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【瞳さんとお好み焼き】
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博巳は今日も待つ。
博巳の病室を通って、あのバス停に行く瞳さんを。
ぱたぱたぱた。
来た。
判で押したかのようにぴったり、十一時十五分四十二秒にやってくる。
「かくまって。お願い」
「どーぞ」
真っ赤なノースリーブのワンピース。
白いリボンの麦わら帽子。
ユリのいい匂い。
大好きな瞳さんだ。
誰も追いかけてはきてないけれど、そうすると落ち着くみたいだ。
「ボク、ありがとね」
そのままだと一分くらい潜り込んだ後、一人で外に行ってしまうので、必ず呼び止めないといけない。
「ボクじゃないです。倉敷博巳です。十四歳です」
「ありゃ。あたし、逢沢瞳。十五歳。……にひひ。やっぱボクね!」
そう言ってから、中庭に窓から出る。
「あんたたち、ほんと仲良いわねえ」
博巳の病室に遊びに来ている今日子さんが微笑む。
紫の着物を着て白い手袋をして、ベッドに座ってる。
いつも、どこかの病棟から男性用の博巳の病室に遊びに来るのだ。
ギリお姉さんと呼べるくらいの女性だ。
日差しが、柔らかい。
九月の、暑さの和らいだ日光が、瞳さんを包む。
予め茂みに忍ばせてた、白くて可愛いサンダルを履く。
博巳も一緒に外に出る。
「ありゃ。どして付いて来るの?」
「だって瞳さん、病気ですよね。心配ですもん」
「ははーん……わかった、さてはあたしに惚れたなー?」
「ええ。大好きです」
博巳はこの頃から、そう答えられるようになっていた。
「!」
瞳さんは、何度告げても、耳まで真っ赤になる。
それが博巳にはとても愛おしい。
そして。
「ば……バイちゃ! きーん!」
照れ隠しに両手を広げて走り出す。
これも、全く同じ。
もういつもの日課だ。
いつもの、愛しい瞳さんだ。
「ききーっ! とーちゃーく!」
九月とはいっても、まだ暑い。
汗をかくのはもちろん、脳腫瘍のある博巳は走ると頭が痛くなるし息も上がる。
でも、瞳さんは、白血病のはずなのに、息も切らさないし汗も一滴もかかない。
いそいそとバス停横に置いてある、日傘と旅行カバンを取り出して、バス停の横に立った。
ここからバスが通過するまでは、どんなお話をしてもいい。
瞳さんがここから離れることはない。
……実は、博巳が一番好きな時間は、ここだったりする。
今日は、瞳さんの好きな食べ物が知りたくなった。
「瞳さんって、どんな食べ物が好きなんですか」
「粉物!」
お、即答した。
「特にお好み焼きが大好き! 死んだお父さんが、よく作ってくれたんだー」
あ……
「お父さん、亡くなってたんですか」
「ま、昔のハナシよ……今のお義父さんは……酷い人だったから」
何故か、表情が曇った。
「酷いって、どんな……?」
「いいのいいの。気にしないで。……オジサンが今度作ってあげよっか? ボク」
にひひ。
いつもの笑顔に戻った。
「作れるんですか?」
「あたぼーよー! あたし、六歳の頃から英才教育受けてきたからね、お好み焼きの! ……お母さんにも、よく作ってあげたんだけどなー……」
だけどな。
最後の一言が、気になった。
「……瞳さんのお母さんって……」
ぶろろろ。
あ、バスが来た。
時間切れ。
ここからバスが通過するまでは、瞳さんは何を言っても返事をしない。
まるで、一つの儀式を執り行っているみたいに。
ぶおーっ。
バスはいつも通り、そこに誰もいないかのように通過した。
