13 / 30
【中休み】
しおりを挟む
「けけ。くけけ」
サクラが校庭の隅で何か弄っている。
月子先生が黒木先生を叩いた二回目、アキがバケツで月子先生を殺した、その後の中休み。
アキが鼻歌交じりで校庭を歩いて──実は校庭を散歩するのが隠れた趣味だ──いると、サクラを見つけた。
校庭の隅、高く張られたフェンスの根元。
しゃがんで、何かしている。
ネジの外れたサクラのことだ。
──ミミズでもいじめて遊んでるのかな……
そうっと近付いた。
「なにしてんのよ?」
「うワぁ!」
サクラはものすごく驚いて、瞬時にアキの方を向き直った。
「あ、アキ姉ちゃンか……お、おドカすんじゃネエよ」
露骨に後ろに何か隠している。
……あやしい。
「なに……隠してるの?」
「な、ナンでもナイ、なんでモない!」
普段から揃わない目が、ますますちぐはぐしている。
ぴぃ。
ん?
「いま、ぴぃって……」
「言ってネエ、そんナコト、誰も言ってネえヨ!」
ぴぃ。ぴぃ。
「あ、コラ……」
サクラの後ろから、茶色い小鳥が一匹、もぞもぞと出てきた。
どうやら、スズメのヒナのようだ。
「ふふーん、サクラ、可愛いところあるじゃん?」
「ち、ちゲエよっ、こいツ、ちっこいカラ食ってやロウと思ってたんだヨッ!」
ばちんっ。
サクラはヒナを叩き潰した。
「……あーあ……」
「ふんダ、知らねエよっ」
キレたサクラは、手に負えない。
それは、姉妹なら皆知っていた。
ヒナは、血にまみれて小さく痙攣していた。
アキはため息をひとつ、はあっと吐いて、校庭の土を掘ってヒナを埋葬した。
サクラが校庭の隅で何か弄っている。
月子先生が黒木先生を罵倒した三回目、アキが廊下の窓から放り投げて月子先生を殺した、その後の中休み。
──この時のガラスの破片が、後にアキに致命傷を与えることとなる未来は、また別のお話である──
アキが校庭を散歩していると、また校庭の隅でサクラがしゃがんでいる。
「サクラ」
「うワア!」
ヒナを叩き潰そうとする手を、掴んだ。
「待って、落ち着いて、殺しちゃダメっ!」
サクラは、ハッとして力を抜いた。
あれ。
キレてるのに、やけに聞き分けがいい。
「……大事に、したいんでしょ?」
「……うン……」
ぴいぴい。
巣から落ちたのだろう。
どの道この子は長くは──
「こいツさ」
珍しくサクラから話し始めた。
「ちょっト前カラ、見つけてたんダ。ホラ、萌のやろウを痛めつけテタ、あの日に」
うんうん。
アキは、斜視でよく見えない目で必死にヒナを見つめながら、カタコトで必死に喋るサクラの言葉を、一言も漏らさないように頷いた。
「くりカエされる九月一日ノ中デ、いつもコイツ、中休ミにハ死んでタ。でもさいきン──」
狂った顔をした傷面のサクラは、愛おしそうにヒナを撫でた。
「この時間マデ、生きルようにナッタんダ!」
嬉しそうに、アキの方を向き直った。
「たぶん、長くハ持たナイ。──だカラせめて、せめて九月一日中ハ、生きさせテあげタイ……アタシ、へんカ? へんなのカ?」
アキは……涙が出そうになっていた。
サクラのことを、萌に障がい者にされてから、壊れてしまったものだと、そう思っていた。
でもその中でも、小さな命に心を温める、優しい心が燃えていた。
「変じゃ……変じゃないわ、アキ」
涙を堪えながら、アキは言った。
「あなたと二人で見守るわ。この小さな命を……」
「……うん……」
ハッとする。
斜視のはずなのに今、間違いなくアキを両目で見ていた。
月子先生がガラスの破片でアキを殺す、その一周前の中休み。
校庭の隅に、サクラがいる。
両手に、動かなくなったヒナを持って。
サクラ。
そう声を掛けようとした、その時。
ぐしゃっ。
思いっきり、ヒナの亡骸を叩きつけた。
ぐしゃっ。
ぐしゃっ。
ぐしゃっ。
ぐしゃっ。
サクラは、原型が分からなくなるまで、両手でヒナを潰した。
アキは、ヒナを潰し続けるサクラを見て、何も言えなかった。
サクラは後ろ姿のまま、一言、言った。
「どの道みんナ、死ぬんダヨナ」
翌日、アキは朝の会の隙を突かれて、月子先生のガラスの破片をその胸に受けて、死んだ。
「頭のネジの外れたサクラ」の真実の優しさを知る存在は、この世から居なくなった。
永遠に。
サクラが校庭の隅で何か弄っている。
月子先生が黒木先生を叩いた二回目、アキがバケツで月子先生を殺した、その後の中休み。
アキが鼻歌交じりで校庭を歩いて──実は校庭を散歩するのが隠れた趣味だ──いると、サクラを見つけた。
校庭の隅、高く張られたフェンスの根元。
しゃがんで、何かしている。
ネジの外れたサクラのことだ。
──ミミズでもいじめて遊んでるのかな……
そうっと近付いた。
「なにしてんのよ?」
「うワぁ!」
サクラはものすごく驚いて、瞬時にアキの方を向き直った。
「あ、アキ姉ちゃンか……お、おドカすんじゃネエよ」
