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【緑川先生の学級-二】
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「さあ、月子ちゃん! 最後の試験の始まりだよ! 選んで! 命を! あっははははは──!」
やるしか、ない。
月子は、席を立った。
でも、選ぶ……ってなんだろう。
とん。
音がする。
振り返らなくても、両親が台を登る音だとわかる。
うう。ううう。
太陽は胸を押さえて苦しんでいる。
息が出来ていないのか、顔色がみるみる青くなる。
もう、時間が無い。
この中であたしが取れる行動は……
ちゃりん。
ガラスの破片──月子の唯一の、剣──を取った。
アキの時。
アキの作る学級で、黒木先生を救うには、アキを刺すしかなかった。
今、この状況も似ている。
ひすいが作るこの学級。
三人を救うには……
きっ。
ひすいを睨んだ。
「ああ、そうしたいんだね、月子ちゃん」
「……そうよ。『三人を』救うには、これしかないわ」
十一歳のひすいはにっこり笑った。
「あんまり賢い選択とはいえないなあ、月子ちゃん。ホントにいいの?」
こくり。
「ひすい、とっても強いんだよ。ここでは──」
言い終わる前に月子は走っていた。
しゃりんっ。
突き刺したと思っていた。
でも、ひすいも同じガラスの破片を手に、月子の剣を受けていた。
ぎりぎりぎりぎり。
「ごめんねひすい。あたしは、負けられない」
「月子ちゃんのおばかさんっ」
きゃきっ。
ひすいが剣を片手で払った。
ひすいの長い髪が空中をさらさらと舞う。
そしてそのまま目の前の月子目指して突こうとした。
──今だっ!
払われた手の中で、ガラスを持ち直して、斜め上から袈裟懸けに、ひすいに突き刺した。
「うああっ……」
ひすいの剣は月子の脇腹をぎりぎり逸れていて、刺さっていない。
どうだっ!
よたよた。
ひすいは数歩下がって、倒れた。
はあっはあっ。
やった、やっとこれで──
「おばかさん」
どっ。
今しがた倒れたはずのひすいが、真後ろからガラスの剣で月子の胸を貫いた。
「が……あ……」
前を見る。
ひすいが倒れた位置に、のっぺらぼうの人形が倒れている。
──ひすい、とっても強いんだよ。「ここ」では。
さっきの言葉が蘇る。
……そういうことか。
ひすいがゆっくり剣を抜く。
血が滝の様に口から溢れた。
「ごめんね、月子ちゃん。もう一度、ね」
いつもの言葉を遠くに聴きながら、意識は途切れた。
それから月子は、ひすいの殺害に拘った。
ひすいの剣さばきは、恐ろしく鋭かった。
けれど、一つ一つの動きは洗練されているけど、それらの使い方に、一定のパターンがあることがわかった。
四回目に殺された時、そのパターンを完璧に覚えた。
後は、この教室で、ひすいの後ろに控えるのっぺらぼう分、ひすいを殺せばいい。
しかし、それが難しかった。
七回目の挑戦の時。
のっぺらぼうが残り二体だった。
「はーい、残念。時間切れだよ、月子ちゃん」
え。
唐突に宣言された。
「見てみなよ。月子ちゃん」
ハッとする。
振り返る。
両親は、首を吊っている。
紫園くんは、泡を吹いて、もう動かない。
「どちらも、助けられなかったね」
そう言うと、床が「抜けた」。
ごおっ。
さっきまで、五年二組の教室に居たのに、教育学部の講義棟から落ちていた。
頭を下にして。
地面に激突する直前、誰かが出てきた。
──あ、あぶな──
女の人だ。
上を向いた。
「それ」が誰なのかを知って、月子は凍りついた。
一瞬なのに、時間が止まって感じた。
上を向く白鳥萌と、目が合った。
……
どさっ。
七回目の挑戦が失敗した灰島月子は、人形学級の床に落ちてきた。
「ね? 言ったでしょ。あんまりひすいと戦うのはおすすめしないなあ」
十一歳のひすいが何かとてもいい事があったかのような笑顔で言う。
「……だった……」
「ん?」
倒れる月子に、ひすいが耳を傾ける。
「白鳥……萌だった……」
月子は、倒れたまま、涙を流した。
顔を腫らしながら、涙を流して許しを乞うていた。
月子も、サクラも、一度、許した人だった。
延々と続く地獄から、解放してあげたはずだった。
「でも……その地獄に落としたのは……」
「うん、そう! 月子ちゃんなんだよ!」
立ち上がって両手を広げた。
そして、月子に真実を突きつけた。
「落下する月子ちゃんの全体重を額に受けた萌ちゃんは、そのまま後ろに倒れて地面に後頭部までぶつけて、月子ちゃんのクッションになった。頭蓋がめちゃくちゃに割れた。即死だったんだよ」
「……あたしが……」
ぴたり。
足を止めて寝転ぶ月子を見て、目を見開いた。
「そう! 殺したの! 月子ちゃんが! サクラを障がい者にして、月子ちゃんの人生をめちゃくちゃにして、ひすいを死に追いやった、憎い憎い萌ちゃんを!」
あははははっ!