瞳さんは背筋を伸ばして、大事なお客様を待っている旅館の女将みたいに、その瞬間を迎える。
(本当に。お家に帰りたいんだな……)
いつか帰してあげたい。
お好み焼きの匂いのする、瞳さんの大好きなお家に。
いつの間にか日傘と旅行カバンを置いた瞳さんが、走り出した。
「バイちゃ! きーん!」
「あ、待ってくださーい!」
遅れをとった博巳が、後から走り出した。
瞳さんはぐんぐん坂を登っていく。
(あ。今日は水色かあ)
振り返った瞳さんが、笑った。
「もう、ほんとえっちなんだから。ボクは」
……
……博巳は今日も待つ。
博巳の病室を通って、あのバス停に行く瞳さんを。
ぱたぱたぱた。
来た。
判で押したかのようにぴったり、十一時十五分四十二秒にやってくる。
「かくまって。お願い」
「どーぞ」
真っ赤なノースリーブのワンピース。
白いリボンの麦わら帽子。
ユリのいい匂い。
大好きな瞳さんだ。
一応暖房は効いてるけど……寒くないのかな。
誰も追いかけてはきてないけれど、そうすると落ち着くみたいだから、入れてあげる。
「ボク、ありがとね」
そのままだと一分くらい潜り込んだ後、一人で外に行ってしまうので、必ず呼び止めないといけない。
「ボクじゃないです。倉敷博巳です。十四歳です」
「ありゃ。あたし、逢沢瞳。十五歳。……にひひ。やっぱボクね!」
そう言ってから、中庭に窓から出る。
「あんたたち、ほんと仲良いわねえ。風邪ひかないでよー?」
博巳の病室に遊びに来ている今日子さんが微笑む。
紫の着物を着て白い手袋をして、ベッドに座ってる。
いつも、どこかの病棟から男性用の博巳の病室に遊びに来るのだ。
ギリお姉さんと呼べるくらいの女性だ。
今日は芯まで冷える。
もう落ち葉がほとんど残ってない木の木漏れ日が、瞳さんを包む。
予め茂みに忍ばせてた、白くて可愛いサンダルを履く。
博巳も一緒に外に出る。
「ありゃ。どして付いて来るの?」
「だって瞳さん、病気ですよね。心配ですもん」
「ははーん……わかった、さてはあたしに惚れたなー?」
「ええ。大好きです」
博巳はいつもみたいにそう告白する。
「!」
瞳さんは、何度告げても、耳まで真っ赤になる。
それが博巳にはとても愛おしい。
そして。
「ば……バイちゃ! きーん!」
照れ隠しに両手を広げて走り出す。
これも、全く同じ。
もういつもの日課だ。
いつもの、愛しい瞳さんだ。
「ききーっ! とーちゃーく!」
晩秋の空気が冷たい。
脳腫瘍のある博巳は走ると頭が痛くなるし白い息も上がる。
でも、瞳さんは、白血病のはずなのに、息も切らさないし汗も一滴もかかない。
いそいそとバス停横に置いてある、日傘と旅行カバンを取り出して、バス停の横に立った。
ここからバスが通過するまでは、どんなお話をしてもいい。
瞳さんがここから離れることはない。
……実は、博巳が一番好きな時間は、ここだったりする。
今日は、話の続きが知りたくなった。
「お好み焼きが好きなんですよね」
「ありゃ、なんで知ってるん?」
切れ長な目をぱちくりと見開いた。
「お好み焼き、大好きなんですよね? 死んだお父さんが、よく作ってくれたって聞きました」
「あー……」
瞳さんは目だけ横を向いた。
「言ってたっけ? あはは、忘れっぽくてこまっちゃう……ま、まあ、昔のハナシよ……オジサンが今度作ってあげよっか? ボク」
にひひ。
またいつもの笑顔が眩しい。
「お母さんにも、作ってあげたんですよね?」
「なんで知ってるのー?」
瞳さんは驚愕する。
(いいんだ。もう、それにも慣れたから)
「お母さんはね……お父さんが死んじゃってからは……まあ、いいや。お好み焼きはね、妹に、よく作ってたんだー……」
妹?
