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第一部
第一部 完
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郁美はその場にしゃがみ込みたい気持ちを抑えて、キリヤの自宅の前まで歩く。
(ちゃんと、謝らないと)
インターフォンの前でしばらく悩んだが、ようやくボタンを押す。出なければ帰ろうと思った瞬間、扉が開いて引きずり込まれた。
眼の前が真っ暗で、何が起きたかわからなった。背骨がミシミシと音を立てる。
「もう、来てくれないかと思った」
キリヤの声で、郁美は彼の腕の中にいることに気づいた。
少しだけ腕の力が緩む。その隙間で、郁美は呼吸を整える。
「この前、ごめんなさい」
ひどい言葉を投げつけてしまった。あのときは、美幸に男として愛されるキリヤが憎くすら思えた。彼はなにも悪くないのに。
足が震えるが、キリヤが支えてくれている。そのことに、こらえていたものが郁美から溢れ出した。
「今日、美幸ちゃんに、呼ばれて、」
「うん」
キリヤが郁美の背中をさする。
郁美はキリヤにしがみついて泣いた。
「わかってたのに。美幸ちゃんが、俺を見てくれてないこと、気づいてたのに」
少し背が伸びて体が骨っぽくなったときか、声がかすれ始めたときだっただろうか。郁美は美幸の求める女の子にはなれないのだと気づいた。同級生の男子に比べたら女の子に間違えられる頻度も高かったが、体は少しずつ男として成長していた。
郁美は男の郁美のまま、美幸の特別になりたかった。
でもきっと、美幸が男性も愛せたとしても、郁美はその対象にはならない。彼女の中で、自分は可愛い従兄弟であり妹で、それ以上にも以下にもならない。そのことに、郁美はとっくに気づいていた。
この関係の終わりが、すぐそこまで来ている。
美幸から離れるのが怖くて、いつまでも姉妹ごっこを続けてしまった。
「俺、キリヤのこと、利用してた。ごめんなさい」
男と付き合えば、もっと女の子っぽくなれるかもしれない。もう少し、美幸との終わりを引き伸ばせるかもしれない。そう考えて、郁美はキリヤに抱かれた。この部屋を訪れ続けた。
美幸は自分を馬鹿で浅はかだと言ったが、郁美も十分馬鹿で浅はかだった。皮肉なことに、こんなところだけとてもよく似てしまった。本当の姉弟ではないのに。
「俺のこと、利用でもなんでもしていいよ」
キリヤが郁美の涙を拭う。郁美は首を横に振った。
このままキリヤに甘えてはいけない。
美幸が好きな人だから、郁美はもうキリヤのそばにいないほうがいい。
「美幸ちゃんの家に、もう行かない。『可愛い郁美』はやめる」
「可愛いって、自分で言う?」
キリヤが笑う。美幸の求めていた女の子らしい郁美をやめる、と言いたかったが、言葉を間違えてしまった。
自分の気持ちを伝えるのは、中々難しい。
「もう帰る。お父さんとお母さん、待ってるから。ごめんなさい。今まで、ありがとう」
両親が、特に母は、引きこもっていたのに突然出かけてしまった郁美を心配しているだろう。早く帰って、もう大丈夫だと伝えたかった。
美幸の家に来るのも、キリヤの家に来るのももう最後。
きちんと美幸の想いが聞けて、郁美の中で何かが吹っ切れた。
「送っていくから。もう少し待って」
「いいよ。一人で帰れるから」
この前も似たようなやり取りをしたな、と郁美は思い出す。もうこんな会話をすることもないだろう。
郁美が寂しさを感じていると、キリヤの腕に力がこもった。郁美はキリヤの胸に埋まってしまう。
「もう、帰るってば」
身動きができず、顔をあげることもできない郁美はなんとか声を上げる。しかし反応がない。一体どうしたのかと不安に思っていると、キリヤがため息まじりに呟いた。
「帰したくねぇなぁ」
寂しそうにつぶやくキリヤに、郁美の胸が痛む。
