黒い春 本編完結 (BL)

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短編・番外編2

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「う、ぅ…んくっ、ぅっ…僕、…う…あ、あの、ぅ、うぅ…」
「ゆっくりでいいよ、大丈夫」
「うっ、ぅ…うぅうっ…ひっ、ひろくん、う、うぅ、う…ひろく、あの…う、あぅ、あの」
「うん」
「ち、びちゃ…か、かな、っ、て…ひろ、く、ちび、ちゃん、の、こと、あの………ひ、ひろくん、あの…ぼくの、なのに、って…」
佳奈多は伝えて、恥ずかしさにこの場から消えたくなった。口に出してみて、なんて子供じみてあさましい考えを抱いたのかと、改めて情けなくなった。
傷を癒やすために預かったチビに、佳奈多は嫉妬してしまった。優しく『かな』と呼ぶ声は、佳奈多だけのものだと思っていた。
(ひろくん、とられちゃう)
佳奈多は自分の泣き声の合間にチビの鳴き声を聞いていた。心配してくれている。泣き止まなければ。思えば思うほど涙は止まらない。
「かなちゃん…そうだよね、聞こえてた、よね。さっきの」
「ぷな、なぁあ」
困ったような大翔の声とチビの鳴き声に、佳奈多は慌てて叫ぶように吐露した。
「あ、う、うっ、…ぼく、ひ、ひろ、く、取られ、ちゃった、て、お、思、…や、やだっ、た、取られ、ちゃう、の…ぼく、いやな、やつ、でっ、ご、ごめ、な、さ、ぼくが、わ、わるい、から、う、ぅ…ごめんなさい、ごめ、な、しゃいぃ、あぅっ、あううぅうっ」
大翔に呆れられた。チビも、こんな風に思われて気分が悪いだろう。大翔もチビも、何も悪くない。こんな子供じみた嫉妬心を抱く佳奈多が幼くてみっともない。呆れられても仕方がないのに、佳奈多は言い訳を並べたくて口を何度も動かした。
大翔の腕に力が籠もる。呼吸が苦しい中、佳奈多が顔を上げると、大翔の真っ赤な顔が滲んで見えた。
「ごめん。ごめんね、かなちゃん。ごめん。不器用なのに一生懸命なとこが似てて、たまに、呼んでた。チビちゃんを、『かな』って…嫌だったよね」
佳奈多は首を横に振った。確かに、大翔がチビを『かな』と呼ぶことが嫌だった。しかしそれは佳奈多のわがままな感情で、大翔が謝ることはひとつもない。佳奈多の自分勝手な嫉妬をぶつけてしまって、チビにも申し訳ない。チビが一番可哀相だ。何も悪くないのに。佳奈多は何度もチビに謝った。
「ご、ごんね、チビちゃ、ごめん、ね、僕、いやな、に、人間、で…」
「ぷな、なぁ、ぷなぁあ」
チビは佳奈多に体を擦り付けて不安気な声を上げている。不安にさせてしまった。自ら名乗り出てチビを預かったのに、幼稚な嫉妬心で、チビに不安な思いをさせている。
「き、嫌い、ならな、いで、チビ、ちゃ…ごめ、ごめんな、さい」
「大丈夫だよ。チビちゃん、俺よりかなちゃんが好きだから。ごめんね、チビちゃん…チビちゃんがどう呼んでも振り向いてくれるから、調子に乗った」
トントンと大翔に背中を叩かれて、佳奈多はしゃくりあげながら顔を上げた。
「ん、んぅ、う、んぇ?」
「チビちゃんね、呼びかければ振り向くんだよ。たぶん、聞き慣れない俺の声だからだと思うけど。猫さん、とか呼んでも振り向くの。だから、かなちゃんいない時に、『かな』って呼ぶように、なって…かなちゃんいないの、さみしいから」
大翔は話しながら、より一層顔が赤くなっていった。最後はぼそぼそとつぶやいていて、聞き取りづらい程。
佳奈多が不在の時に、チビを『かな』と呼んでいたらしい。それも寂しさゆえに、チビに佳奈多を重ねて『かな』と呼んでいた。
大翔の顔は真っ赤になって、いつも何事も堂々としている大翔がなんだか小さく見える。
「は、恥ずかし、の?ひろくん、が?」
「消えたいくらい恥ずかしい。俺にも羞恥心くらい、あるんだよ」
大翔はぎゅっと佳奈多を抱きしめる。
「恥ずかしい。でも、ものすごく嬉しい。かなちゃんが、嫉妬してくれてる」
大翔の腕に力がこもる。佳奈多は大翔の胸に抱きとめられて、表情が伺えない。しかし耳に当たる大翔の胸から強い鼓動を感じる。大翔は今とてもドキドキしているらしい。
「めちゃくちゃ嬉しい。嫌な気持ちにさせてごめんね。チビちゃんにあんまり構わないようにするから…」
「あぅ、ちが、ちがうの、」
佳奈多は慌てて顔を上げる。真っ赤な顔の大翔を見上げた。
「チビちゃん、いっぱい、抱っこ、して。チビちゃ、と、ひろくん、仲良し、嬉しいの」
