10 / 44
10
しおりを挟む
こう言うとき、通報するのは警察と救急車のどちらが先なのだろう。豚は光希を犯した加害者だ。しかし、頭から血を流していて、怪我人でもある。清はポケットから取り出したスマホを握って逡巡した。
光希が像を抱えたまま、豚に向かって土下座をした。
「ごめんなさい」
「この人に、清は、ひどいこと、たくさん、されて…」
「見て見ぬふりをして、ごめんなさい、」
光希は豚ではなく、清に向かって謝っていた。清が犯されていたのを見て見ぬふりをしたという。以前から、中学生の頃から、そんなことがあった。
光希は時々嘘をつく。
嘘という自覚はないのかもしれない。嘘のつもりはないのかもしれない。中学生の頃、空を見つめる光希がつぶやいた。
『あの雲、からあげみたい。今日、お母さんの、からあげがいいなぁ』
『…母ちゃん、からあげ作ってくれんの?』
清の問いに、光希は目を丸くして清を見た。あれは体育の時間だった。光希は頷いた。
『うん。美味しいよ、お母さんのからあげ』
『うち、からあげはコンビニか冷凍だわ。つぅか、ろくに飯作ってもらった記憶、ねぇ』
『今度、食べさせてあげるね。お母さんに、作ってって、お願いする。今日ね、俺んち、からあげなんだ。お母さん、言ってた。お母さん、おうちで、待ってるんだ』
『…そっか。いいな』
光希は照れ臭そうに、嬉しそうに笑った。すごく可愛かった。光希は普段ぼんやりしていることが多い。ずっとそんな風に笑っていたらいいのに。
光希の母はもう亡くなって父子家庭だと聞いた。もしかしたら新しいお母さんがいるのかもしれない。どちらにしても、そんなに仲良くない清が立ち入る話でもないと思ったし、この笑顔を壊すようなことは言わないでおきたかった。
光希は時々おかしなことを言う。他の人間も言っていた。
『あいつ、たまに嘘つくよな。嘘っつーか…喋り方も変わるし』
『二重人格?じゃね?やべぇ、中2~』
『時々、5歳児だよな』
その話を聞いて納得した。光希は年齢が退行している時がある。一人称も変わる。清の家に来た時、光希は清と出会う前まで退行していたのかもしれない。だからあの他人行儀な反応だった。
『あ、の…僕、光希って、いうの。お兄ちゃん、清の、なるから、あの、』
『今日ね、俺んち、からあげなんだ』
『み、見てた、清、が、お、ぉ…犯され、て…た、たす…助け、なかった、ごめん、なさい』
あの頃から光希は自身の頭の中で、物事を都合良く結びつけてしまうようになっていたのではないだろうか。結果、嘘をついていると取られてしまう。
清はその嘘ごと、光希を守りたかった。幸せな嘘の中で、きっと光希は笑っていられる。
「では今日も、よろしくお願いします」
清は頷く。目の前のガタイの良い刑事は権田(ごんだ)という名前だと教えられた。清は警察署にいた。
ホテルで起こされて驚いた。眼の前には数人警察官がいた。光希は警察官に連れられて出ていくところだった。清は衣服を整えて精算をしてパトカーに乗った。通報したのは光希だと聞かされた。パトカーの中では理由がわからず、警察署について刑事と対面した。
『刑事の権田です。お話を伺いたいのですが』
『◯◯村のダイベンシャと呼ばれている男を殺しました。全部俺がやりました』
何度も犯されて、それが嫌で祈りのための像で殴りつけて、裏山を掘って埋めた。翌朝、たまたまあの場にいた、目撃者である光希を家に連れ帰り、夜中に家を出た。光希を連れ出したのは、警察に駆け込まれたら困ると思ったから。全て清の計画と犯行で、埋めて逃げなければ親を含めた信者に何をされるかわからなかったと伝えた。
像で殴ったのは光希だが、それ以外は全て事実だ。逃げなければ光希の身が危なかった。お勤めについて村人がどこまで知っていたのかわからない。少なくとも清の両親は光希のお勤めについて知っている。遺体をそのままにしておけば真っ先に疑われるのは光希だ。
光希が像を抱えたまま、豚に向かって土下座をした。
「ごめんなさい」
「この人に、清は、ひどいこと、たくさん、されて…」
「見て見ぬふりをして、ごめんなさい、」
光希は豚ではなく、清に向かって謝っていた。清が犯されていたのを見て見ぬふりをしたという。以前から、中学生の頃から、そんなことがあった。
光希は時々嘘をつく。
嘘という自覚はないのかもしれない。嘘のつもりはないのかもしれない。中学生の頃、空を見つめる光希がつぶやいた。
『あの雲、からあげみたい。今日、お母さんの、からあげがいいなぁ』
『…母ちゃん、からあげ作ってくれんの?』
清の問いに、光希は目を丸くして清を見た。あれは体育の時間だった。光希は頷いた。
『うん。美味しいよ、お母さんのからあげ』
『うち、からあげはコンビニか冷凍だわ。つぅか、ろくに飯作ってもらった記憶、ねぇ』
『今度、食べさせてあげるね。お母さんに、作ってって、お願いする。今日ね、俺んち、からあげなんだ。お母さん、言ってた。お母さん、おうちで、待ってるんだ』
『…そっか。いいな』
光希は照れ臭そうに、嬉しそうに笑った。すごく可愛かった。光希は普段ぼんやりしていることが多い。ずっとそんな風に笑っていたらいいのに。
光希の母はもう亡くなって父子家庭だと聞いた。もしかしたら新しいお母さんがいるのかもしれない。どちらにしても、そんなに仲良くない清が立ち入る話でもないと思ったし、この笑顔を壊すようなことは言わないでおきたかった。
光希は時々おかしなことを言う。他の人間も言っていた。
『あいつ、たまに嘘つくよな。嘘っつーか…喋り方も変わるし』
『二重人格?じゃね?やべぇ、中2~』
『時々、5歳児だよな』
その話を聞いて納得した。光希は年齢が退行している時がある。一人称も変わる。清の家に来た時、光希は清と出会う前まで退行していたのかもしれない。だからあの他人行儀な反応だった。
『あ、の…僕、光希って、いうの。お兄ちゃん、清の、なるから、あの、』
『今日ね、俺んち、からあげなんだ』
『み、見てた、清、が、お、ぉ…犯され、て…た、たす…助け、なかった、ごめん、なさい』
あの頃から光希は自身の頭の中で、物事を都合良く結びつけてしまうようになっていたのではないだろうか。結果、嘘をついていると取られてしまう。
清はその嘘ごと、光希を守りたかった。幸せな嘘の中で、きっと光希は笑っていられる。
「では今日も、よろしくお願いします」
清は頷く。目の前のガタイの良い刑事は権田(ごんだ)という名前だと教えられた。清は警察署にいた。
ホテルで起こされて驚いた。眼の前には数人警察官がいた。光希は警察官に連れられて出ていくところだった。清は衣服を整えて精算をしてパトカーに乗った。通報したのは光希だと聞かされた。パトカーの中では理由がわからず、警察署について刑事と対面した。
『刑事の権田です。お話を伺いたいのですが』
『◯◯村のダイベンシャと呼ばれている男を殺しました。全部俺がやりました』
何度も犯されて、それが嫌で祈りのための像で殴りつけて、裏山を掘って埋めた。翌朝、たまたまあの場にいた、目撃者である光希を家に連れ帰り、夜中に家を出た。光希を連れ出したのは、警察に駆け込まれたら困ると思ったから。全て清の計画と犯行で、埋めて逃げなければ親を含めた信者に何をされるかわからなかったと伝えた。
像で殴ったのは光希だが、それ以外は全て事実だ。逃げなければ光希の身が危なかった。お勤めについて村人がどこまで知っていたのかわからない。少なくとも清の両親は光希のお勤めについて知っている。遺体をそのままにしておけば真っ先に疑われるのは光希だ。
21
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説

