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【中休み】
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「けけ。くけけ」
サクラが校庭の隅で何か弄っている。
月子先生が黒木先生を叩いた二回目、アキがバケツで月子先生を殺した、その後の中休み。
アキが鼻歌交じりで校庭を歩いて──実は校庭を散歩するのが隠れた趣味だ──いると、サクラを見つけた。
校庭の隅、高く張られたフェンスの根元。
しゃがんで、何かしている。
ネジの外れたサクラのことだ。
──ミミズでもいじめて遊んでるのかな……
そうっと近付いた。
「なにしてんのよ?」
「うワぁ!」
サクラはものすごく驚いて、瞬時にアキの方を向き直った。
「あ、アキ姉ちゃンか……お、おドカすんじゃネエよ」
露骨に後ろに何か隠している。
……あやしい。
「なに……隠してるの?」
「な、ナンでもナイ、なんでモない!」
普段から揃わない目が、ますますちぐはぐしている。
ぴぃ。
ん?
「いま、ぴぃって……」
「言ってネエ、そんナコト、誰も言ってネえヨ!」
ぴぃ。ぴぃ。
「あ、コラ……」
サクラの後ろから、茶色い小鳥が一匹、もぞもぞと出てきた。
どうやら、スズメのヒナのようだ。
「ふふーん、サクラ、可愛いところあるじゃん?」
「ち、ちゲエよっ、こいツ、ちっこいカラ食ってやロウと思ってたんだヨッ!」
ばちんっ。
サクラはヒナを叩き潰した。
「……あーあ……」
「ふんダ、知らねエよっ」
キレたサクラは、手に負えない。
それは、姉妹なら皆知っていた。
ヒナは、血にまみれて小さく痙攣していた。
アキはため息をひとつ、はあっと吐いて、校庭の土を掘ってヒナを埋葬した。
サクラが校庭の隅で何か弄っている。
月子先生が黒木先生を罵倒した三回目、アキが廊下の窓から放り投げて月子先生を殺した、その後の中休み。
──この時のガラスの破片が、後にアキに致命傷を与えることとなる未来は、また別のお話である──
アキが校庭を散歩していると、また校庭の隅でサクラがしゃがんでいる。
「サクラ」
「うワア!」
ヒナを叩き潰そうとする手を、掴んだ。
「待って、落ち着いて、殺しちゃダメっ!」
サクラは、ハッとして力を抜いた。
あれ。
キレてるのに、やけに聞き分けがいい。
「……大事に、したいんでしょ?」
「……うン……」
ぴいぴい。
巣から落ちたのだろう。
どの道この子は長くは──
「こいツさ」
珍しくサクラから話し始めた。
「ちょっト前カラ、見つけてたんダ。ホラ、萌のやろウを痛めつけテタ、あの日に」
うんうん。
アキは、斜視でよく見えない目で必死にヒナを見つめながら、カタコトで必死に喋るサクラの言葉を、一言も漏らさないように頷いた。
「くりカエされる九月一日ノ中デ、いつもコイツ、中休ミにハ死んでタ。でもさいきン──」
狂った顔をした傷面のサクラは、愛おしそうにヒナを撫でた。
「この時間マデ、生きルようにナッタんダ!」
嬉しそうに、アキの方を向き直った。
「たぶん、長くハ持たナイ。──だカラせめて、せめて九月一日中ハ、生きさせテあげタイ……アタシ、へんカ? へんなのカ?」
アキは……涙が出そうになっていた。
サクラのことを、萌に障がい者にされてから、壊れてしまったものだと、そう思っていた。
でもその中でも、小さな命に心を温める、優しい心が燃えていた。
「変じゃ……変じゃないわ、アキ」
涙を堪えながら、アキは言った。
「あなたと二人で見守るわ。この小さな命を……」
「……うん……」
ハッとする。
斜視のはずなのに今、間違いなくアキを両目で見ていた。
月子先生がガラスの破片でアキを殺す、その一周前の中休み。
校庭の隅に、サクラがいる。
両手に、動かなくなったヒナを持って。
サクラ。
そう声を掛けようとした、その時。
ぐしゃっ。
思いっきり、ヒナの亡骸を叩きつけた。
ぐしゃっ。
ぐしゃっ。
ぐしゃっ。
ぐしゃっ。
サクラは、原型が分からなくなるまで、両手でヒナを潰した。
アキは、ヒナを潰し続けるサクラを見て、何も言えなかった。
サクラは後ろ姿のまま、一言、言った。
「どの道みんナ、死ぬんダヨナ」
翌日、アキは朝の会の隙を突かれて、月子先生のガラスの破片をその胸に受けて、死んだ。
「頭のネジの外れたサクラ」の真実の優しさを知る存在は、この世から居なくなった。
永遠に。
サクラが校庭の隅で何か弄っている。
月子先生が黒木先生を叩いた二回目、アキがバケツで月子先生を殺した、その後の中休み。
アキが鼻歌交じりで校庭を歩いて──実は校庭を散歩するのが隠れた趣味だ──いると、サクラを見つけた。
校庭の隅、高く張られたフェンスの根元。
しゃがんで、何かしている。
ネジの外れたサクラのことだ。
──ミミズでもいじめて遊んでるのかな……
そうっと近付いた。
「なにしてんのよ?」
「うワぁ!」
サクラはものすごく驚いて、瞬時にアキの方を向き直った。
「あ、アキ姉ちゃンか……お、おドカすんじゃネエよ」
露骨に後ろに何か隠している。
……あやしい。
「なに……隠してるの?」
「な、ナンでもナイ、なんでモない!」
普段から揃わない目が、ますますちぐはぐしている。
ぴぃ。
ん?