初耳だ。
瞳さんに妹が居たなんて。
ぶろろろ。
あ、バスが来た。
時間切れ。
ここからバスが通過するまでは、瞳さんは何を言っても返事をしない。
まるで、一つの儀式を執り行っているみたいに。
ぶおーっ。
バスはいつも通り、そこに誰もいないかのように通過した。
瞳さんは背筋を伸ばして、大事なお客様を待っている旅館の女将みたいに、その瞬間を迎える。
(本当に。お家に帰りたいんだな……)
いつか帰してあげたい。
お好み焼きの匂いのする、瞳さんの大好きなお家に。
いつの間にか日傘と旅行カバンを置いた瞳さんが、走り出した。
「バイちゃ! きーん!」
「あ、待ってくださーい!」
遅れをとった博巳が、後から走り出した。
瞳さんはぐんぐん坂を登っていく。
(あ。今日は水色かあ)
振り返った瞳さんが、笑った。
「もう、ほんとえっちなんだから。ボクは」
……
……博巳は今日も待つ。
博巳の病室を通って、あのバス停に行く瞳さんを。
ぱたぱたぱた。
来た。
判で押したかのようにぴったり、十一時十五分四十二秒にやってくる。
「かくまって。お願い」
「どーぞ」
真っ赤なノースリーブのワンピース。
白いリボンの麦わら帽子。
ユリのいい匂い。
大好きな瞳さんだ。
春だけどまだまだノースリーブは肌寒いと思う。
誰も追いかけてはきてないけれど、そうすると落ち着くみたいだから、入れてあげる。
「ボク、ありがとね」
そのままだと一分くらい潜り込んだ後、一人で外に行ってしまうので、必ず呼び止めないといけない。
「ボクじゃないです。倉敷博巳です。十四歳です」
「ありゃ。あたし、逢沢瞳。十五歳。……にひひ。やっぱボクね!」
そう言ってから、中庭に窓から出る。
「あんたたち、ほんと仲良いわねえ。今日はお散歩日和よ!」
博巳の病室に遊びに来ている今日子さんが微笑む。
紫の着物を着て白い手袋をして、ベッドに座ってる。
いつも、どこかの病棟から男性用の博巳の病室に遊びに来るのだ。
ギリお姉さんと呼べるくらいの女性だ。
今日はいつもより暖かだ。
もう新芽が芽吹く綺麗な黄緑の木の木漏れ日が、瞳さんを包む。
予め茂みに忍ばせてた、白くて可愛いサンダルを履く。
博巳も一緒に外に出る。
「ありゃ。どして付いて来るの?」
「だって瞳さん、病気ですよね。心配ですもん」
「ははーん……わかった、さてはあたしに惚れたなー?」
「ええ。大好きです」
博巳はいつ何度でも、そう告白する。
「!」
瞳さんは、何度告げても、耳まで真っ赤になる。
それが博巳にはとても愛おしい。
そして。
「ば……バイちゃ! きーん!」
照れ隠しに両手を広げて走り出す。
これも、全く同じ。
もういつもの日課だ。
いつもの、愛しい瞳さんだ。
「ききーっ! とーちゃーく!」
春の空気は暖かだ。
脳腫瘍のある博巳は走ると頭が痛くなるし息も上がる。
でも、瞳さんは、白血病のはずなのに、息も切らさないし汗も一滴もかかない。
いそいそとバス停横に置いてある、日傘と旅行カバンを取り出して、バス停の横に立った。
ここからバスが通過するまでは、どんなお話をしてもいい。
瞳さんがここから離れることはない。
……実は、博巳が一番好きな時間は、ここだったりする。
今日は、この前からの話の続きが知りたくなった。
「妹さんがいるんですよね」
「ありゃ、なんで知ってるん?」
切れ長な目をぱちくりと見開いた。
「お好み焼き、妹さんと作ってたって。お父さんが教えてくれたレシピで、よく作ってたって聞きました」
