隣人 (BL、完結)

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第二部

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勉強をしている郁美を背後から抱きしめて、キリヤは郁美のうなじを眺めていた。
邪魔したら怒るかな、と考えながら、首筋に指を這わせる。
「邪魔」
郁美は振り返りもせずにキリヤの手を払う。案の定、怒られてしまった。
もう30分経つが、郁美の手はほとんど動いていない。時々ブラックアウトしたタブレットのボタンに指を添える程度だった。
「焦らしてんのかなーと思って」
「違うよ。真剣だけど、わかんないの」
郁美が振り返って睨みつけてきた。レポートを書こうとしているらしい。
うんうん唸っている郁美は確かに真面目に取り組んでいるようだ。しかし、学力が足りないのか効率が悪いのか、真面目なわりには先に進まない。
ちょっかいをかけては叱られるので大人しくしようとしているが、暇だった。
(家に来るようになっただけましか)
構えないのはつまらないが、そばにいて郁美の姿を見ているだけでも楽しい。
キリヤは郁美が美幸と決別した日を思い出す。




帰ろうとする郁美を無言で引き止めていると、困惑した声が聞こえた。
「帰るってば。聞いてる?もしかして、泣いてるの?ねぇってば」
キリヤが無言を貫いていると、しばらく沈黙が続き、郁美が切り出した。
「また、来るから、泣かないでよ」
泣いてないけど。
キリヤは笑いを噛み殺す。
「またって、いつ?」
「えっ?え、と、いつだろ。いつ?うーん」
子供じみた質問に、郁美は真剣に答えようとしている。
口ごもる郁美に、笑いがこらえきれない。
「じゃあ明日。学校終わったら、迎えに行くから」
「あ、明日?…うん、明日、わかった。わかったから、泣かないで」
震える声を泣き声と勘違いしているようだった。慰めるように背中に触れてくる郁美の髪に頬を寄せる。
郁美はきっと、美幸の好きな相手であるキリヤと距離を置こうとここに来たのだろう。
残念でした。絶対、逃さない。




それから数日。以前のように、郁美はキリヤの自宅に来るようになった。大学まで送迎して、たまに実家に連れて行く。
「痴漢いないし、車って楽」
楽なことに流されやすい郁美は助手席でご満悦だ。しかし、聞き捨てならない単語が聞こえた。
「痴漢?」
「うん。電車でさ、お尻触ってきたり体押しつけてきたり。女の子じゃないっつーの。気持ち悪い」
キリヤが横目で郁美を見る。郁美は手元を睨みつけながら青ざめていた。よほど嫌な記憶だったのだろう。さっきまでご機嫌だった郁美の横顔は、嫌悪感に満ちている。
郁美に痴漢を働いた輩がいることは、キリヤにとっても不愉快極まりない。
マンションの駐車場に到着し、自宅に向かう。郁美はエレベーターの中で無言だった。玄関に入ってから郁美に問いかける。
「痴漢って、どんなやつ?一人?」
「何人かいたよ。俺が男だって、わかっててやってくるやつもいたし。もう、やめよ?思い出したくない」
「自分が話振ったんでしょ」
「そうだけど、っ」 
キリヤは無防備に前を歩く郁美を背後から抱きしめた。
久しぶりに密着する小さな体は、やはり抱き心地が良い。後頭部に頬ずりしながら耳元で囁く。
「どこ触られたんだっけ。ここ?どういう風に?」
「やめ、」
「やめませーん。教えてよ」
痴漢ごっこをしながら、キリヤは苛立ちも感じていた。誰に断って郁美に触れたのか。大学に入学して電車通学を始た頃から痴漢にあっていたようだ。今より幼い郁美を好き勝手していたのかと思うと、羨ましくて腹立たしい。
郁美は黙ったまま身動きもしない。このまま寝室に連れて行こう。何も言わない郁美に顔を寄せて、キリヤは気がついた。
郁美は口元を抑えて真っ青になって震えている。
声も出せずに怯えている郁美に、キリヤは手を止めた。
「郁美?」
郁美の瞳の焦点があっていない。キリヤは郁美を抱えてソファに移動する。郁美は今にも倒れそうなほど顔色が悪い。
「ごめん。思い出して、怖かった?」
郁美は何度も頷いた。ちょっとした悪戯心が、まさかここまで怯えさせてしまうとは。それだけ深く傷つき、トラウマになっているらしい。
「もう、平気だと思ってたのに」
郁美が震える声でつぶやく。
時間をずらしたりタクシーを使うことで、最近は遭遇していなかったそうだ。郁美はすっかり忘れていたらしいが、恐怖で記憶を閉じ込めていたのだろう。
「ごめんな、嫌なこと思い出させて」
「そうだよ。キリヤが、変なことするから」
何度も大きく呼吸をして、郁美は少し落ち着いたようだ。
改めて、郁美をここまで傷つけた相手に腹がたった。顔もわからず、まして複数人となると復讐も難しい。どうにかできないかと考えながら郁美の唇を指でなぞる。
「そんな嫌な思い出があるのに、俺とやったの?」 
体を触られてあんなに怯えていたのに。どうして同性の自分に抱かれたのだろうか。美幸の一件があるので、元々男が好きというわけでもなさそうだ。
「きもくなかったから。あの人達みんな気持ち悪かったのに」
郁美の唇の中に指を入れると、軽く齧られた。
郁美の中でキリヤは寝てもいい相手だったということらしい。
指を齧られたままの手で郁美の顎を掴んで引き寄せると、キリヤは口を塞がれた。
「だめだって。そういうこともうしないって、言ったじゃん」
数日前のベッドの中で、泊まっていくけどしないと宣言されてお預けをくらっていた。そういう関係はおしまい、ということらしい。我慢はしたが、納得するわけがない。
キリヤは郁美の手をどかす。ついでに腰を掴んで拘束する。
「もしかしてさ、お姉様に申し訳ないとか思ってる?」
郁美はキリヤから離れようとしていたが、あからさまに体を跳ねさせて動きを止めた。郁美が目をそらす。その仕草が、その通りだと言っている。
「お姉様の好きな相手とそういうことしちゃいけない、とか。あの人、そういうの嫌がるんじゃね?プライド高そうだし」
郁美が恐る恐る顔を上げた。
「そうなの?」
「そうだよ。そういう気遣いは、相手を余計に傷つけるんだよ?」
(知らんけど)
逃げることをやめた郁美に唇を重ねる。舌を差し入れて時間をかけて舐ると、郁美の体から力が抜けた。郁美の蕩けた瞳がキリヤを見つめている。
「そう、かなぁ」
息を上げて、郁美は首を傾げる。まだ少し理性が残っていたようだが、快楽に弱い郁美は間もなく陥落した。



(あの時は最高だったなぁ)
キリヤは記憶を反芻していた。久しぶりの行為に、郁美は乱れに乱れた。たまには禁欲するのもいいのかもしれない。そう思いながら郁美の太ももを撫でる。
「うぅ。終わらない、わかんない。なに書けばいいの」
怒るかと思ったが、郁美は頭を抱えてそれどころではないらしい。時計を見ると、始めてから一時間が経過していた。
手助けをしては郁美のためにならないと思ったが仕方がない。
「どこ、わかんない?」
郁美が目を輝かせる。わからないところがわからない郁美にキリヤが口を出しつつ進めると、15分でレポートは完成した。
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