郁美は迷ったが、首を横に振って、抜け出そうともがいた。
第一部 END
第二部へ続く
(ちゃんと、謝らないと)
インターフォンの前でしばらく悩んだが、ようやくボタンを押す。出なければ帰ろうと思った瞬間、扉が開いて引きずり込まれた。
眼の前が真っ暗で、何が起きたかわからなった。背骨がミシミシと音を立てる。
「もう、来てくれないかと思った」
キリヤの声で、郁美は彼の腕の中にいることに気づいた。
少しだけ腕の力が緩む。その隙間で、郁美は呼吸を整える。
「この前、ごめんなさい」
ひどい言葉を投げつけてしまった。あのときは、美幸に男として愛されるキリヤが憎くすら思えた。彼はなにも悪くないのに。
足が震えるが、キリヤが支えてくれている。そのことに、こらえていたものが郁美から溢れ出した。
「今日、美幸ちゃんに、呼ばれて、」
「うん」
キリヤが郁美の背中をさする。
郁美はキリヤにしがみついて泣いた。
「わかってたのに。美幸ちゃんが、俺を見てくれてないこと、気づいてたのに」
少し背が伸びて体が骨っぽくなったときか、声がかすれ始めたときだっただろうか。郁美は美幸の求める女の子にはなれないのだと気づいた。同級生の男子に比べたら女の子に間違えられる頻度も高かったが、体は少しずつ男として成長していた。
郁美は男の郁美のまま、美幸の特別になりたかった。
でもきっと、美幸が男性も愛せたとしても、郁美はその対象にはならない。彼女の中で、自分は可愛い従兄弟であり妹で、それ以上にも以下にもならない。そのことに、郁美はとっくに気づいていた。
この関係の終わりが、すぐそこまで来ている。
美幸から離れるのが怖くて、いつまでも姉妹ごっこを続けてしまった。
「俺、キリヤのこと、利用してた。ごめんなさい」
男と付き合えば、もっと女の子っぽくなれるかもしれない。もう少し、美幸との終わりを引き伸ばせるかもしれない。そう考えて、郁美はキリヤに抱かれた。この部屋を訪れ続けた。
美幸は自分を馬鹿で浅はかだと言ったが、郁美も十分馬鹿で浅はかだった。皮肉なことに、こんなところだけとてもよく似てしまった。本当の姉弟ではないのに。
「俺のこと、利用でもなんでもしていいよ」
キリヤが郁美の涙を拭う。郁美は首を横に振った。
このままキリヤに甘えてはいけない。
美幸が好きな人だから、郁美はもうキリヤのそばにいないほうがいい。
「美幸ちゃんの家に、もう行かない。『可愛い郁美』はやめる」
「可愛いって、自分で言う?」
キリヤが笑う。美幸の求めていた女の子らしい郁美をやめる、と言いたかったが、言葉を間違えてしまった。
自分の気持ちを伝えるのは、中々難しい。
「もう帰る。お父さんとお母さん、待ってるから。ごめんなさい。今まで、ありがとう」
両親が、特に母は、引きこもっていたのに突然出かけてしまった郁美を心配しているだろう。早く帰って、もう大丈夫だと伝えたかった。
美幸の家に来るのも、キリヤの家に来るのももう最後。
きちんと美幸の想いが聞けて、郁美の中で何かが吹っ切れた。
「送っていくから。もう少し待って」
「いいよ。一人で帰れるから」
この前も似たようなやり取りをしたな、と郁美は思い出す。もうこんな会話をすることもないだろう。
郁美が寂しさを感じていると、キリヤの腕に力がこもった。郁美はキリヤの胸に埋まってしまう。
「もう、帰るってば」
身動きができず、顔をあげることもできない郁美はなんとか声を上げる。しかし反応がない。一体どうしたのかと不安に思っていると、キリヤがため息まじりに呟いた。
「帰したくねぇなぁ」
寂しそうにつぶやくキリヤに、郁美の胸が痛む。
郁美は迷ったが、首を横に振って、抜け出そうともがいた。
第一部 END
第二部へ続く
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