人形学級

杏樹まじゅ

文字の大きさ
上 下
25 / 30

【緑川先生の学級-二】

しおりを挟む
「さあ、月子ちゃん! 最後の試験の始まりだよ! 選んで! 命を! あっははははは──!」

 やるしか、ない。
 月子は、席を立った。
 でも、選ぶ……ってなんだろう。

 とん。

 音がする。
 振り返らなくても、両親が台を登る音だとわかる。

 うう。ううう。

 太陽は胸を押さえて苦しんでいる。
 息が出来ていないのか、顔色がみるみる青くなる。

 もう、時間が無い。
 この中であたしが取れる行動は……

 ちゃりん。
 ガラスの破片──月子の唯一の、剣──を取った。
 アキの時。
 アキの作る学級で、黒木先生を救うには、アキを刺すしかなかった。
 今、この状況も似ている。
 ひすいが作るこの学級。
 三人を救うには……

 きっ。

 ひすいを睨んだ。
「ああ、そうしたいんだね、月子ちゃん」
「……そうよ。『三人を』救うには、これしかないわ」
 十一歳のひすいはにっこり笑った。
「あんまり賢い選択とはいえないなあ、月子ちゃん。ホントにいいの?」
 こくり。
「ひすい、とっても強いんだよ。ここでは──」
 言い終わる前に月子は走っていた。
 しゃりんっ。
 突き刺したと思っていた。
 でも、ひすいも同じガラスの破片を手に、月子の剣を受けていた。
 ぎりぎりぎりぎり。
「ごめんねひすい。あたしは、負けられない」
「月子ちゃんのおばかさんっ」
 きゃきっ。
 ひすいが剣を片手で払った。
 ひすいの長い髪が空中をさらさらと舞う。
 そしてそのまま目の前の月子目指して突こうとした。
 ──今だっ!
 払われた手の中で、ガラスを持ち直して、斜め上から袈裟懸けに、ひすいに突き刺した。
「うああっ……」
 ひすいの剣は月子の脇腹をぎりぎり逸れていて、刺さっていない。
 どうだっ!
 よたよた。
 ひすいは数歩下がって、倒れた。
 はあっはあっ。
 やった、やっとこれで──
「おばかさん」

 どっ。

 今しがた倒れたはずのひすいが、真後ろからガラスの剣で月子の胸を貫いた。
「が……あ……」
 前を見る。
 ひすいが倒れた位置に、のっぺらぼうの人形が倒れている。
 ──ひすい、とっても強いんだよ。「ここ」では。
 さっきの言葉が蘇る。
 ……そういうことか。
 ひすいがゆっくり剣を抜く。
 血が滝の様に口から溢れた。
「ごめんね、月子ちゃん。もう一度、ね」
 いつもの言葉を遠くに聴きながら、意識は途切れた。

 それから月子は、ひすいの殺害に拘った。
 ひすいの剣さばきは、恐ろしく鋭かった。
 けれど、一つ一つの動きは洗練されているけど、それらの使い方に、一定のパターンがあることがわかった。
 四回目に殺された時、そのパターンを完璧に覚えた。
 後は、この教室で、ひすいの後ろに控えるのっぺらぼう分、ひすいを殺せばいい。

 しかし、それが難しかった。
 七回目の挑戦の時。
 のっぺらぼうが残り二体だった。
「はーい、残念。時間切れだよ、月子ちゃん」
 え。
 唐突に宣言された。
「見てみなよ。月子ちゃん」
 ハッとする。
 振り返る。
 両親は、首を吊っている。
 紫園くんは、泡を吹いて、もう動かない。
「どちらも、助けられなかったね」
 そう言うと、床が「抜けた」。

 ごおっ。

 さっきまで、五年二組の教室に居たのに、教育学部の講義棟から落ちていた。
 頭を下にして。
 地面に激突する直前、誰かが出てきた。
 ──あ、あぶな──
 女の人だ。
 上を向いた。
「それ」が誰なのかを知って、月子は凍りついた。
 一瞬なのに、時間が止まって感じた。