「あー……」
瞳さんは目だけ横を向いた。
「言ってたっけ? あはは、忘れっぽくてこまっちゃう……ま、まあ、昔のハナシよ……オジサンが今度作ってあげよっか? ボク」
にひひ。
またいつもの笑顔が眩しい。
「妹ね。愛っていうんだ。おかっぱが可愛くて、あたしよりクールで。ずっと、姉妹で一緒だった。今も、たくさんお見舞いに来てくれるんだよ! いい子でしょ!」
「愛さんっていうんですね、よければ詳しく……」
ぶろろろ。
あ、バスが来た。
時間切れ。
ここからバスが通過するまでは、瞳さんは何を言っても返事をしない。
まるで、一つの儀式を執り行っているみたいに。
ぶおーっ。
バスはいつも通り、そこに誰もいないかのように通過した。
瞳さんは背筋を伸ばして、大事なお客様を待っている旅館の女将みたいに、その瞬間を迎える。
(本当に。お家に帰りたいんだな……)
いつか帰してあげたい。
お好み焼きの匂いのする、瞳さんの大好きなお家に。
いつの間にか日傘と旅行カバンを置いた瞳さんが、走り出した。
「バイちゃ! きーん!」
「あ、待ってくださーい!」
遅れをとった博巳が、後から走り出した。
瞳さんはぐんぐん坂を登っていく。
(あ。今日は水色かあ)
「きみ」
唐突に誰かに後ろから呼びかけられた。
振り返ると、瞳さんがいる。
(……いや、違う。おかっぱ頭で切れ長の目の、瞳さんに似ていて。あれは、どこだ? どこで見かけたんだろう……)
その人は、八重歯を見せて笑顔を見せた。
「いくら親しいからって、スカートの中を覗くのは、どうだろうな」
あの、「にひひ」と、同じ顔だった。
博巳の病室を通って、あのバス停に行く瞳さんを。
ぱたぱたぱた。
来た。
判で押したかのようにぴったり、十一時十五分四十二秒にやってくる。
「かくまって。お願い」
「どーぞ」
真っ赤なノースリーブのワンピース。
白いリボンの麦わら帽子。
ユリのいい匂い。
大好きな瞳さんだ。
誰も追いかけてはきてないけれど、そうすると落ち着くみたいだ。
「ボク、ありがとね」
そのままだと一分くらい潜り込んだ後、一人で外に行ってしまうので、必ず呼び止めないといけない。
「ボクじゃないです。倉敷博巳です。十四歳です」
「ありゃ。あたし、逢沢瞳。十五歳。……にひひ。やっぱボクね!」
そう言ってから、中庭に窓から出る。
「あんたたち、ほんと仲良いわねえ」
博巳の病室に遊びに来ている今日子さんが微笑む。
紫の着物を着て白い手袋をして、ベッドに座ってる。
いつも、どこかの病棟から男性用の博巳の病室に遊びに来るのだ。
ギリお姉さんと呼べるくらいの女性だ。
日差しが、柔らかい。
九月の、暑さの和らいだ日光が、瞳さんを包む。
予め茂みに忍ばせてた、白くて可愛いサンダルを履く。
博巳も一緒に外に出る。
「ありゃ。どして付いて来るの?」
「だって瞳さん、病気ですよね。心配ですもん」
「ははーん……わかった、さてはあたしに惚れたなー?」
「ええ。大好きです」
博巳はこの頃から、そう答えられるようになっていた。
「!」
瞳さんは、何度告げても、耳まで真っ赤になる。
それが博巳にはとても愛おしい。
そして。
「ば……バイちゃ! きーん!」
照れ隠しに両手を広げて走り出す。
これも、全く同じ。
もういつもの日課だ。
いつもの、愛しい瞳さんだ。
「ききーっ! とーちゃーく!」
九月とはいっても、まだ暑い。
汗をかくのはもちろん、脳腫瘍のある博巳は走ると頭が痛くなるし息も上がる。