露骨に後ろに何か隠している。
……あやしい。
「なに……隠してるの?」
「な、ナンでもナイ、なんでモない!」
普段から揃わない目が、ますますちぐはぐしている。
ぴぃ。
ん?
「いま、ぴぃって……」
「言ってネエ、そんナコト、誰も言ってネえヨ!」
ぴぃ。ぴぃ。
「あ、コラ……」
サクラの後ろから、茶色い小鳥が一匹、もぞもぞと出てきた。
どうやら、スズメのヒナのようだ。
「ふふーん、サクラ、可愛いところあるじゃん?」
「ち、ちゲエよっ、こいツ、ちっこいカラ食ってやロウと思ってたんだヨッ!」
ばちんっ。
サクラはヒナを叩き潰した。
「……あーあ……」
「ふんダ、知らねエよっ」
キレたサクラは、手に負えない。
それは、姉妹なら皆知っていた。
ヒナは、血にまみれて小さく痙攣していた。
アキはため息をひとつ、はあっと吐いて、校庭の土を掘ってヒナを埋葬した。
サクラが校庭の隅で何か弄っている。
月子先生が黒木先生を罵倒した三回目、アキが廊下の窓から放り投げて月子先生を殺した、その後の中休み。
──この時のガラスの破片が、後にアキに致命傷を与えることとなる未来は、また別のお話である──
アキが校庭を散歩していると、また校庭の隅でサクラがしゃがんでいる。
「サクラ」
「うワア!」
ヒナを叩き潰そうとする手を、掴んだ。
「待って、落ち着いて、殺しちゃダメっ!」
サクラは、ハッとして力を抜いた。
あれ。
キレてるのに、やけに聞き分けがいい。
「……大事に、したいんでしょ?」
「……うン……」
ぴいぴい。
巣から落ちたのだろう。
どの道この子は長くは──
「こいツさ」
珍しくサクラから話し始めた。
「ちょっト前カラ、見つけてたんダ。ホラ、萌のやろウを痛めつけテタ、あの日に」
うんうん。
アキは、斜視でよく見えない目で必死にヒナを見つめながら、カタコトで必死に喋るサクラの言葉を、一言も漏らさないように頷いた。
「くりカエされる九月一日ノ中デ、いつもコイツ、中休ミにハ死んでタ。でもさいきン──」
狂った顔をした傷面のサクラは、愛おしそうにヒナを撫でた。
「この時間マデ、生きルようにナッタんダ!」
嬉しそうに、アキの方を向き直った。
「たぶん、長くハ持たナイ。──だカラせめて、せめて九月一日中ハ、生きさせテあげタイ……アタシ、へんカ? へんなのカ?」
アキは……涙が出そうになっていた。
サクラのことを、萌に障がい者にされてから、壊れてしまったものだと、そう思っていた。
でもその中でも、小さな命に心を温める、優しい心が燃えていた。
「変じゃ……変じゃないわ、アキ」
涙を堪えながら、アキは言った。
「あなたと二人で見守るわ。この小さな命を……」
「……うん……」
ハッとする。
斜視のはずなのに今、間違いなくアキを両目で見ていた。
月子先生がガラスの破片でアキを殺す、その一周前の中休み。
校庭の隅に、サクラがいる。
両手に、動かなくなったヒナを持って。
サクラ。
そう声を掛けようとした、その時。
ぐしゃっ。
思いっきり、ヒナの亡骸を叩きつけた。
ぐしゃっ。
ぐしゃっ。
ぐしゃっ。
ぐしゃっ。
サクラは、原型が分からなくなるまで、両手でヒナを潰した。
アキは、ヒナを潰し続けるサクラを見て、何も言えなかった。
サクラは後ろ姿のまま、一言、言った。
「どの道みんナ、死ぬんダヨナ」
翌日、アキは朝の会の隙を突かれて、月子先生のガラスの破片をその胸に受けて、死んだ。
「頭のネジの外れたサクラ」の真実の優しさを知る存在は、この世から居なくなった。
永遠に。
0
お気に入りに追加
37
あなたにおすすめの小説
赤い部屋
山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。
真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。
東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。
そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。
が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。
だが、「呪い」は実在した。
「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。
凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。
そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。
「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか?