【完結】I adore you
ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。
そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。
※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
思い出して欲しい二人
春色悠
BL
喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。
そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。
一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。
そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。

今夜のご飯も一緒に食べよう~ある日突然やってきたヒゲの熊男はまさかのスパダリでした~
松本尚生
BL
瞬は失恋して職と住み処を失い、小さなワンルームから弁当屋のバイトに通っている。
ある日瞬が帰ると、「誠~~~!」と背後からヒゲの熊男が襲いかかる。「誠って誰!?」上がりこんだ熊は大量の食材を持っていた。瞬は困り果てながら調理する。瞬が「『誠さん』って恋人?」と尋ねると、彼はふふっと笑って瞬を抱きしめ――。
恋なんてコリゴリの瞬と、正体不明のスパダリ熊男=伸幸のお部屋グルメの顛末。
伸幸の持ちこむ謎の食材と、それらをテキパキとさばいていく瞬のかけ合いもお楽しみください。
【完結】嘘はBLの始まり
紫紺
BL
現在売り出し中の若手俳優、三條伊織。
突然のオファーは、話題のBL小説『最初で最後のボーイズラブ』の主演!しかもW主演の相手役は彼がずっと憧れていたイケメン俳優の越前享祐だった!
衝撃のBLドラマと現実が同時進行!
俳優同士、秘密のBLストーリーが始まった♡
※番外編を追加しました!(1/3)
4話追加しますのでよろしくお願いします。

好きなあいつの嫉妬がすごい
カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。
ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。
教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。
「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」
ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」
俺の好きな男は、幸せを運ぶ天使でした
たっこ
BL
【加筆修正済】
7話完結の短編です。
中学からの親友で、半年だけ恋人だった琢磨。
二度と合わないつもりで別れたのに、突然六年ぶりに会いに来た。
「優、迎えに来たぞ」
でも俺は、お前の手を取ることは出来ないんだ。絶対に。
ハンターがマッサージ?で堕とされちゃう話
あずき
BL
【登場人物】ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ハンター ライト(17)
???? アル(20)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
後半のキャラ崩壊は許してください;;
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる