隣人 (BL、完結)

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番外編

煙草の話 完

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「ふーん…じゃあ、なんでやめたの?」
「それがさ、二十歳になって気づいたんだけど、喫煙所って全然ないのよ。今まで隠れて吸ってるでしょ?人気ないとことか友達の家とか」
「なんで隠れるの?」
「ん?う~ん…だからね、気づかなかったんだよね、世の中の喫煙に対する厳しさに。せっかく二十歳になったのに喫煙所探してうろつくのだるいなーって。あと充電と持ち歩きもだるいなーって。その時は加熱式吸ってたんだけどね、充電忘れると吸えないし」
「質問に答えてないんだけど」
キリヤは煙草を咥えて黙った。都合の悪いことはだんまりのようだ。
咳き込むことなくスムーズに喫煙を続けている。さっきつけた煙草はもうかなり短くなっていた。適宜灰を落とす姿はやはり手慣れている。
「なんで煙草吸ったの?」
「格好つけたかったんだろうね、俺も。吸わないで済むなら、そのほうがいいでしょ」
キリヤは笑って、どこか他人事のように煙とともに吐き出した。吸い出したきっかけなんて覚えていない。ただ、少しでも大人になりたかったのかもしれない。幼い頃の背伸びなんて、きっとみんなそうだ。そう考えて、自分にも可愛いところがあったんだな、とキリヤは思う。煙草は次の一吸いで終わりそうだ。
郁美はキリヤが煙草を口元に持っていく前に、体を寄せて口づけた。ちうっと唇を吸って顔を離すと、珍しくキリヤが驚いた顔をしていた。郁美はぺろりと自分の唇を舐めて首を傾げる。
「なんか、あんまり味しないね」
一緒に見た映画のシーンを真似たのだろう。キリヤは煙草を灰皿に押し付けて火を消した。
「最後じゃないからじゃない?」
キリヤは郁美の唇に重ねて舌を差し入れる。
「ん、ん………んぇ!?うえぇ!おぇ、おえーっ!」
郁美は顔を背けてキリヤから逃げた。口の中がビリビリ痺れて驚いた。口の中で変な味がする。味なのかすら、郁美にはわからない。
「ちょ、何」
「まずっ、まっず!!まずいの?わかんない、なにこれおぇえっ」
「何、何?一人で騒いで怖いんだけど…つか、おぇーって。ひど」
「みず、うがいする、うぇーっ!タバコの味、最悪!!」
郁美はドタバタと洗面所に駆け込んで激しくうがいを繰り返した。さっきちょっと吸った煙草の煙と同じ刺激が、舌と喉に突き刺さる。
キリヤが洗面所を覗くと、郁美はその場でジタバタと足踏みをしながらうがいをしていた。さっきの自分からキスをして唇を舐めるなんて可愛くてちょっとエロい仕草は幻だったのだろうか。今のジタバタしている姿も可愛いが、方向性がまったく違う。本当に同一人物なのだろうか。
「大丈夫?」
「だいじょぶじゃな…臭っ!たばこ臭!!あっちいって!」
「吸わせといてそれ。今日ひどくない?俺だって傷つくんだよ?泣くよ?」
「だって臭いしベロしびれるし臭いし…たばこっていいことないね。吸うのやめとこ…あれ、キリヤにあげるね。あー、最悪…ちょっと、あっちいってって。臭い」
郁美は真後ろで尻を揉むキリヤを押し返した。嗅ぎ慣れない煙草の匂いに、鼻もおかしくなりそうだ。身近に喫煙者のいなかった郁美は、まさか煙草の匂いがここまでひどいとは思ってもいなかった。さっきキリヤが吸っていた時は平気だったのに、たぶん服や髪につくとより匂いがひどくなるのだろう。郁美はひとつ、知らなくても良い知識が増えた。
「…シャワー浴びて歯磨きするから」
「は?やだよ。歯磨き程度でどうにもなんないでしょ、これ。なんかお菓子食べよ。もー、2度とたばこ吸わないから」
郁美はプリプリ怒ってリビングに行ってしまった。キリヤも、2度と煙草は吸わないと心に誓った。



END
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