ひすいはとても嬉しそうに笑った。
まるでテストで満点を取った時のように。
「これで終わりにしよっか!」
ひすいが突然、言い出した。
「え?」
「最終試験、これで終わりにっ」
「……そうすると、どうなるの?」
体を起こし、尋ねた。
「また萌ちゃんは、飼育小屋! サクラに、一生、精一杯可愛がって貰おう! それでよければ、月子ちゃんは、この学級の先生にしてあげる! どう? いいアイデアでしょう?」
「……ダメだよ……」
「んー? 聞こえないよー?」
ひすいがわざとらしく、耳に手を当ててしゃがむ。
「……だめだよ、ひすい……それは、ダメ。萌の為だけじゃない。サクラの為にも、それはダメなんだよ!」
ひゅっ。
ガラスの剣を振るって起き上がった。
ひすいの頬に、二センチ、切り傷を作った。
「あいたた……」
ひすいは自分の血を手に受けると、ぺろりと舐めた。
「そう。それでこそ、教育実習生の月子ちゃんだよ! それでこそ、みんなが認めた、最高の先生候補だよ!」
──月子ちゃん。ひすいと戦っても、時間の無駄だよ。いくらでも復活しちゃう。みんなを救うには、もっといい方法があるはずだよ。
「つーばーきー?」
ひすいが笑顔のまま、黒板の前で試験を見守る四姉妹を見る。
つばきは、黙ったまま、目を逸らした。
「ひすいちゃーん、ちょっと難しすぎるんじゃないかしら?」
「うん、ちょっとフェアじゃないかも」
「試験は、落とすためにあるのではないのです!」
ひすいは、ぽりぽりと頭を掻いた。
そして、長い髪の毛をくるくると指で弄った。
「……もう、みんなが言うなら、仕方ないなあ」
ぴ。
リモコンで古い備え付けの液晶テレビを付けた。
「大ヒントだよ。……見せてあげる」
そして教卓から、真っ白で何も書かれていない、DVDを取り出して、安っぽいプレイヤーにセットして、読み込ませた。
「月子ちゃんが知らないこと、飛び降りた後のこと、全部を」
やるしか、ない。
月子は、席を立った。
でも、選ぶ……ってなんだろう。
とん。
音がする。
振り返らなくても、両親が台を登る音だとわかる。
うう。ううう。
太陽は胸を押さえて苦しんでいる。
息が出来ていないのか、顔色がみるみる青くなる。
もう、時間が無い。
この中であたしが取れる行動は……
ちゃりん。
ガラスの破片──月子の唯一の、剣──を取った。
アキの時。
アキの作る学級で、黒木先生を救うには、アキを刺すしかなかった。
今、この状況も似ている。
ひすいが作るこの学級。
三人を救うには……
きっ。
ひすいを睨んだ。
「ああ、そうしたいんだね、月子ちゃん」
「……そうよ。『三人を』救うには、これしかないわ」
十一歳のひすいはにっこり笑った。
「あんまり賢い選択とはいえないなあ、月子ちゃん。ホントにいいの?」
こくり。
「ひすい、とっても強いんだよ。ここでは──」
言い終わる前に月子は走っていた。
しゃりんっ。
突き刺したと思っていた。
でも、ひすいも同じガラスの破片を手に、月子の剣を受けていた。
ぎりぎりぎりぎり。
「ごめんねひすい。あたしは、負けられない」
「月子ちゃんのおばかさんっ」
きゃきっ。
ひすいが剣を片手で払った。
ひすいの長い髪が空中をさらさらと舞う。
そしてそのまま目の前の月子目指して突こうとした。
──今だっ!
払われた手の中で、ガラスを持ち直して、斜め上から袈裟懸けに、ひすいに突き刺した。
「うああっ……」
ひすいの剣は月子の脇腹をぎりぎり逸れていて、刺さっていない。
どうだっ!
