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【参】
【参ノ伍】
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ただいま、お父さんが帰ってきた。
「おかえりなさい、あなた。……樫田のおじい様が」
「おお、毅さん。こんばんは。おじゃましてさせていただいておるよ」
「ああ、樫田さん。これはこれは。どうぞ、ゆっくりしていってください」
「それなんだがね……ゆう君に、村のことを……」
「ああ……そうですか。私も今日、話そうと思っておった所です」
大人たちは玄関でしばらく話した後、リビングに入ってきた。
「ゆう。きちんと家にいたか? おお、沙羅さん。ゆうといつも遊んでくれてありがとう」
「相原先生! 今日はお招きありがとうございます!」
沙羅が背筋を伸ばして、きちんとあいさつをした。
「まあ、なんていい子なのっ! ゆうちゃん、少しは見習いなさい」
お母さんが感激して沙羅にハグをする。
「沙羅は猫かぶりなんだよ」
「うっさいわねえ!」
げしっ。さっきまでしおらしくしてたくせに、大人の前だとローキックだ。
「着替えてくる。夕ごはんは……なんだこれは。頼みすぎだ」
「いいじゃない、久々のお客さまよ」
(やっぱり多すぎじゃん。だいたい、僕はトマトジュースしか飲めないんだぞ)
ゆうは心の中で毒づいた。お父さんは学校用のスーツを着替えに寝室に入った。
「ささ、みなさんテーブルについて。沙羅ちゃん、なんでも食べてね。大好きなはまちのお刺身もあるわよ」
「ありがとうございます! うわあ、おいしそう!」
「ゆうちゃんは……はい、これ」
トマトジュース入りのマグカップを、とんと目の前に置かれた。
まあ、いっか。沙羅も嬉しそうだし。
「おお、お刺身まで。豪華ですな」
「お待たせしました」
寝巻きに着替えたお父さんが出てきた。
「席につこうか。ゆう、テレビを消しなさい」
うるさいバラエティ番組が鳴るテレビを、ぷちっと消した。
「じゃあみなさん、いただきます」
お母さんがそう言って、みんなで割り箸をぱきんと割った。
「はまちおいしー!」
「こうして誰かのおうちで食べるのは久しぶりだの」
「うん、なかなか。どこで頼んだ?」
「香坂さんとこ。あそこオードブルも、頼めばやってくれるの」
こうさか亭。下町にある、洋食屋さんだ。結花の家でお父さんとお母さんがやっている。 お母さんは結花が二年生の時亡くなった。前に食べに行ったら、結花がメイド服でウエイトレスをやっていた。クラスでいちばんおしゃれで背の高い結花だ。
……沙羅とはまた違った方向で、すごい美人だった。
「おいしー! って、ゆうちゃん食べないの?」
「……僕、トマトジュースしか飲めないんだ」
「へ? どゆこと?」
「じゃあ」
沙羅のおじいちゃんが口を開いた。
「どうして、そうなのか。この村の抱えている業を、話すとしようか」
お父さんもこくり、とうなずいた。
みんな、食事の手を止めた。
……
昔。この世界には、みっつの種族があった。
「ヒト」と「満月に属するモノ」と「新月に属するモノ」だ。
満月に属するモノ。沙羅やゆうくんが出会った、あの黒い獣「おおかみ」だ。ヒトの世界に溶け込み、ヒトに擬態し、ヒトを喰らう。かまれたヒトは、おおかみになる。そしてまた、ヒトをかむ……満月に属するモノは、そうやってひそかに数を増やしていた。
もともと、彼らは世界中のあちこちにいた。西洋では「オオカミ男」として名が通っておる。この国にも古くからヒトと共存していたのだな。
そんなある時。ヒトしかいなかったこの村に、一人の「おおかみ」がやってきた。それも、そのおおかみは、「始祖」だった。
「始祖って?」
沙羅、そういう名前がある訳では無い。
私たち一家が、そう呼んでいるだけだ。
「ほかのおおかみとは……違うんですか?」
そうだ、ゆうくん。……おおかみは、かむことでヒトをおおかみに変えることが出来る。
「始祖」は、その原初。数を増やした言わばコピー達の「オリジナル」という訳だな。アリで言うと女王アリと言うところだ。
「どうして始祖はこの村に来たんでしょう」
それは毅さん、わからんのだよ。江戸から明治にかけての文明開化で、世の中では政府が主導しておおかみなどの人外に対して大規模な駆逐を行った。全国に散らばっていた始祖たちは、駆逐の最重要の標的だった。この村の「始祖」も、そうして標的にされ全国を逃げ回った。
そして百五十年前。政府の手の届かない、東北は岩手の山奥のこの寒村に逃げてきた……わしは先代からそう聞かされておる。
「始祖は誰か、わかっているんですか」
毅さん、それもわからんのだ。男か女か、見た目も歳もわからない。だが確実に存在し人々の中に溶け込んで、着実にこの村のヒトをおおかみに変えている。
始祖のコピー、普通のおおかみには弱点があってな。おおかみになってしばらく経つと、ヒトに戻れなくなるのだ。だいたい十二、三年でそのようになると伝えられている。
「大祇祭……」
そうだ、ゆうくん、その通りだ。あの祭りは、おおかみたちをヒトに留めるため、必要な儀式なのだ。あるモノを食べさせると、おおかみはその力をヒトの姿に抑えられるくらいに減らすことができる。満月の力を減らすことの出来るもの。