でも、瞳さんは、白血病のはずなのに、息も切らさないし汗も一滴もかかない。
いそいそとバス停横に置いてある、日傘と旅行カバンを取り出して、バス停の横に立った。
ここからバスが通過するまでは、どんなお話をしてもいい。
瞳さんがここから離れることはない。
……実は、博巳が一番好きな時間は、ここだったりする。
今日は、瞳さんの好きな食べ物が知りたくなった。
「瞳さんって、どんな食べ物が好きなんですか」
「粉物!」
お、即答した。
「特にお好み焼きが大好き! 死んだお父さんが、よく作ってくれたんだー」
あ……
「お父さん、亡くなってたんですか」
「ま、昔のハナシよ……今のお義父さんは……酷い人だったから」
何故か、表情が曇った。
「酷いって、どんな……?」
「いいのいいの。気にしないで。……オジサンが今度作ってあげよっか? ボク」
にひひ。
いつもの笑顔に戻った。
「作れるんですか?」
「あたぼーよー! あたし、六歳の頃から英才教育受けてきたからね、お好み焼きの! ……お母さんにも、よく作ってあげたんだけどなー……」
だけどな。
最後の一言が、気になった。
「……瞳さんのお母さんって……」
ぶろろろ。
あ、バスが来た。
時間切れ。
ここからバスが通過するまでは、瞳さんは何を言っても返事をしない。
まるで、一つの儀式を執り行っているみたいに。
ぶおーっ。
バスはいつも通り、そこに誰もいないかのように通過した。
瞳さんは背筋を伸ばして、大事なお客様を待っている旅館の女将みたいに、その瞬間を迎える。
(本当に。お家に帰りたいんだな……)
いつか帰してあげたい。
お好み焼きの匂いのする、瞳さんの大好きなお家に。
いつの間にか日傘と旅行カバンを置いた瞳さんが、走り出した。
「バイちゃ! きーん!」
「あ、待ってくださーい!」
遅れをとった博巳が、後から走り出した。
瞳さんはぐんぐん坂を登っていく。
(あ。今日は水色かあ)
振り返った瞳さんが、笑った。
「もう、ほんとえっちなんだから。ボクは」
……
……博巳は今日も待つ。
博巳の病室を通って、あのバス停に行く瞳さんを。
ぱたぱたぱた。
来た。
判で押したかのようにぴったり、十一時十五分四十二秒にやってくる。
「かくまって。お願い」
「どーぞ」
真っ赤なノースリーブのワンピース。
白いリボンの麦わら帽子。
ユリのいい匂い。
大好きな瞳さんだ。
一応暖房は効いてるけど……寒くないのかな。
誰も追いかけてはきてないけれど、そうすると落ち着くみたいだから、入れてあげる。
「ボク、ありがとね」
そのままだと一分くらい潜り込んだ後、一人で外に行ってしまうので、必ず呼び止めないといけない。
「ボクじゃないです。倉敷博巳です。十四歳です」
「ありゃ。あたし、逢沢瞳。十五歳。……にひひ。やっぱボクね!」
そう言ってから、中庭に窓から出る。
「あんたたち、ほんと仲良いわねえ。風邪ひかないでよー?」
博巳の病室に遊びに来ている今日子さんが微笑む。
紫の着物を着て白い手袋をして、ベッドに座ってる。
いつも、どこかの病棟から男性用の博巳の病室に遊びに来るのだ。
ギリお姉さんと呼べるくらいの女性だ。
今日は芯まで冷える。
もう落ち葉がほとんど残ってない木の木漏れ日が、瞳さんを包む。
予め茂みに忍ばせてた、白くて可愛いサンダルを履く。
博巳も一緒に外に出る。
「ありゃ。どして付いて来るの?」
「だって瞳さん、病気ですよね。心配ですもん」