誰がこの「呪い」を生み出したのか?
そして彼らはなぜ、呪われたのか?
徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。
その先にふたりが見たものは——。
荷車尼僧の回顧録
石田空
大衆娯楽
戦国時代。
密偵と疑われて牢屋に閉じ込められた尼僧を気の毒に思った百合姫。
座敷牢に食事を持っていったら、尼僧に体を入れ替えられた挙句、尼僧になってしまった百合姫は処刑されてしまう。
しかし。
尼僧になった百合姫は何故か生きていた。
生きていることがばれたらまた処刑されてしまうかもしれないと逃げるしかなかった百合姫は、尼寺に辿り着き、僧に泣きつく。
「あなたはおそらく、八百比丘尼に体を奪われてしまったのでしょう。不死の体を持っていては、いずれ心も人からかけ離れていきます。人に戻るには人魚を探しなさい」
僧の連れてきてくれた人形職人に義体をつくってもらい、日頃は人形の姿で人らしく生き、有事の際には八百比丘尼の体で人助けをする。
旅の道連れを伴い、彼女は戦国時代を生きていく。
和風ファンタジー。
カクヨム、エブリスタにて先行掲載中です。
ママが呼んでいる
杏樹まじゅ
ホラー
鐘が鳴る。夜が来る。──ママが彼らを呼んでいる。
京都の大学に通う九条マコト(くじょうまこと)と恋人の新田ヒナ(あらたひな)は或る日、所属するオカルトサークルの仲間と、島根にあるという小さな寒村、真理弥村(まりやむら)に向かう。隠れキリシタンの末裔が暮らすというその村には百年前まで、教会に人身御供を捧げていたという伝承があるのだった。その時、教会の鐘が大きな音を立てて鳴り響く。そして二人は目撃する。彼らを待ち受ける、村の「夜」の姿を──。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】Amnesia(アムネシア)~カフェ「時遊館」に現れた美しい青年は記憶を失っていた~
紫紺
ミステリー
郊外の人気カフェ、『時游館』のマスター航留は、ある日美しい青年と出会う。彼は自分が誰かも全て忘れてしまう記憶喪失を患っていた。
行きがかり上、面倒を見ることになったのが……。
※「Amnesia」は医学用語で、一般的には「記憶喪失」のことを指します。
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
剣客逓信 ―明治剣戟郵便録―
三條すずしろ
歴史・時代
【第9回歴史・時代小説大賞:痛快! エンタメ剣客賞受賞】
明治6年、警察より早くピストルを装備したのは郵便配達員だった――。
維新の動乱で届くことのなかった手紙や小包。そんな残された思いを配達する「御留郵便御用」の若者と老剣士が、時に不穏な明治の初めをひた走る。
密書や金品を狙う賊を退け大切なものを届ける特命郵便配達人、通称「剣客逓信(けんかくていしん)」。
武装する必要があるほど危険にさらされた初期の郵便時代、二人はやがてさらに大きな動乱に巻き込まれ――。
※エブリスタでも連載中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる