黒い春 本編完結 (BL)

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短編・番外編2

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佳奈多は目を丸くしてしまった。今あるペットカメラもオヤツもおもちゃも寝床も、全て大翔が用意してくれた。長くて一ヶ月程度の預かりなのに、ご飯やオヤツやオモチャの入った段ボール箱が数箱、玄関に置いてある。
「余ったら猫カフェに寄付するから。ペットカメラはね、いくつあっても使い道あるし。かなちゃん、画角確認するからそこにいてね」
大翔はスマホを片手にペットカメラの角度を調整している。お金を使わせてしまったことは申し訳ないが、猫に興味のなさそうだった大翔が協力してくれて佳奈多は嬉しかった。
「ありがとう、ひろくん。僕ね、すごく、すごく、嬉しい」
「………今の、めちゃくちゃ、いい。いいの撮れた。チビちゃんもこっち向いてたよ、可愛いと可愛いがこれ、すごいことになってるわ。かわ。画面爆発しそう。直視できな…うっわ。かっわい。俺のスマホが可愛い。かなちゃん、チビちゃんにオヤツあげてみようか。今、駄目かな。1日何個まであげていいの?」
「ひ、ひろく、いっぱい、喋………えっと、おやつ、今、大丈夫、と、思………また、撮って、たの?」
「あげよう。オヤツあげよう。どれがいいかな。チビちゃん、どれがいい?」
「ぷ、な」
大翔の勢いに、佳奈多は目を回してしまう。珍しく、大翔はかなり昂揚しているようだ。両手にオヤツを抱えた大翔に、チビも目を丸くしていた。
ひとつひとつ差し出されるオヤツを見て、チビが毛布から少し体を出した。大翔が掲げたオヤツはチビのお気に入りだ。大翔は佳奈多へオヤツを受け渡す。
「じゃ、かなちゃん。あげてみようか。角度、気をつけて。ペットカメラ意識しよう」
「か、監督…」
「角度ね、顔入るように、ね。いいよ、かなちゃん。すごくいい………良すぎかよ…かわ…可愛いと可愛いがこれ、衝突してるわ。宇宙が、生まれて、しまう…かなちゃん。これが、尊いだよ。かっわ」
佳奈多は大翔から受け取ったオヤツをチビに差し出した。チビは恐る恐るオヤツを舐めて、いつもの大好きな味に安堵したのか懸命に舐め取っている。ご飯を食べないかもしれない懸念があったがひとまずオヤツは食べてくれた。多少だが水気もある。
オヤツを食べるチビに興奮している大翔に、佳奈多は思わず笑ってしまった。どうやら大翔は、佳奈多の思っていた以上にチビを歓迎してくれているようだ。大翔のスマホはシャッター音を響かせ続けている。
佳奈多はこっそり胸をなでおろした。
「ふっ、ふへっ…ひろくん、楽し、そ…ふ、へへへ」
「ぶっ倒れそうなくらい楽しいし可愛い。これ見たら1世、どんなツラするかなぁ。オーナーに写真送って、見てもらおうね」
大翔はキラキラと光を振りまいて笑う。佳奈多は少し笑顔を固めてしまった。
「どんな、つら、って…」
「だって1世、牙剥くし生意気だし。かなちゃんとチビちゃんがイチャイチャしてる姿を、間近で見てるのは俺だよ~♡って今すぐ教えてあげたいもん。フレーメン反応しちゃうね、きっと」 
「もう…ひろくん、せ、性格、口も、悪、い…ふ…フレーメン……ふふふ」
「笑ってるじゃん」
佳奈多はチビにオヤツをあげながら、笑いがこらえなくなってしまった。まさか大翔がフレーメン反応なんて言葉を知っているなんて思わなかった。そしてフレーメン反応をしているエドワード1世を想像して笑ってしまった。あの高貴なエドワード1世がフレーメン反応をするはずがないとは思うが。
佳奈多が大翔を見ると、大翔はチビを見つめていた。
「抱っこしたいなぁ」
「あ、あの、出てくるまで、待って、あげて…」
「うん。無理なことはしないよ。ね」
大翔はチビに声をかける。チビは「ぷ」と返事をするように鳴いた。さっきのエドワード1世に写真を送りたいという生き生きとした笑顔とは違い、大翔はチビに対して柔らかい微笑みを浮かべていた。大翔の眼差しはとても優しくて、佳奈多はなんだか胸のあたりがモヤモヤした。