「ははーん……わかった、さてはあたしに惚れたなー?」
「ええ。大好きです」
博巳はいつもみたいにそう告白する。
「!」
瞳さんは、何度告げても、耳まで真っ赤になる。
それが博巳にはとても愛おしい。
そして。
「ば……バイちゃ! きーん!」
照れ隠しに両手を広げて走り出す。
これも、全く同じ。
もういつもの日課だ。
いつもの、愛しい瞳さんだ。
「ききーっ! とーちゃーく!」
晩秋の空気が冷たい。
脳腫瘍のある博巳は走ると頭が痛くなるし白い息も上がる。
でも、瞳さんは、白血病のはずなのに、息も切らさないし汗も一滴もかかない。
いそいそとバス停横に置いてある、日傘と旅行カバンを取り出して、バス停の横に立った。
ここからバスが通過するまでは、どんなお話をしてもいい。
瞳さんがここから離れることはない。
……実は、博巳が一番好きな時間は、ここだったりする。
今日は、話の続きが知りたくなった。
「お好み焼きが好きなんですよね」
「ありゃ、なんで知ってるん?」
切れ長な目をぱちくりと見開いた。
「お好み焼き、大好きなんですよね? 死んだお父さんが、よく作ってくれたって聞きました」
「あー……」
瞳さんは目だけ横を向いた。
「言ってたっけ? あはは、忘れっぽくてこまっちゃう……ま、まあ、昔のハナシよ……オジサンが今度作ってあげよっか? ボク」
にひひ。
またいつもの笑顔が眩しい。
「お母さんにも、作ってあげたんですよね?」
「なんで知ってるのー?」
瞳さんは驚愕する。
(いいんだ。もう、それにも慣れたから)
「お母さんはね……お父さんが死んじゃってからは……まあ、いいや。お好み焼きはね、妹に、よく作ってたんだー……」
妹?
初耳だ。
瞳さんに妹が居たなんて。
ぶろろろ。
あ、バスが来た。
時間切れ。
ここからバスが通過するまでは、瞳さんは何を言っても返事をしない。
まるで、一つの儀式を執り行っているみたいに。
ぶおーっ。
バスはいつも通り、そこに誰もいないかのように通過した。
瞳さんは背筋を伸ばして、大事なお客様を待っている旅館の女将みたいに、その瞬間を迎える。
(本当に。お家に帰りたいんだな……)
いつか帰してあげたい。
お好み焼きの匂いのする、瞳さんの大好きなお家に。
いつの間にか日傘と旅行カバンを置いた瞳さんが、走り出した。
「バイちゃ! きーん!」
「あ、待ってくださーい!」
遅れをとった博巳が、後から走り出した。
瞳さんはぐんぐん坂を登っていく。
(あ。今日は水色かあ)
振り返った瞳さんが、笑った。
「もう、ほんとえっちなんだから。ボクは」
……
……博巳は今日も待つ。
博巳の病室を通って、あのバス停に行く瞳さんを。
ぱたぱたぱた。
来た。
判で押したかのようにぴったり、十一時十五分四十二秒にやってくる。
「かくまって。お願い」
「どーぞ」
真っ赤なノースリーブのワンピース。
白いリボンの麦わら帽子。
ユリのいい匂い。
大好きな瞳さんだ。
春だけどまだまだノースリーブは肌寒いと思う。
誰も追いかけてはきてないけれど、そうすると落ち着くみたいだから、入れてあげる。
「ボク、ありがとね」
そのままだと一分くらい潜り込んだ後、一人で外に行ってしまうので、必ず呼び止めないといけない。
「ボクじゃないです。倉敷博巳です。十四歳です」
「ありゃ。あたし、逢沢瞳。十五歳。……にひひ。やっぱボクね!」
そう言ってから、中庭に窓から出る。
「あんたたち、ほんと仲良いわねえ。今日はお散歩日和よ!」
