人形学級

杏樹まじゅ

文字の大きさ
上 下
14 / 30

【桃原サクラの学級-一】

しおりを挟む
「なによ! こんな人形!」
「『こんな人形』じゃないもん、サクラだもん!」
「うっさいわね、ならこうしてやるよ!」
「おねえちゃ──」

 桃原サクラの、はっきりとした思い出は、いつもここで止まってしまう。
 大好きな二人のお姉ちゃんと、可愛い可愛い妹が居たはずなんだけど、お顔を思い出せない。
 そして確か……誰かとても大切な女の子の、先生になると、そう決めたはずだったのだ。
 なのに今は、ずっと寝てばかりいる。
 そして夢みたいな記憶ばかりが頭に蘇る。

 夢の中では、サクラは、どこか不自由みたいだ。
 目も片方しか見えないし、声も上手く出せない。
 おまけに変な笑い方。
 けたけたけた。
 お化けみたい。

「えへへ、■■ちゃん、大好きなのです!」

 サクラの笑い方は、お喋りする声は、こんな風な可愛い声のはずなのだ。
 誰に笑いかけてるのか、思い出せないのがとても残念なのだが。

 でも、嫌なことばかりじゃない。
 夢か現実か分からない、真っ白なこの場所では、いつだってあの幸せな頃を思い出せる。

 サクラは、三人目のお友達として■■ちゃんに作られた。
 オーロラの瞳のお人形さんの次は、お目目に女の子らしいハートの可愛いビーズをあしらわれた。
 いちばん愛くるしくなるように、心を込めて作られた。
 二人のお姉ちゃんも、それはそれは可愛がってくれた。
 丁寧な言葉遣いに、お行儀の良い座り方。
 ベッドの上ではお姉ちゃんたちにくりくり撫で回された。

 好奇心も旺盛だ。
 お姉ちゃんの静止を振り切って、こっそり■■ちゃんの勉強を後ろから見ていた。
 ふむふむ。
 三年生の問題なのですね!
 それくらい、サクラにはちょちょいのちょいなのです!

 ベッドに戻ると、お姉ちゃん二人にこってりと絞られそうになったが、開口一番、こう宣言した。

「サクラ、■■ちゃんの先生になりたいのです!」

 あまりに突飛な発言に、怒る気も失せたお姉ちゃんたちは、ベッドに戻ってきたサクラを、また撫でくりまわした。

「サクラちゃん、この問題教えて!」
 ■■ちゃんが聞いてきた。
 二秒で答えがわかった。
「答えは、二百四十五なのです!」

「すごい! サクラは人間の勉強が分かるんだね!」
「すごいじゃない、天才児だわ!」
 ますますお姉ちゃん達は褒めてくれた。
 そうだ!
 お姉ちゃん達にも、お勉強の楽しさを教えてあげよう。

 名付けて、「人形学級」!

「いちたすいち」と「あいうえお」から始めた。
 一番上の……たしか赤い髪の……お姉ちゃんは、あっという間にリタイア。
 二番目の……たしかオーロラみたいな瞳の……お姉ちゃんは、頑張ってついて来てくれた。

 更に下に、末っ子の妹が出来た。
 金髪の……だったはずの、可愛い妹だ。
 賢い子で、サクラの運営する人形学級にもしっかり付いてきた。

 楽しかった。
 お勉強を教える楽しさを、誰かに伝えたい。
 そうだ、■■ちゃんに伝えよう。
「サクラちゃん、それ、すごいよ!」
 ■■ちゃんは、道徳の時間の「将来の夢カード」に。
 先生になりたい。
 えへへ。書いちゃった。
 そう言って照れくさそうに頭を搔いた。

 人形学級は、大繁盛だった。
 赤い髪のお姉ちゃん。
 オーロラの目のお姉ちゃん。
 金髪の可愛い妹。
 大好きな■■ちゃん。
 もちろん先生は、サクラだ。

 狭い狭い都営団地の一室の、狭い狭いベッドの上。
 夜な夜な喋る人形たちとの授業は、連日幸せな笑い声が響いていた。

 けれど、ある時点から、思い出の内容が悲しい色に染まっていった。

 なぜか■■ちゃんの元気がないのだ。
 帰ってきても、宿題をやるのがやっと。
 人形学級には顔を出さなくなった。
「■■ちゃん! いっしょにお勉強するのです!」
 でも、枕に突っ伏した■■ちゃんは、返事がない。
 泣いているように見えた。