よたよた。
ひすいは数歩下がって、倒れた。
はあっはあっ。
やった、やっとこれで──
「おばかさん」
どっ。
今しがた倒れたはずのひすいが、真後ろからガラスの剣で月子の胸を貫いた。
「が……あ……」
前を見る。
ひすいが倒れた位置に、のっぺらぼうの人形が倒れている。
──ひすい、とっても強いんだよ。「ここ」では。
さっきの言葉が蘇る。
……そういうことか。
ひすいがゆっくり剣を抜く。
血が滝の様に口から溢れた。
「ごめんね、月子ちゃん。もう一度、ね」
いつもの言葉を遠くに聴きながら、意識は途切れた。
それから月子は、ひすいの殺害に拘った。
ひすいの剣さばきは、恐ろしく鋭かった。
けれど、一つ一つの動きは洗練されているけど、それらの使い方に、一定のパターンがあることがわかった。
四回目に殺された時、そのパターンを完璧に覚えた。
後は、この教室で、ひすいの後ろに控えるのっぺらぼう分、ひすいを殺せばいい。
しかし、それが難しかった。
七回目の挑戦の時。
のっぺらぼうが残り二体だった。
「はーい、残念。時間切れだよ、月子ちゃん」
え。
唐突に宣言された。
「見てみなよ。月子ちゃん」
ハッとする。
振り返る。
両親は、首を吊っている。
紫園くんは、泡を吹いて、もう動かない。
「どちらも、助けられなかったね」
そう言うと、床が「抜けた」。
ごおっ。
さっきまで、五年二組の教室に居たのに、教育学部の講義棟から落ちていた。
頭を下にして。
地面に激突する直前、誰かが出てきた。
──あ、あぶな──
女の人だ。
上を向いた。
「それ」が誰なのかを知って、月子は凍りついた。
一瞬なのに、時間が止まって感じた。
上を向く白鳥萌と、目が合った。
……
どさっ。
七回目の挑戦が失敗した灰島月子は、人形学級の床に落ちてきた。
「ね? 言ったでしょ。あんまりひすいと戦うのはおすすめしないなあ」
十一歳のひすいが何かとてもいい事があったかのような笑顔で言う。
「……だった……」
「ん?」
倒れる月子に、ひすいが耳を傾ける。
「白鳥……萌だった……」
月子は、倒れたまま、涙を流した。
顔を腫らしながら、涙を流して許しを乞うていた。
月子も、サクラも、一度、許した人だった。
延々と続く地獄から、解放してあげたはずだった。
「でも……その地獄に落としたのは……」
「うん、そう! 月子ちゃんなんだよ!」
立ち上がって両手を広げた。
そして、月子に真実を突きつけた。
「落下する月子ちゃんの全体重を額に受けた萌ちゃんは、そのまま後ろに倒れて地面に後頭部までぶつけて、月子ちゃんのクッションになった。頭蓋がめちゃくちゃに割れた。即死だったんだよ」
「……あたしが……」
ぴたり。
足を止めて寝転ぶ月子を見て、目を見開いた。
「そう! 殺したの! 月子ちゃんが! サクラを障がい者にして、月子ちゃんの人生をめちゃくちゃにして、ひすいを死に追いやった、憎い憎い萌ちゃんを!」
あははははっ!
ひすいはとても嬉しそうに笑った。
まるでテストで満点を取った時のように。
「これで終わりにしよっか!」
ひすいが突然、言い出した。
「え?」
「最終試験、これで終わりにっ」
「……そうすると、どうなるの?」
体を起こし、尋ねた。
「また萌ちゃんは、飼育小屋! サクラに、一生、精一杯可愛がって貰おう! それでよければ、月子ちゃんは、この学級の先生にしてあげる! どう? いいアイデアでしょう?」
「……ダメだよ……」
「んー? 聞こえないよー?」
ひすいがわざとらしく、耳に手を当ててしゃがむ。
「……だめだよ、ひすい……それは、ダメ。萌の為だけじゃない。サクラの為にも、それはダメなんだよ!」
ひゅっ。
ガラスの剣を振るって起き上がった。
ひすいの頬に、二センチ、切り傷を作った。
「あいたた……」
ひすいは自分の血を手に受けると、ぺろりと舐めた。
「そう。それでこそ、教育実習生の月子ちゃんだよ! それでこそ、みんなが認めた、最高の先生候補だよ!」
──月子ちゃん。ひすいと戦っても、時間の無駄だよ。いくらでも復活しちゃう。みんなを救うには、もっといい方法があるはずだよ。
「つーばーきー?」
ひすいが笑顔のまま、黒板の前で試験を見守る四姉妹を見る。
つばきは、黙ったまま、目を逸らした。
「ひすいちゃーん、ちょっと難しすぎるんじゃないかしら?」
「うん、ちょっとフェアじゃないかも」
「試験は、落とすためにあるのではないのです!」
ひすいは、ぽりぽりと頭を掻いた。
そして、長い髪の毛をくるくると指で弄った。
「……もう、みんなが言うなら、仕方ないなあ」
ぴ。
リモコンで古い備え付けの液晶テレビを付けた。
「大ヒントだよ。……見せてあげる」
そして教卓から、真っ白で何も書かれていない、DVDを取り出して、安っぽいプレイヤーにセットして、読み込ませた。
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