茜坂病院前バス停にて・拝島ぼたんの退魔録─壱─ 僕の彼女は幽霊で胸に秘める九つの秘密

杏樹まじゅ

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【瞳さんと彼女の命】

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「退魔ノ時間ダ。我二魔ヲ、魔ヲ喰ラワセヨ!」
「……あいわかった。結論は出た。そなたに魔の真実を、喰らわせようぞ」
「だめえーっ!」

 ざばっ。

(これでいい。これでいいんだ。僕の代わりに、瞳さんを生かして……)

「え」
(斬られて……ない? どこも痛くも痒くも……)

「きいいいいいい!」

 博巳の後ろで、凄まじい金切り声がした。

(まさか。まさか)

 瞳さんが、袈裟斬りにされ血を吹いていた。

「なんで……なんでっ!」
(ひろみくんのばかっ!)
「瞳さん!?」
「お姉ちゃん……?」

「きえええええ!」

 斬られた場所から黒い手を伸ばして、「魔」は退魔師を取り込もうとする。

 ざばっ!

 構わず、斬り伏せる。

(ばかっ、ばかっ!)
「きいいいい!」

 尚も手を伸ばす。

(なんで、なんで愛の所に行かないのよっ!)
「愛……?」

(そうだよ、ひろみくんはカレシでしょっ!)

 きんっ!
 瞳さんの身体を横一閃に薙ぐ。

「でも、でも、僕には瞳さんが……」
(ばかっ!)
「馬鹿馬鹿言わないでください!」
(ひろみくんのばかっ! えっち! いっつもぱんつばっか見て!)

「きょえええええ!」

「魔」が手を伸ばす。
 しかし、退魔師が全て切り落として行く。

(やらしい水着も着せるし! 急に抱きついてくるし! ほんとえっち!)
「ふ、普段からずっとそうじゃなかったですよね?」
(もう、どうしようもないよ、ひろみくんは!)

「きいああああああ!」

 再び、退魔師が胴を袈裟懸けに斬る。

(だから……そんな……そんなどうしようもないひろみ……くんは……)

 隙が生まれた。

(愛のとこ……行っちゃえばいいんだよ!)

 それを退魔師は見逃さない。

(ひろみくん……なんて……あたし……知らないもんっ。だから……だから……愛のこと)

 ざんっ。

 退魔師が、「魔」の首を切り落とした。

「瞳さんっ!」
(おね……が……いね……)
「お姉ちゃん……お姉ちゃん……」

 愛と呼ばれたお姉さんが、涙を流している。

(にひひ。今日は、お好み焼きだよ。愛)
「お姉ちゃんずるいよ……倉敷くんは愛の……」
(にひひひ、姉の特権なのだ)
「ずるいよ、お姉ちゃんばっかり」

 涙を流しながら、その人は笑った。

(なーんてね……ほら、半分こ。半分こだよ……愛……半分こなんだよ……)
「お姉ちゃん!」
「瞳さん!」

 斬られた首が、蒸発していく。

(ひろみくん……ひろみくん)

 いや、浄化されているのだ。

(……だいす……)

 かちゃん。

「退魔、完了」

 退魔師が、剣を鞘に納刀する。
 第三の眼が閉じる。
 髪の毛も、元の赤毛に戻る。

 がちゃりっ。

 七星剣・魔断の歯車が回り、剣の柄の「れい」の大字が「」に還った。

「瞳さああん!」
「お……お姉ちゃん……ぐすっ」

 魔は払われた。
 瞳と呼ばれた十五歳の少女は、もう、居ない。

 ……

 みーんみんみん。
 みーんみんみん。

 みーんみんみん。
 みーんみんみん。

 セミが本格的な夏の訪れを彩る調べを奏でる。
 そこに立っているのは、今度こそ待つ人の居なくなった、錆びてぼろぼろになったバス停。
 まるで初めからそうであったかのように、錆び付いて、もう字も読めない。
 そして。
 三人のヒト。
 最大級の「魔」から生還した、三人の男女である。

 ぶろろろろ。

 十一時三十分だ。

 西東京バスがやってきた。
 だが、「八王子駅北口行き」ではない。

「〇〇大学医学部附属病院行きです」

「……乗ろう、二人とも」
「……はい」

 退魔師が女性と少年に促す。
 女性が先に乗った。
 少年は動かない。

「帰るんだ、倉敷博巳くん。生きなければ」

 少年は黙ってバスに乗り込んだ。

『さ、ひろみくん。乗って。帰るの。愛の所に。それが、あたしの願い』

 聞いたことのある声が、聞こえた気がした。
 でも、それが誰だったのか、少年にはもう、どうしても思い出せないのだった。
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