 ある日。
 可愛いお口を怪我して帰ってきた。
「えへへ。なんかね。お友達がね。最近ね……」
 えええん。えええん。
 いちばん上のお姉ちゃんを抱いて泣き始めた。

 サクラは、決めた。
 守るんだ。
 ■■ちゃんを。
 サクラは、先生だから。

 だから、あの日。
 ■■ちゃんの髪の毛を引っ張る酷い女の子から守りたくて。
 よいしょっと。
 机から這い出た。
「だめ、行っちゃダメだよ!」
 お道具箱の中でお姉ちゃん達が叫んでるけど、気にしない。
「おーい、やめるのですー!」

 サクラは。
「あん? なにこれ?」
 サクラは、先生だから。
「■■ちゃんを、いじめないでなのです!」
 人形学級の、先生は。
「なにこれ……人形?」

 いじめなんて、仲直りさせちゃうのです!

「みんな見てよ! ■■、五年生なのに人形で遊んでるよ! ……そうだ、この子前髪長いから切ってあげるよ、あたしが」

 ぶつん。

 思い出はいつも、ここで終わり。

 そこからは、夢が始まる。
 それは、サクラにとって、とても怖いものだった。
 一面が白い、夢と現の合間の世界で。

「……あのね、■■、先生になろうと思うんだ。壊れちゃったサクラの代わりに。ひすいが先生になって、作るの。……いじめがない、天国みたいな学校を。名付けて『人形学級』。……どうかなあ?」

 人形学級、サクラが教えてあげた名前なのです!
 嬉しいのです!
 でも、壊れちゃったって、なあに、なのです……

「いひヒ。それハあたしダよ」

 この怖い夢を見る時、決まって出てくる、この怖いひと。
 おでこには大きな傷。
 ピンクのフードを目深に被っている。
 目はちぐはぐで、言葉もなんか、変。
 でもどうしてか、サクラによく似ている。

「こっちに来ないで! あなた、怖いのです!」
「ききき、おくびょうモノ、おくびょウもの」
「いやっ、あっちに行ってなのです!」
「けけ、せっかくニンゲンにナレたのに、バカなやツ」
「え……人間に?」

 その日の夢は、いつもと少し違った。

 白い世界とは違う、目の前は、教室だった。
 思い出がいつも途切れる、あの時の教室と同じ。
 違うのは、どこかで会ったことのある、三人の人間の女の子と一緒に座ってること。
 両手を見る。
 いつもの、毛糸の手じゃない。
 顔を触る。
 痛っ。
 なんか、傷がある。
 この感じ、まさか──

 サクラ、人間になっちゃったのです!

「ひひヒ、やっとわかっタ?」
「でも、誰かを忘れてるような気がするのです」
「まえ、まエ。みてみナヨ」

「はいはーい! みなさん、おはようございます」
「ひすい先生!」
「おはようございます!」

 ひす……い?

 この日。
 およそ十年振りに。
「先生」サクラは愛するその子の名前を、思い出したのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

フリー声劇台本〜モーリスハウスシリーズ〜

摩訶子
キャラ文芸
声劇アプリ「ボイコネ」で公開していた台本の中から、寄宿学校のとある学生寮『モーリスハウス』を舞台にした作品群をこちらにまとめます。 どなたでも自由にご使用OKですが、初めに「シナリオのご使用について」を必ずお読みくださいm(*_ _)m

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

YESか農家

ノイア異音
キャラ文芸
中学1年生の東 伊奈子(あずま いなこ)は、お年玉を全て農機具に投資する変わり者だった。 彼女は多くは語らないが、農作業をするときは饒舌にそして熱く自分の思想を語る。そんな彼女に巻き込まれた僕らの物語。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

乙男女じぇねれーしょん

ムラハチ
青春
 見知らぬ街でセーラー服を着るはめになったほぼニートのおじさんが、『乙男女《おつとめ》じぇねれーしょん』というアイドルグループに加入し、神戸を舞台に事件に巻き込まれながらトップアイドルを目指す青春群像劇! 怪しいおじさん達の周りで巻き起こる少女誘拐事件、そして消えた3億円の行方は……。 小説家になろうは現在休止中。

転校先は着ぐるみ美少女学級? 楽しい全寮制高校生活ダイアリー

ジャン・幸田
キャラ文芸
 いじめられ引きこもりになっていた高校生・安野徹治。誰かよくわからない教育カウンセラーの勧めで全寮制の高校に転校した。しかし、そこの生徒はみんなコスプレをしていた?  徹治は卒業まで一般生徒でいられるのか? それにしてもなんで普通のかっこうしないのだろう、みんな!

処理中です...