博巳の病室に遊びに来ている今日子さんが微笑む。
紫の着物を着て白い手袋をして、ベッドに座ってる。
いつも、どこかの病棟から男性用の博巳の病室に遊びに来るのだ。
ギリお姉さんと呼べるくらいの女性だ。
今日はいつもより暖かだ。
もう新芽が芽吹く綺麗な黄緑の木の木漏れ日が、瞳さんを包む。
予め茂みに忍ばせてた、白くて可愛いサンダルを履く。
博巳も一緒に外に出る。
「ありゃ。どして付いて来るの?」
「だって瞳さん、病気ですよね。心配ですもん」
「ははーん……わかった、さてはあたしに惚れたなー?」
「ええ。大好きです」
博巳はいつ何度でも、そう告白する。
「!」
瞳さんは、何度告げても、耳まで真っ赤になる。
それが博巳にはとても愛おしい。
そして。
「ば……バイちゃ! きーん!」
照れ隠しに両手を広げて走り出す。
これも、全く同じ。
もういつもの日課だ。
いつもの、愛しい瞳さんだ。
「ききーっ! とーちゃーく!」
春の空気は暖かだ。
脳腫瘍のある博巳は走ると頭が痛くなるし息も上がる。
でも、瞳さんは、白血病のはずなのに、息も切らさないし汗も一滴もかかない。
いそいそとバス停横に置いてある、日傘と旅行カバンを取り出して、バス停の横に立った。
ここからバスが通過するまでは、どんなお話をしてもいい。
瞳さんがここから離れることはない。
……実は、博巳が一番好きな時間は、ここだったりする。
今日は、この前からの話の続きが知りたくなった。
「妹さんがいるんですよね」
「ありゃ、なんで知ってるん?」
切れ長な目をぱちくりと見開いた。
「お好み焼き、妹さんと作ってたって。お父さんが教えてくれたレシピで、よく作ってたって聞きました」
「あー……」
瞳さんは目だけ横を向いた。
「言ってたっけ? あはは、忘れっぽくてこまっちゃう……ま、まあ、昔のハナシよ……オジサンが今度作ってあげよっか? ボク」
にひひ。
またいつもの笑顔が眩しい。
「妹ね。愛っていうんだ。おかっぱが可愛くて、あたしよりクールで。ずっと、姉妹で一緒だった。今も、たくさんお見舞いに来てくれるんだよ! いい子でしょ!」
「愛さんっていうんですね、よければ詳しく……」
ぶろろろ。
あ、バスが来た。
時間切れ。
ここからバスが通過するまでは、瞳さんは何を言っても返事をしない。
まるで、一つの儀式を執り行っているみたいに。
ぶおーっ。
バスはいつも通り、そこに誰もいないかのように通過した。
瞳さんは背筋を伸ばして、大事なお客様を待っている旅館の女将みたいに、その瞬間を迎える。
(本当に。お家に帰りたいんだな……)
いつか帰してあげたい。
お好み焼きの匂いのする、瞳さんの大好きなお家に。
いつの間にか日傘と旅行カバンを置いた瞳さんが、走り出した。
「バイちゃ! きーん!」
「あ、待ってくださーい!」
遅れをとった博巳が、後から走り出した。
瞳さんはぐんぐん坂を登っていく。
(あ。今日は水色かあ)
「きみ」
唐突に誰かに後ろから呼びかけられた。
振り返ると、瞳さんがいる。
(……いや、違う。おかっぱ頭で切れ長の目の、瞳さんに似ていて。あれは、どこだ? どこで見かけたんだろう……)
その人は、八重歯を見せて笑顔を見せた。
「いくら親しいからって、スカートの中を覗くのは、どうだろうな」
あの、「にひひ」と、同じ顔だった。
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