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【桃原サクラの学級-一】
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「なによ! こんな人形!」
「『こんな人形』じゃないもん、サクラだもん!」
「うっさいわね、ならこうしてやるよ!」
「おねえちゃ──」
桃原サクラの、はっきりとした思い出は、いつもここで止まってしまう。
大好きな二人のお姉ちゃんと、可愛い可愛い妹が居たはずなんだけど、お顔を思い出せない。
そして確か……誰かとても大切な女の子の、先生になると、そう決めたはずだったのだ。
なのに今は、ずっと寝てばかりいる。
そして夢みたいな記憶ばかりが頭に蘇る。
夢の中では、サクラは、どこか不自由みたいだ。
目も片方しか見えないし、声も上手く出せない。
おまけに変な笑い方。
けたけたけた。
お化けみたい。
「えへへ、■■ちゃん、大好きなのです!」
サクラの笑い方は、お喋りする声は、こんな風な可愛い声のはずなのだ。
誰に笑いかけてるのか、思い出せないのがとても残念なのだが。
でも、嫌なことばかりじゃない。
夢か現実か分からない、真っ白なこの場所では、いつだってあの幸せな頃を思い出せる。
サクラは、三人目のお友達として■■ちゃんに作られた。
オーロラの瞳のお人形さんの次は、お目目に女の子らしいハートの可愛いビーズをあしらわれた。
いちばん愛くるしくなるように、心を込めて作られた。
二人のお姉ちゃんも、それはそれは可愛がってくれた。
丁寧な言葉遣いに、お行儀の良い座り方。
ベッドの上ではお姉ちゃんたちにくりくり撫で回された。
好奇心も旺盛だ。
お姉ちゃんの静止を振り切って、こっそり■■ちゃんの勉強を後ろから見ていた。
ふむふむ。
三年生の問題なのですね!
それくらい、サクラにはちょちょいのちょいなのです!
ベッドに戻ると、お姉ちゃん二人にこってりと絞られそうになったが、開口一番、こう宣言した。
「サクラ、■■ちゃんの先生になりたいのです!」
あまりに突飛な発言に、怒る気も失せたお姉ちゃんたちは、ベッドに戻ってきたサクラを、また撫でくりまわした。
「サクラちゃん、この問題教えて!」
■■ちゃんが聞いてきた。
二秒で答えがわかった。
「答えは、二百四十五なのです!」
「すごい! サクラは人間の勉強が分かるんだね!」
「すごいじゃない、天才児だわ!」
ますますお姉ちゃん達は褒めてくれた。
そうだ!
お姉ちゃん達にも、お勉強の楽しさを教えてあげよう。
名付けて、「人形学級」!
「いちたすいち」と「あいうえお」から始めた。
一番上の……たしか赤い髪の……お姉ちゃんは、あっという間にリタイア。
二番目の……たしかオーロラみたいな瞳の……お姉ちゃんは、頑張ってついて来てくれた。
更に下に、末っ子の妹が出来た。
金髪の……だったはずの、可愛い妹だ。
賢い子で、サクラの運営する人形学級にもしっかり付いてきた。
楽しかった。
お勉強を教える楽しさを、誰かに伝えたい。
そうだ、■■ちゃんに伝えよう。
「サクラちゃん、それ、すごいよ!」
■■ちゃんは、道徳の時間の「将来の夢カード」に。
先生になりたい。
えへへ。書いちゃった。
そう言って照れくさそうに頭を搔いた。
人形学級は、大繁盛だった。
赤い髪のお姉ちゃん。
オーロラの目のお姉ちゃん。
金髪の可愛い妹。
大好きな■■ちゃん。
もちろん先生は、サクラだ。
狭い狭い都営団地の一室の、狭い狭いベッドの上。
夜な夜な喋る人形たちとの授業は、連日幸せな笑い声が響いていた。
けれど、ある時点から、思い出の内容が悲しい色に染まっていった。
なぜか■■ちゃんの元気がないのだ。
帰ってきても、宿題をやるのがやっと。
人形学級には顔を出さなくなった。
「■■ちゃん! いっしょにお勉強するのです!」
でも、枕に突っ伏した■■ちゃんは、返事がない。
泣いているように見えた。
ある日。
可愛いお口を怪我して帰ってきた。
「えへへ。なんかね。お友達がね。最近ね……」
えええん。えええん。
いちばん上のお姉ちゃんを抱いて泣き始めた。
サクラは、決めた。
守るんだ。
■■ちゃんを。
サクラは、先生だから。
だから、あの日。
■■ちゃんの髪の毛を引っ張る酷い女の子から守りたくて。
よいしょっと。
机から這い出た。
「だめ、行っちゃダメだよ!」
お道具箱の中でお姉ちゃん達が叫んでるけど、気にしない。
「おーい、やめるのですー!」
サクラは。
「あん? なにこれ?」
サクラは、先生だから。
「■■ちゃんを、いじめないでなのです!」
人形学級の、先生は。
「なにこれ……人形?」
いじめなんて、仲直りさせちゃうのです!