 上を向く白鳥萌と、目が合った。

 ……

 どさっ。
 七回目の挑戦が失敗した灰島月子は、人形学級の床に落ちてきた。
「ね? 言ったでしょ。あんまりひすいと戦うのはおすすめしないなあ」
 十一歳のひすいが何かとてもいい事があったかのような笑顔で言う。
「……だった……」
「ん?」
 倒れる月子に、ひすいが耳を傾ける。
「白鳥……萌だった……」
 月子は、倒れたまま、涙を流した。
 顔を腫らしながら、涙を流して許しを乞うていた。
 月子も、サクラも、一度、許した人だった。
 延々と続く地獄から、解放してあげたはずだった。
「でも……その地獄に落としたのは……」
「うん、そう! 月子ちゃんなんだよ!」
 立ち上がって両手を広げた。
 そして、月子に真実を突きつけた。
「落下する月子ちゃんの全体重を額に受けた萌ちゃんは、そのまま後ろに倒れて地面に後頭部までぶつけて、月子ちゃんのクッションになった。頭蓋がめちゃくちゃに割れた。即死だったんだよ」
「……あたしが……」
 ぴたり。
 足を止めて寝転ぶ月子を見て、目を見開いた。
「そう! 殺したの! 月子ちゃんが! サクラを障がい者にして、月子ちゃんの人生をめちゃくちゃにして、ひすいを死に追いやった、憎い憎い萌ちゃんを!」
 あははははっ!
 ひすいはとても嬉しそうに笑った。
 まるでテストで満点を取った時のように。
「これで終わりにしよっか!」
 ひすいが突然、言い出した。
「え?」
「最終試験、これで終わりにっ」
「……そうすると、どうなるの?」
 体を起こし、尋ねた。

「また萌ちゃんは、飼育小屋! サクラに、一生、精一杯可愛がって貰おう! それでよければ、月子ちゃんは、この学級の先生にしてあげる! どう? いいアイデアでしょう?」

「……ダメだよ……」
「んー? 聞こえないよー?」
 ひすいがわざとらしく、耳に手を当ててしゃがむ。
「……だめだよ、ひすい……それは、ダメ。萌の為だけじゃない。サクラの為にも、それはダメなんだよ!」
 ひゅっ。
 ガラスの剣を振るって起き上がった。
 ひすいの頬に、二センチ、切り傷を作った。
「あいたた……」
 ひすいは自分の血を手に受けると、ぺろりと舐めた。
「そう。それでこそ、教育実習生の月子ちゃんだよ! それでこそ、みんなが認めた、最高の先生候補だよ!」

 ──月子ちゃん。ひすいと戦っても、時間の無駄だよ。いくらでも復活しちゃう。みんなを救うには、もっといい方法があるはずだよ。

「つーばーきー?」
 ひすいが笑顔のまま、黒板の前で試験を見守る四姉妹を見る。
 つばきは、黙ったまま、目を逸らした。
「ひすいちゃーん、ちょっと難しすぎるんじゃないかしら?」
「うん、ちょっとフェアじゃないかも」
「試験は、落とすためにあるのではないのです!」
 ひすいは、ぽりぽりと頭を掻いた。
 そして、長い髪の毛をくるくると指で弄った。
「……もう、みんなが言うなら、仕方ないなあ」
 ぴ。
 リモコンで古い備え付けの液晶テレビを付けた。
「大ヒントだよ。……見せてあげる」
 そして教卓から、真っ白で何も書かれていない、DVDを取り出して、安っぽいプレイヤーにセットして、読み込ませた。

「月子ちゃんが知らないこと、飛び降りた後のこと、全部を」
しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

荷車尼僧の回顧録

石田空
大衆娯楽
戦国時代。 密偵と疑われて牢屋に閉じ込められた尼僧を気の毒に思った百合姫。 座敷牢に食事を持っていったら、尼僧に体を入れ替えられた挙句、尼僧になってしまった百合姫は処刑されてしまう。 しかし。 尼僧になった百合姫は何故か生きていた。 生きていることがばれたらまた処刑されてしまうかもしれないと逃げるしかなかった百合姫は、尼寺に辿り着き、僧に泣きつく。 「あなたはおそらく、八百比丘尼に体を奪われてしまったのでしょう。不死の体を持っていては、いずれ心も人からかけ離れていきます。人に戻るには人魚を探しなさい」 僧の連れてきてくれた人形職人に義体をつくってもらい、日頃は人形の姿で人らしく生き、有事の際には八百比丘尼の体で人助けをする。 旅の道連れを伴い、彼女は戦国時代を生きていく。 和風ファンタジー。 カクヨム、エブリスタにて先行掲載中です。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

パーフェクトアンドロイド

ことは
キャラ文芸
アンドロイドが通うレアリティ学園。この学園の生徒たちは、インフィニティブレイン社の実験的試みによって開発されたアンドロイドだ。 だが俺、伏木真人(ふしぎまひと)は、この学園のアンドロイドたちとは決定的に違う。 俺はインフィニティブレイン社との契約で、モニターとしてこの学園に入学した。他の生徒たちを観察し、定期的に校長に報告することになっている。 レアリティ学園の新入生は100名。 そのうちアンドロイドは99名。 つまり俺は、生身の人間だ。 ▶︎credit 表紙イラスト おーい

パラダイス・ロスト

真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。 ※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

処理中です...