隣人 (BL、完結)

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第一部

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郁美の父は、美幸の父の兄だった。小さい頃は親族の集まりが多く、郁美は従姉の美幸としょっちゅう遊んでいた。美幸の父は早くから財と家庭を築き、美幸は一人娘として蝶よ花よと育てられた。郁美から見た美幸は本物の蝶や花のようで、自慢の従姉だった。
美しい姉様。
その視線も表情も、全て自分のものだったらいいのに。
美幸の言う事を素直になんでも受け入れる郁美を、美幸もとても可愛がってくれた。
「あなたが女の子だったら良かったのに」
あれはいつのことだっただろうか。残念そうに、郁美を見て美幸は言った。
女の子なら、愛せたのに。
美幸が同性愛者だと知ったのはその時だった。
何度も女子と間違われたことのある郁美は、体型を変えぬよう、美容にも気を使った。
少しでも女性っぽさを残したままいられるように。
美幸は今も郁美をそばに置いていてくれる。
でも、もし郁美が、自身の男を美幸に感じさせてしまったら。
きっと美幸は郁美を手放してしまうだろう。
姉様、そばにいさせて、僕を離さないで、
そのために、美幸の望みはなんでも叶えよう。
郁美はあのビデオカメラを持って、美幸の自宅を訪ねた。




「寝室に、置いたから、撮れてると思う」
可愛い郁美。
本当に撮影してくるとは。
やると思ってはいたが、実際にビデオカメラを渡されると、美幸にも少し緊張が走る。
「あなたは見てないの?郁美」
「は、恥ずかしくて、見れない…本当は、姉様にも、」
見てほしくない。と言いたかったのだろうが、言葉は続かなかった。
うふふふ。
美幸は、自分が思うよりも笑っていた。
「ふふっ。だって、女子ですもの。興味があるのよ。郁美も、ふふふ、男性同士のそれに興味があるから、キリヤとしたのよね?」
「わかんない…僕、キリヤ、に…」
郁美は耳まで真っ赤に染まっている。口ごもる郁美から、それ以上答えは出て来なかった。
(わからない?キリヤとあなたは、どういう関係なの?)
一瞬無理矢理抱かれているのかと思ったが、それなら喜々としてキリヤとの約束を美幸に話したりはしないだろう。
美幸は、ちらりと時計に目を配る。残りはあと30分ある。
「郁美、今日はおしまいにしましょう。私、早くこれが見たいの」
美幸は恭しくビデオカメラを持ち上げた。
郁美の瞳に絶望が宿る。
「姉様、お願い、」
震える郁美の手が、祈るように重なる。
「僕の体を見ても、嫌いに、ならないで」
郁美は涙を零して、美幸の部屋を後にした。
可愛い郁美。本当に、本当に可愛い郁美。
美幸はビデオカメラをモニターに繋げ、再生を押した。

真っ暗な画面。
どのくらい前から録画をしていたのだろうか。
少し画面がブレたあと、大きななにかがモニターの中を行き来する。
(何?)
美幸が目を凝らす。

「残念でした、お姉様」

画面越しに、キリヤの声と、押し殺した笑い声が聞こえてきた。
どうやらカメラの前で、手のひらをふっているらしい。
「澄ました顔して、いいご趣味ですこと。
これ以上郁美を傷つけたら、容赦しないからな?」
恐ろしく冷たい声が脳に響いた。
プツリ、と映像が消える。
美幸は、キリヤはビデオカメラがあると気づいた上で郁美を抱くと思っていた。
郁美がどんな表情を、どんな反応をするのか、見せつけてくるだろうと思っていた。
しかし、郁美は少しも映っていなかった。
キリヤは乱れる郁美を、美幸に晒すつもりはないらしい。それだけキリヤにとって、郁美は無二の存在になっている。
気づけば、美幸はビデオカメラを床に叩きつけていた。


あの日から、郁美の表情が晴れない。どこかぼんやりとして、心がここにない。
今日は郁美が美幸に会える日だった。
いつもの時間に、キリヤは郁美を送り出す。しかし、すぐにインターフォンが鳴った。
「姉様、いないみたい」
「メッセージ送ってみれば?」 
キリヤは不安気な郁美に、美幸への連絡を促す。
「でも、お仕事だったら、邪魔しちゃうし」
暗い表情の郁美はますます気分が落ち込んでしまったようだ。
キリヤはクッションと一緒に丸くなる郁美の髪を撫でる。
「出掛けよっか。仕事押しつけられて残業で帰ってこれないんだよ、性格悪いから。…いや、有能だから仕事振られて帰れないんだよ。多分」
美幸への軽口に、郁美がキリヤをにらみつける。褒め言葉に言い直し、郁美を外出へと促す。キリヤは車のキーを郁美の前にぶら下げた。郁美の瞳が一瞬輝く。
「車?どこ行くの?」
「それは着いてのお楽しみ」
郁美は美幸の帰りを待つべきか迷っていたが、キリヤは郁美を外へと連れ出した。

「すごっ!目がチカチカする」
高速道路を抜けて工業地帯を見渡せる場所についた。道中からも見えた景色に、郁美の瞳は夜景以上に輝いている。 キリヤがスマホを向けていることに気づいた郁美は、ムッとした表情を見せる。
「盗撮」
「運転頑張ったご褒美。つーか、盗撮って。自分のこと棚に上げて」
「?棚?」
「気にしなくていいや。向こう見てな、めっちゃ可愛いから」
「俺が?ウケる、夜景見ろし」
郁美が笑った。これだけで、連れてきたかいがある。
しばらくふざけあったあと、ふと郁美が、首を傾げてキリヤを見上げた。
「なんで俺、キリヤとしたのかな」
「俺のこと、好きだからでしょ?」
「わかんない。でも違う気がする。優しくしてくれたから、まぁ、いっか、って」
「それさ、一番やっちゃ駄目な理由よ?」
郁美のあまりに正直な回答に、傷つくよりも笑ってしまった。自分に対して素直で遠慮のない郁美が、キリヤは愛おしくて仕方がない。
目が夜景に慣れてきた。
周りのカップル達は、自分達の世界を築き上げている。キリヤは郁美を、背後から抱きしめた。郁美の耳元に唇を寄せる。
「俺は好きだよ。恋人として。ちゃんと好きだし、愛してる。嫌?」
振り返った郁美は、大きな瞳を丸めてキリヤを見た。
「めっちゃ言い慣れてる。今まで何人に使ってきたの?それ」
(本気なのに)
あまりの言い草に、キリヤの体から力が抜けた。少しだけ、郁美に体を預ける。
「今、人生で初めて言いましたけど。めっちゃドキドキしてますけど」
「顔も声もいつも通りじゃん、嘘つき。あ、でも、」
郁美がキリヤの右の手首を両手で包む。
「ドキドキしてるのは、ホントだ」
いたずらっぽく微笑む郁美を、キリヤは強く抱きしめた。
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