「みんな見てよ! ■■、五年生なのに人形で遊んでるよ! ……そうだ、この子前髪長いから切ってあげるよ、あたしが」
ぶつん。
思い出はいつも、ここで終わり。
そこからは、夢が始まる。
それは、サクラにとって、とても怖いものだった。
一面が白い、夢と現の合間の世界で。
「……あのね、■■、先生になろうと思うんだ。壊れちゃったサクラの代わりに。ひすいが先生になって、作るの。……いじめがない、天国みたいな学校を。名付けて『人形学級』。……どうかなあ?」
人形学級、サクラが教えてあげた名前なのです!
嬉しいのです!
でも、壊れちゃったって、なあに、なのです……
「いひヒ。それハあたしダよ」
この怖い夢を見る時、決まって出てくる、この怖いひと。
おでこには大きな傷。
ピンクのフードを目深に被っている。
目はちぐはぐで、言葉もなんか、変。
でもどうしてか、サクラによく似ている。
「こっちに来ないで! あなた、怖いのです!」
「ききき、おくびょうモノ、おくびょウもの」
「いやっ、あっちに行ってなのです!」
「けけ、せっかくニンゲンにナレたのに、バカなやツ」
「え……人間に?」
その日の夢は、いつもと少し違った。
白い世界とは違う、目の前は、教室だった。
思い出がいつも途切れる、あの時の教室と同じ。
違うのは、どこかで会ったことのある、三人の人間の女の子と一緒に座ってること。
両手を見る。
いつもの、毛糸の手じゃない。
顔を触る。
痛っ。
なんか、傷がある。
この感じ、まさか──
サクラ、人間になっちゃったのです!
「ひひヒ、やっとわかっタ?」
「でも、誰かを忘れてるような気がするのです」
「まえ、まエ。みてみナヨ」
「はいはーい! みなさん、おはようございます」
「ひすい先生!」
「おはようございます!」
ひす……い?
この日。
およそ十年振りに。
「先生」サクラは愛するその子の名前を、思い出したのだった。
「『こんな人形』じゃないもん、サクラだもん!」
「うっさいわね、ならこうしてやるよ!」
「おねえちゃ──」
桃原サクラの、はっきりとした思い出は、いつもここで止まってしまう。
大好きな二人のお姉ちゃんと、可愛い可愛い妹が居たはずなんだけど、お顔を思い出せない。
そして確か……誰かとても大切な女の子の、先生になると、そう決めたはずだったのだ。
なのに今は、ずっと寝てばかりいる。
そして夢みたいな記憶ばかりが頭に蘇る。
夢の中では、サクラは、どこか不自由みたいだ。
目も片方しか見えないし、声も上手く出せない。
おまけに変な笑い方。
けたけたけた。
お化けみたい。
「えへへ、■■ちゃん、大好きなのです!」
サクラの笑い方は、お喋りする声は、こんな風な可愛い声のはずなのだ。
誰に笑いかけてるのか、思い出せないのがとても残念なのだが。
でも、嫌なことばかりじゃない。
夢か現実か分からない、真っ白なこの場所では、いつだってあの幸せな頃を思い出せる。
サクラは、三人目のお友達として■■ちゃんに作られた。
オーロラの瞳のお人形さんの次は、お目目に女の子らしいハートの可愛いビーズをあしらわれた。
いちばん愛くるしくなるように、心を込めて作られた。
二人のお姉ちゃんも、それはそれは可愛がってくれた。
丁寧な言葉遣いに、お行儀の良い座り方。
ベッドの上ではお姉ちゃんたちにくりくり撫で回された。
好奇心も旺盛だ。
お姉ちゃんの静止を振り切って、こっそり■■ちゃんの勉強を後ろから見ていた。
ふむふむ。
三年生の問題なのですね!
それくらい、サクラにはちょちょいのちょいなのです!
ベッドに戻ると、お姉ちゃん二人にこってりと絞られそうになったが、開口一番、こう宣言した。
「サクラ、■■ちゃんの先生になりたいのです!」
あまりに突飛な発言に、怒る気も失せたお姉ちゃんたちは、ベッドに戻ってきたサクラを、また撫でくりまわした。
「サクラちゃん、この問題教えて!」
■■ちゃんが聞いてきた。
二秒で答えがわかった。
「答えは、二百四十五なのです!」
「すごい! サクラは人間の勉強が分かるんだね!」
「すごいじゃない、天才児だわ!」
ますますお姉ちゃん達は褒めてくれた。
そうだ!