「まさか」
……ゆうくん、そのまさかなんだよ。それは……「新月のモノ」の肉なのだ。
「おかえりなさい、あなた。……樫田のおじい様が」
「おお、毅さん。こんばんは。おじゃましてさせていただいておるよ」
「ああ、樫田さん。これはこれは。どうぞ、ゆっくりしていってください」
「それなんだがね……ゆう君に、村のことを……」
「ああ……そうですか。私も今日、話そうと思っておった所です」
大人たちは玄関でしばらく話した後、リビングに入ってきた。
「ゆう。きちんと家にいたか? おお、沙羅さん。ゆうといつも遊んでくれてありがとう」
「相原先生! 今日はお招きありがとうございます!」
沙羅が背筋を伸ばして、きちんとあいさつをした。
「まあ、なんていい子なのっ! ゆうちゃん、少しは見習いなさい」
お母さんが感激して沙羅にハグをする。
「沙羅は猫かぶりなんだよ」
「うっさいわねえ!」
げしっ。さっきまでしおらしくしてたくせに、大人の前だとローキックだ。
「着替えてくる。夕ごはんは……なんだこれは。頼みすぎだ」
「いいじゃない、久々のお客さまよ」
(やっぱり多すぎじゃん。だいたい、僕はトマトジュースしか飲めないんだぞ)
ゆうは心の中で毒づいた。お父さんは学校用のスーツを着替えに寝室に入った。
「ささ、みなさんテーブルについて。沙羅ちゃん、なんでも食べてね。大好きなはまちのお刺身もあるわよ」
「ありがとうございます! うわあ、おいしそう!」
「ゆうちゃんは……はい、これ」
トマトジュース入りのマグカップを、とんと目の前に置かれた。
まあ、いっか。沙羅も嬉しそうだし。
「おお、お刺身まで。豪華ですな」
「お待たせしました」
寝巻きに着替えたお父さんが出てきた。
「席につこうか。ゆう、テレビを消しなさい」
うるさいバラエティ番組が鳴るテレビを、ぷちっと消した。
「じゃあみなさん、いただきます」
お母さんがそう言って、みんなで割り箸をぱきんと割った。
「はまちおいしー!」
「こうして誰かのおうちで食べるのは久しぶりだの」
「うん、なかなか。どこで頼んだ?」
「香坂さんとこ。あそこオードブルも、頼めばやってくれるの」
こうさか亭。下町にある、洋食屋さんだ。結花の家でお父さんとお母さんがやっている。 お母さんは結花が二年生の時亡くなった。前に食べに行ったら、結花がメイド服でウエイトレスをやっていた。クラスでいちばんおしゃれで背の高い結花だ。
……沙羅とはまた違った方向で、すごい美人だった。
「おいしー! って、ゆうちゃん食べないの?」
「……僕、トマトジュースしか飲めないんだ」
「へ? どゆこと?」
「じゃあ」
沙羅のおじいちゃんが口を開いた。
「どうして、そうなのか。この村の抱えている業を、話すとしようか」
お父さんもこくり、とうなずいた。
みんな、食事の手を止めた。
……
昔。この世界には、みっつの種族があった。
「ヒト」と「満月に属するモノ」と「新月に属するモノ」だ。
満月に属するモノ。沙羅やゆうくんが出会った、あの黒い獣「おおかみ」だ。ヒトの世界に溶け込み、ヒトに擬態し、ヒトを喰らう。かまれたヒトは、おおかみになる。そしてまた、ヒトをかむ……満月に属するモノは、そうやってひそかに数を増やしていた。
もともと、彼らは世界中のあちこちにいた。西洋では「オオカミ男」として名が通っておる。この国にも古くからヒトと共存していたのだな。
そんなある時。ヒトしかいなかったこの村に、一人の「おおかみ」がやってきた。それも、そのおおかみは、「始祖」だった。
「始祖って?」
沙羅、そういう名前がある訳では無い。
私たち一家が、そう呼んでいるだけだ。
「ほかのおおかみとは……違うんですか?」
そうだ、ゆうくん。……おおかみは、かむことでヒトをおおかみに変えることが出来る。
「始祖」は、その原初。数を増やした言わばコピー達の「オリジナル」という訳だな。アリで言うと女王アリと言うところだ。
「どうして始祖はこの村に来たんでしょう」
それは毅さん、わからんのだよ。江戸から明治にかけての文明開化で、世の中では政府が主導しておおかみなどの人外に対して大規模な駆逐を行った。全国に散らばっていた始祖たちは、駆逐の最重要の標的だった。この村の「始祖」も、そうして標的にされ全国を逃げ回った。
そして百五十年前。政府の手の届かない、東北は岩手の山奥のこの寒村に逃げてきた……わしは先代からそう聞かされておる。
「始祖は誰か、わかっているんですか」
毅さん、それもわからんのだ。男か女か、見た目も歳もわからない。だが確実に存在し人々の中に溶け込んで、着実にこの村のヒトをおおかみに変えている。
始祖のコピー、普通のおおかみには弱点があってな。おおかみになってしばらく経つと、ヒトに戻れなくなるのだ。だいたい十二、三年でそのようになると伝えられている。
「大祇祭……」
そうだ、ゆうくん、その通りだ。あの祭りは、おおかみたちをヒトに留めるため、必要な儀式なのだ。あるモノを食べさせると、おおかみはその力をヒトの姿に抑えられるくらいに減らすことができる。満月の力を減らすことの出来るもの。
「まさか」
……ゆうくん、そのまさかなんだよ。それは……「新月のモノ」の肉なのだ。
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