「無理しなくていいよ、かなちゃん。本当のこと、教えて?」
「む、無理じゃ、な、う、嘘じゃ、ないよ。本当、に。仲良し、嬉しい、すごく………でも、名前、いやだ。や、やだった」
大翔に髪を撫でられながら、佳奈多は正直に自分の気持ちを伝えた。チビと大翔が仲良くしていることが嬉しかった。そこに嘘はない。時々もやもやと嫉妬してしまったが、大好きで大切なチビと大翔が仲良くしてくれている姿はそれ以上に嬉しかった。ただやはり、チビのことを『かな』と呼んでほしくない。大翔にとっての『かな』は佳奈多だけでありたい。
「ひ、ひろくん、かなって、よぶの、僕だけがいい」
佳奈多は自分の首から頭のてっぺんにまで、血が昇っていると感じた。恥ずかしさのあまりボロボロと涙も溢れた。恥ずかしい。しかし、大翔は本当のことを教えてほしいと言った。佳奈多も、本当のことを知ってほしかった。チビと大翔には今まで通り仲良くしてほしい。でも、呼び方だけは改めてほしい。
「ぷな、ぷなぁ?」
チビの声に佳奈多は急いで下を向いた。佳奈多の嫉妬で戸惑わせてしまった。佳奈多は慌ててぎゅっとチビを抱きしめる。
「ご、ごめんね、チビちゃ、なにも、悪くないのに…不安、させて、ごめんね。き、きらい、ならないで、」
「大丈夫だよ。チビちゃん、かなちゃんのこと大好きなんだから。ね」
「ぷな!ぷなーな、ぷな」
大翔に答えるようにチビは佳奈多の腕の上でお腹を出して転がった。まるで許してくれているようで、佳奈多はまた涙が溢れた。
甘えるチビがとても愛おしい。エドワード1世から預かった大切な子だ。佳奈多は増々大切にしようと胸に抱きとめた。
「チビちゃ、だいすき」
「チビちゃん、怖がらせて、ごめんね。もうかなって呼ばない。俺の『かな』はかなちゃんだけ。大好き。かなちゃんが一番、好き。俺は、かなちゃんだけのものだよ」
大翔は佳奈多を強く抱きしめた。大翔は佳奈多の髪に頭を埋める。
「ひ、ひろ、くん…ぼく、わがまま、ごめんね、いっぱい、泣いて、や、ヤキモチ、して」
「全然我儘じゃないよ。もっといっぱい、ヤキモチ焼いてよ」
「う、ぅ、ひ、ひろ、く…?」
大翔の手が佳奈多のパジャマに入り込んできた。同時にチビがグリグリと頭を佳奈多に押し付ける。
やきもちを焼いた佳奈多を許してくれているのか、そもそも理解していないのか。いずれにしてもチビは佳奈多が悲しむと不安になるし笑えば喜んでくれる。大翔の言った通り、チビは佳奈多を好いていてくれているのだろう。
「チビ、ちゃん。もっと、おさんぽ、する?」
「ぷな」
嬉しそうに鳴くチビを抱き上げて佳奈多は大翔の膝から降りた。
「かなちゃん。俺、お風呂入ってくるから。チビちゃんと起きてて。ね」
「うん。いっぱい、チビちゃん、遊ぶ。不安にさせて、ごめんね」
「ぷなぁ!」
佳奈多の『遊ぶ』という言葉にチビは一際大きく声を上げた。寝室を出ようとする佳奈多に、大翔が佳奈多を後ろから抱きしめた。
「かなちゃん、遊びは程々で。今日、いい?」
佳奈多の尻を大翔の手が滑っていく。佳奈多は首を傾げた。
「う…でも、明日、仕事だよ。ぼくも、ひろくんも」
「でも、さっきのかなちゃん可愛かったから。好き」
「か、かわい、く、ないよ…あの、…ちょっ、ちょっと、だけ、…」
佳奈多が俯いて答えると、大翔は笑顔で浴室に消えていった。キラキラと音が聞こえた気がした。いやらしいことを期待しているとは思えない、王子様の笑顔だ。相変わらず大翔は大翔なのだと思い知る。
恥ずかしかったが、ちゃんと自分の想いを伝えられて良かった。『かな』と呼んでいたことだけじゃない。やはり親密になる二人に嫉妬心が湧いてしまっていたように佳奈多は思う。仲良くしてほしいのに、大翔を取られてしまいそうで怖かった。その相手はチビだけとは限らない。これから大翔に、もっと魅力的な相手が現れるかもしれない。そんな焦燥があんな形で爆発してしまった。
佳奈多はリビングにチビをおろしてオモチャで遊んだ。チビは懸命に転びながらオモチャで遊んでいる。が、早々にチビは佳奈多のそばで丸くなった。佳奈多が大泣きしたせいで、いつもケージに入れてリビングの電気を消す時間を過ぎている。
「チビちゃん。やきもち、ごめんね。ぼく、チビちゃん、大好きだよ」
「ぷなっ」
薄目を開けて返事をしてくれたチビの傍に横たわり、佳奈多はチビを見つめていた。
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