪いか、大衆か、支配者か______ ”学校の西門を通った者は祟りに遭う” 20年前の事件をきっかけに始まった祟りの噂。壇ノ浦学園では西門を通るのを固く禁じる”掟”の元、生徒会が厳しく取り締まっていた。 そんな中、転校生の平等院霊否は偶然にも掟を破ってしまう。 祟りの真相と学園の謎を解き明かすべく、霊否たちの戦いが始まる———!

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

追っかけ

山吹
ホラー
小説を書いてみよう!という流れになって友達にどんなジャンルにしたらいいか聞いたらホラーがいいと言われたので生まれた作品です。ご愛読ありがとうございました。先生の次回作にご期待ください。

殉哀

にゅるにゅる
ホラー
間違いではないが正しくもない恋愛のしかた。

ジャングルジム【意味が分かると怖い話】

怖狩村
ホラー
僕がまだ幼稚園の年少だった頃、同級生で仲良しだったOくんとよく遊んでいた。 僕の家は比較的に裕福で、Oくんの家は貧しそうで、 よく僕のおもちゃを欲しがることがあった。 そんなある日Oくんと幼稚園のジャングルジムで遊んでいた。 一番上までいくと結構な高さで、景色を眺めながら話をしていると、 ちょうど天気も良く温かかったせいか 僕は少しうとうとしてしまった。 近くで「オキロ・・」という声がしたような、、 その時「ドスン」という音が下からした。 見るとO君が下に落ちていて、 腕を押さえながら泣いていた。 O君は先生に、「あいつが押したから落ちた」と言ったらしい。 幸い普段から真面目だった僕のいうことを信じてもらえたが、 いまだにO君がなぜ落ちたのか なぜ僕のせいにしたのか、、 まったく分からない。 解説ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 近くで「オキロ」と言われたとあるが、本当は「オチロ」だったのでは? O君は僕を押そうとしてバランスを崩して落ちたのではないか、、、

処理中です...