お姉ちゃん達にも、お勉強の楽しさを教えてあげよう。
名付けて、「人形学級」!
「いちたすいち」と「あいうえお」から始めた。
一番上の……たしか赤い髪の……お姉ちゃんは、あっという間にリタイア。
二番目の……たしかオーロラみたいな瞳の……お姉ちゃんは、頑張ってついて来てくれた。
更に下に、末っ子の妹が出来た。
金髪の……だったはずの、可愛い妹だ。
賢い子で、サクラの運営する人形学級にもしっかり付いてきた。
楽しかった。
お勉強を教える楽しさを、誰かに伝えたい。
そうだ、■■ちゃんに伝えよう。
「サクラちゃん、それ、すごいよ!」
■■ちゃんは、道徳の時間の「将来の夢カード」に。
先生になりたい。
えへへ。書いちゃった。
そう言って照れくさそうに頭を搔いた。
人形学級は、大繁盛だった。
赤い髪のお姉ちゃん。
オーロラの目のお姉ちゃん。
金髪の可愛い妹。
大好きな■■ちゃん。
もちろん先生は、サクラだ。
狭い狭い都営団地の一室の、狭い狭いベッドの上。
夜な夜な喋る人形たちとの授業は、連日幸せな笑い声が響いていた。
けれど、ある時点から、思い出の内容が悲しい色に染まっていった。
なぜか■■ちゃんの元気がないのだ。
帰ってきても、宿題をやるのがやっと。
人形学級には顔を出さなくなった。
「■■ちゃん! いっしょにお勉強するのです!」
でも、枕に突っ伏した■■ちゃんは、返事がない。
泣いているように見えた。
ある日。
可愛いお口を怪我して帰ってきた。
「えへへ。なんかね。お友達がね。最近ね……」
えええん。えええん。
いちばん上のお姉ちゃんを抱いて泣き始めた。
サクラは、決めた。
守るんだ。
■■ちゃんを。
サクラは、先生だから。
だから、あの日。
■■ちゃんの髪の毛を引っ張る酷い女の子から守りたくて。
よいしょっと。
机から這い出た。
「だめ、行っちゃダメだよ!」
お道具箱の中でお姉ちゃん達が叫んでるけど、気にしない。
「おーい、やめるのですー!」
サクラは。
「あん? なにこれ?」
サクラは、先生だから。
「■■ちゃんを、いじめないでなのです!」
人形学級の、先生は。
「なにこれ……人形?」
いじめなんて、仲直りさせちゃうのです!
「みんな見てよ! ■■、五年生なのに人形で遊んでるよ! ……そうだ、この子前髪長いから切ってあげるよ、あたしが」
ぶつん。
思い出はいつも、ここで終わり。
そこからは、夢が始まる。
それは、サクラにとって、とても怖いものだった。
一面が白い、夢と現の合間の世界で。
「……あのね、■■、先生になろうと思うんだ。壊れちゃったサクラの代わりに。ひすいが先生になって、作るの。……いじめがない、天国みたいな学校を。名付けて『人形学級』。……どうかなあ?」
人形学級、サクラが教えてあげた名前なのです!
嬉しいのです!
でも、壊れちゃったって、なあに、なのです……
「いひヒ。それハあたしダよ」
この怖い夢を見る時、決まって出てくる、この怖いひと。
おでこには大きな傷。
ピンクのフードを目深に被っている。
目はちぐはぐで、言葉もなんか、変。
でもどうしてか、サクラによく似ている。
「こっちに来ないで! あなた、怖いのです!」
「ききき、おくびょうモノ、おくびょウもの」
「いやっ、あっちに行ってなのです!」
「けけ、せっかくニンゲンにナレたのに、バカなやツ」
「え……人間に?」
その日の夢は、いつもと少し違った。
白い世界とは違う、目の前は、教室だった。
思い出がいつも途切れる、あの時の教室と同じ。
違うのは、どこかで会ったことのある、三人の人間の女の子と一緒に座ってること。
両手を見る。
いつもの、毛糸の手じゃない。
顔を触る。
痛っ。
なんか、傷がある。
この感じ、まさか──
サクラ、人間になっちゃったのです!
「ひひヒ、やっとわかっタ?」
「でも、誰かを忘れてるような気がするのです」
「まえ、まエ。みてみナヨ」
「はいはーい! みなさん、おはようございます」
「ひすい先生!」
「おはようございます!」
ひす……い?
この日。
およそ十年振りに。
「先生」サクラは愛するその子の名前を、思い出したのだった。
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