「いま、ぴぃって……」
「言ってネエ、そんナコト、誰も言ってネえヨ!」
ぴぃ。ぴぃ。
「あ、コラ……」
サクラの後ろから、茶色い小鳥が一匹、もぞもぞと出てきた。
どうやら、スズメのヒナのようだ。
「ふふーん、サクラ、可愛いところあるじゃん?」
「ち、ちゲエよっ、こいツ、ちっこいカラ食ってやロウと思ってたんだヨッ!」
ばちんっ。
サクラはヒナを叩き潰した。
「……あーあ……」
「ふんダ、知らねエよっ」
キレたサクラは、手に負えない。
それは、姉妹なら皆知っていた。
ヒナは、血にまみれて小さく痙攣していた。
アキはため息をひとつ、はあっと吐いて、校庭の土を掘ってヒナを埋葬した。
サクラが校庭の隅で何か弄っている。
月子先生が黒木先生を罵倒した三回目、アキが廊下の窓から放り投げて月子先生を殺した、その後の中休み。
──この時のガラスの破片が、後にアキに致命傷を与えることとなる未来は、また別のお話である──
アキが校庭を散歩していると、また校庭の隅でサクラがしゃがんでいる。
「サクラ」
「うワア!」
ヒナを叩き潰そうとする手を、掴んだ。
「待って、落ち着いて、殺しちゃダメっ!」
サクラは、ハッとして力を抜いた。
あれ。
キレてるのに、やけに聞き分けがいい。
「……大事に、したいんでしょ?」
「……うン……」
ぴいぴい。
巣から落ちたのだろう。
どの道この子は長くは──
「こいツさ」
珍しくサクラから話し始めた。
「ちょっト前カラ、見つけてたんダ。ホラ、萌のやろウを痛めつけテタ、あの日に」
うんうん。
アキは、斜視でよく見えない目で必死にヒナを見つめながら、カタコトで必死に喋るサクラの言葉を、一言も漏らさないように頷いた。
「くりカエされる九月一日ノ中デ、いつもコイツ、中休ミにハ死んでタ。でもさいきン──」
狂った顔をした傷面のサクラは、愛おしそうにヒナを撫でた。
「この時間マデ、生きルようにナッタんダ!」
嬉しそうに、アキの方を向き直った。
「たぶん、長くハ持たナイ。──だカラせめて、せめて九月一日中ハ、生きさせテあげタイ……アタシ、へんカ? へんなのカ?」
アキは……涙が出そうになっていた。
サクラのことを、萌に障がい者にされてから、壊れてしまったものだと、そう思っていた。
でもその中でも、小さな命に心を温める、優しい心が燃えていた。
「変じゃ……変じゃないわ、アキ」
涙を堪えながら、アキは言った。
「あなたと二人で見守るわ。この小さな命を……」
「……うん……」
ハッとする。
斜視のはずなのに今、間違いなくアキを両目で見ていた。
月子先生がガラスの破片でアキを殺す、その一周前の中休み。
校庭の隅に、サクラがいる。
両手に、動かなくなったヒナを持って。
サクラ。
そう声を掛けようとした、その時。
ぐしゃっ。
思いっきり、ヒナの亡骸を叩きつけた。
ぐしゃっ。
ぐしゃっ。
ぐしゃっ。
ぐしゃっ。
サクラは、原型が分からなくなるまで、両手でヒナを潰した。
アキは、ヒナを潰し続けるサクラを見て、何も言えなかった。
サクラは後ろ姿のまま、一言、言った。
「どの道みんナ、死ぬんダヨナ」
翌日、アキは朝の会の隙を突かれて、月子先生のガラスの破片をその胸に受けて、死んだ。
「頭のネジの外れたサクラ」の真実の優しさを知る存在は、この世から居なくなった。
永遠に。
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