数日後、佳奈多は昼休みに猫カフェのオーナーに連絡を取った。
チビはケージから出てくれて、水を飲んでトイレもしてくれた。今日の日中は仕事で佳奈多も大翔もいないため、ペットカメラをつけてチビにケージの中にいてもらっている。隙を見てペットカメラの映像を見ているが、チビは大人しくケージで眠っているようだ。
オーナーとは初日から写真を付けてメッセージを送り合っていたが、今朝は「エドはしばらくお休みさせます、ごめんね」とメッセージが来ていた。一体何があったのか。驚いた佳奈多は昼に電話をかけようと決めていた。数回のコール音のあと、普段より少し低く聞こえるオーナーの声が耳に飛び込んできた。
『もしもし藤野君?もう~本当にチビ、ありがとうねぇ!写真、元気そうで安心して本当に、イケメンとチビがもう、素敵なの!』
「あ、あの、エド様、お休みって、大丈夫、ですか?」
『あっ!そうなのよ、エドがねぇ、例のにゃんこと喧嘩しちゃって…』
オーナーはため息交じりに語ってくれた。
チビを連れ出した日、佳奈多はエドワード1世に「大切にお預かりします」と声をかけた。エドワード1世は何度も佳奈多に体を擦り付けて鳴き続けていた。そんなエドワード1世からチビを引き離していいものか。チビを連れ出すことに躊躇するほど、エドワード1世はしょんぼりと項垂れてしまっていた。もしやチビがいない悲しさで衰弱しているのかと思いきや、エドワード1世はしつこい新ネコと大喧嘩を繰り広げたらしい。
『まぁ、エドの圧勝だったんだけど。暴れて暴れて荒れちゃってねぇ。どっちも怪我もないし暴れてスッキリした顔してるんだけど、今日はエドもその子も喧嘩両成敗ってことで、お休みさせることにしたの』
「喧嘩した、猫さんは…」
『大丈夫~怪我もないし。エドの教育的指導ね。他のにゃんこにもしつこくして怒られてたけど、エドに怒られたのが効いたみたい。猫社会のなんたるかを教えてもらういい機会だったんだわよ』
オーナーは笑っていた。しつこくしていた猫は学んだのか、大人しくなってくれたそうだ。しつこいままだと他の子からも叱られて怪我をしてしまったかもしれない。
オーナーは新人猫を、他のお店や預かりを行っている家に預けることも考えていたそうだ。しかし、あまりあちこち環境を変えるのも良くない。その上すぐには預かり先を見つけることができない。
『あの子、このままうちに馴染んでくれるといいんだけどね。エドもね、きっとチビがいて暴れられなかったのねぇ。スッキリして、元気になってくれるといいんだけど…』
オーナーは最後、ため息交じりに呟いた。エドワード1世は今、元気がないのだろうか。気になるが、昼休憩の終了時間が近づいている。佳奈多はお礼を伝えて、電話を切った。




「ふはっ…1世、モップかよ………1世!!!」
大翔はオーナーから送られてきた写真を見て腹を抱えて笑った。写真の中のエドワード1世は、背中を向けて、どう見ても不貞腐れているというていで横たわっている。
オーナーとの電話から数日が経ち、『元気になってくれるといい』と言っていた理由がわかった。エドワード1世はチビの姿が見えなくなってすっかり元気がなくなってしまっていたそうだ。チビを預かった最初の頃は凛としたエドワード1世の立ち姿やお座りをしている写真がオーナーから送られてきていた。それが段々と顔のアップになり、その顔も覇気がないなと思い始めていた矢先の今日の写真だった。あんなに悲しげな別れだったが、チビがいなくてもエドワード1世は気丈にもその高貴な姿勢を保ち続けているのだと思っていた。実際はやはりとても気落ちしていて、高貴な振る舞いも鳴りを潜めているようだ。
『最近はご飯の量も減っています』
と書かれていて佳奈多は心配になった。エドワード1世は大きな猫で食欲も旺盛だ。そんなエドワード1世が食事も取れないという。思った以上に気落ちしてしまっているらしい。
そんな佳奈多の心配を余所に、大翔は涙を拭っている。大翔は笑い過ぎて涙を流していた。
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