ベルベッチカ・リリヰの舌の味 おおかみ村と不思議な転校生の真実

杏樹まじゅ

文字の大きさ
上 下
29 / 72
【伍】

【伍ノ壱】

しおりを挟む
「ベル」
 かなかなかなかな、ひぐらしのなく、初秋の山奥。あの、お屋敷のベルの部屋の中。愛しいベルの黒いかんおけの横で、ゆうは立っている。
 腰まであるクセのあるブロンドヘア。青い瞳、少し膨らんだ胸。帽子で隠していないほんとのゆうの姿だ。さっきまでの学校の制服──グレーのハーフパンツ──を着ている。ハーフパンツは、血で汚れている。
 どんどんどん、ゆうはかんおけに大好きなその子が閉じ込められていると思った。
「ベル、ベル、開けて。開けてよ」
「エレオノーラ」
 とつぜん、耳元で声がした。ゆうが必死に呼んでいた女の子は、真後ろに立っていた。そして、懐かしいような聞いたことのあるような、そんな名前を口にした。

「エレオノーラ・リリヰ。きみのほんとの名前だよ。……私が付けた」

 ゆうよりも色素の薄い金髪は、同じようにクセがあって腰まである。水色の瞳、ゆうより痩せていて、全体的に細い。転校してきた時の、青いリボンの白いワンピースを着ている。
「お母さん……なの……? ベルが……」
 ベルはにっこり笑うだけ。
「十三日」
「えっ」
「私が愛しいきみをこの手で抱くことが出来た日数だよ」
 ベルが崩れかけたガラス細工みたいな顔で、両の手を見た。
「二週間も居られなかった。お乳は最後まで出なかった」
 小さな母親は哀感を込めて、息子にそう告白した。
 ゆうは涙ぐんで叫んだ。
「どうして、どうして僕を手放したのっ? ずっと、ずっと、ベルと居たかったのに!」
 ベルは広げた手のひらを握りしめ、目に涙を浮かべ、言った。
「負けたんだ……オリジンに。許しておくれ娘よ、私のこの世でいちばん大切な、エレオノーラ」
 ぎゅっ、とベルが抱きしめてくれた。信じられないほど冷たい。声が震えている。
「僕も大好き……ねえ、始祖って、オリジンって。それは、だれ?」
「何度も言ってる。わからない」
 そうだ。誰かもわからない、それが始祖だった。
「……でも、案外近くに居るのかもしれない。私を見て。エレオノーラ。いや、ゆうくん」
 そう言うと、抱きしめた腕を外し、両肩に手を乗せ真っ直ぐ見つめた。
「これからは戦いだよ。生き残るための。君の願いを叶えるための」
「僕の……願い……」
「ふふ。知っているよ……でも、それには命を刈り取らなくてはならない。君の村の、ヒト以外の全ての命を。それには、激しい抵抗に遭うと思う。だから私があげられる次の力をあげる」
 そう言うと、ベルベッチカは娘に口付けをした。舌を絡めて、唾液を送って。
 ベルベッチカ・リリヰの舌の味は。
 ゆうに真実を見抜く新月の目を与えた。
 口を離したベルが、指をさす。
「ほら、見えるようになっただろう。私が『負けて』、転校の日まで封印される、その瞬間だよ」

 ……

 十一年前。夜、お屋敷の門を開け、中に入る二人の人影がある。
 一人は、新月の始祖、ベルベッチカ。髪を握られ、もう一人に引きずられている。
「動クナ」
 もう一人。夜の闇より遥かに濃く深い闇に覆われ、ヒトの形をしている以外見えない。
 彼女は必死に叫んだ。
「娘を、エレオノーラをどこへやったっ」
「アノ子ハ オ前ノ元ニ居ルヨリ 安全ナ所へ 預ケタ」
 お屋敷を正面玄関から入り、階段を上り、ベルベッチカの部屋に入ると、かんおけに押し倒した。
 ……手には十字架型の杭を持っている。
「……っ! 私を封印するつもりかっ」
「オ前ハ 十一年後ノ 儀式デ 必要ダ」
 ずどっ。
「きぃぃぃぁぁぁあああ!」

 ……

 あの黒いのが、始祖だろうか。
「……そうだね。そうなる」
「やっぱり、『見えない』んだね……。……ベルはずっと、このかんおけに封印されてたの?」
「……そうだね。……だからきみだと気付くのに時間がかかった。……すまない」
 ベルはゆうを抱きしめながら、詫びた。
「いいんだよ……僕も、こうしてベルと出会えて嬉しい。これ以上ないくらい」
「ありがとう……さあ、時間だ」
 ベルはゆうをはなして、三歩下がった。
「きみを待ってるヒトがいる。起きてあげないと、ね」
 そう言って、ベルは優しくはにかんだ。知っている誰よりも優しく、やわらかい顔で。
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

赤い部屋

山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。 真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。 東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。 そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。 が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。 だが、「呪い」は実在した。 「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。 凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。 そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。 「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか? 誰がこの「呪い」を生み出したのか? そして彼らはなぜ、呪われたのか? 徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。 その先にふたりが見たものは——。

ママが呼んでいる

杏樹まじゅ
ホラー
鐘が鳴る。夜が来る。──ママが彼らを呼んでいる。 京都の大学に通う九条マコト(くじょうまこと)と恋人の新田ヒナ(あらたひな)は或る日、所属するオカルトサークルの仲間と、島根にあるという小さな寒村、真理弥村(まりやむら)に向かう。隠れキリシタンの末裔が暮らすというその村には百年前まで、教会に人身御供を捧げていたという伝承があるのだった。その時、教会の鐘が大きな音を立てて鳴り響く。そして二人は目撃する。彼らを待ち受ける、村の「夜」の姿を──。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

意味が分かると怖い話【短編集】

本田 壱好
ホラー
意味が分かると怖い話。 つまり、意味がわからなければ怖くない。 解釈は読者に委ねられる。 あなたはこの短編集をどのように読みますか?

不思議で歪な怖い話

kazukazu04
ホラー
短編ホラーの世界にようこそ。

終焉の教室

シロタカズキ
ホラー
30人の高校生が突如として閉じ込められた教室。 そこに響く無機質なアナウンス――「生き残りをかけたデスゲームを開始します」。 提示された“課題”をクリアしなければ、容赦なく“退場”となる。 最初の課題は「クラスメイトの中から裏切り者を見つけ出せ」。 しかし、誰もが疑心暗鬼に陥る中、タイムリミットが突如として加速。 そして、一人目の犠牲者が決まった――。 果たして、このデスゲームの真の目的は? 誰が裏切り者で、誰が生き残るのか? 友情と疑念、策略と裏切りが交錯する極限の心理戦が今、幕を開ける。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

処理中です...