黒い春 本編完結 (BL)

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短編・番外編2

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「あー面白…かなちゃん、その1世、俺にも送って。スマホのロック画面にしよ」
「ひどい、ひろくん。エド様、ご飯、食べてないって…心配」
「大丈夫だよ、でかいから。蓄えてあるよ。ちょっと食べなくても平気平気…ぶふっ」
再び佳奈多のスマホを覗いて、大翔が吹き出す。佳奈多は黙った。口元に力が入ってしまう。佳奈多の顔を見て、大翔は真面目な顔になった。
「………おやつ、持っていこうか。1世、何が好きだっけ。オヤツ食べたら元気になるよ。ね」
「でも、チビちゃんのにおいするから、僕たち、行けない、今」
「ぷな?」
大翔の提案に、佳奈多は口を尖らせる。チビは名前が出て呼ばれたと思ったのか、返事をしてくれた。チビは今、佳奈多の足元で横になっている。
チビにはまだかさぶたがある。幸い増えてはいないものの、かさぶたがなくなるまで預かる予定だ。まだ預かり期間には先がある。チビの匂いをさせてしまっては、エドワード1世が可哀相だ。
佳奈多は俯いて大翔から顔を背ける。俯いた佳奈多と目が合ったチビは、佳奈多の足に体を擦り付けた。
「ぷなっ」
ひと鳴きしてチビは歩き始める。
佳奈多か大翔がいる時はケージを開けて、チビにはリビング内を自由にお散歩してもらっている。何度もつまづきながら、チビは懸命に歩く。体を支えきれずに転んでしまうことも多い。オーナーから動いたほうが良いと聞かされてはいるが、いつもエドワード1世に首を咥えられている姿を見ていた佳奈多は、歩くチビに不安になってしまう。転んで怪我をしないか、足は痛くないか。見守っていたら、早速チビはずてっと転んだ。
「チビ、ちゃ」
「大丈夫だよ、かなちゃん。ちょっと見てて」
佳奈多は駆け寄ろうとしたが、大翔が佳奈多の肩を抱いてを制した。チビは何度かもがいてから、ぐっと右の前後の足に力を入れて立ち上がる。チビは佳奈多と大翔を振り返って鳴いた。
「ぷ。なぁ」
「うん。歩いておいで。…ね、大丈夫でしょ?」
佳奈多は大翔に頷いた。
大翔の言葉に答えるように、チビはまた歩き出した。おぼつかない足取りだが一歩一歩、周りを見渡しながらチビは歩いていく。
預かってからチビが転んだ時、佳奈多は抱き上げて連れて行ってあげていた。エドワード1世がそうしていたように。
ゆっくりと、しかし思ったよりも長くチビは歩いている。
「意外とね、チビちゃん歩くんだよ。楽しそうに」
大翔は優しくチビを見守っている。
初めてチビがケージから出た後、早々にチビは大翔の膝の上に行くようになった。初めは恐る恐る抱っこしていた大翔も、最近では手慣れた様子でチビを膝に乗せている。
仕事で佳奈多が不在だったときも、大翔とチビは問題なく過ごしていた。佳奈多の知らぬ間に、大翔とチビはとても親睦を深めていったようだ。
「かなちゃん、お風呂先にどうぞ。チビちゃんのこと見とくから」
大翔は佳奈多から離れてソファに腰掛けた。ソファの軋む音に振り返ったチビは大翔の元へ歩いていく。大翔の足元で上手に足をかけて体を伸ばすチビを、大翔が両手で掬い上げた。
「もうお散歩はお終いですか?」
「ぷな、なぁ」
「もう一回歩いてよ。動画撮るから」
「ぷなぁあ」
膝に載せられたチビは大翔にお腹を見せて転がった。大翔もチビのお腹を撫でる。しばらく撫でられていたチビは、ぷなっと鳴いた。大翔ははいはい、と返事をしてチビを床におろす。チビはまたリビングの中を冒険し始めた。
チビと大翔はとても仲良くなっていた。佳奈多は胸の奥がちくちくしていた。



そして佳奈多は、冒頭の大翔とチビの姿を見てしまう。
お風呂から上がった佳奈多はリビングに入ろうと扉を開けた。
「かな、おいで」
「ぷなぁ」
チビが、声を上げて大翔の膝によじ登る。大翔が両手でチビを掬い上げる。
佳奈多はリビングに入れなかった。しばらくその場で固まって、佳奈多は扉を閉めて寝室に入った。ベッドに入り、布団を被って佳奈多は丸くなる。チビを『かな』と呼んでいる大翔にショックを受けた。ショックを受けた自分がショックだった。
チビと大翔が仲良くなってくれた。嬉しいことのはずなのに、佳奈多の胸には黒いもやが広がっていく。
大翔が甘い声でチビを『かな』と呼んでいた。大翔があんなふうに名前を呼ぶ相手は、佳奈多だけだったはずだ。チビをどうに呼んだって大翔の自由だ。チビが自分の名前かわからなくてパニックを起こしてしまうなら良くないことだが、チビは『かな』と呼ばれて返事をしていた。自分が呼ばれていると、チビは理解していた。何一つ問題はない。悪いことはない。
なのに、どうしてこんなに佳奈多の胸はざわつくのか。
寝室の扉がノックの後に開いた。
「かなちゃん、もう寝る?チビちゃん、ケージに入れちゃった方がいいかな」
チビを胸に抱えた大翔がいた。佳奈多と大翔が眠る時、リビングから人がいなくなる時はチビをケージに入れている。佳奈多がリビングに来ないので大翔は確認に来たようだ。
佳奈多は起き上がる。その拍子にボタボタと水滴がシーツに落ちた。
「え、かなちゃん?」
「う…ご、ごめんね、あの…ごめん、なさい」
佳奈多は顔を覆った。大翔とチビを見ていることができなかった。
辛い目にあってチビは今佳奈多と大翔の家に預けられている。見知らぬ場所で不安なのに、チビは懸命にリビングを歩いて部屋を確認して慣れようとしてくれている。
そんなチビに、佳奈多は嫉妬してしまった。大翔の優しい眼差しも愛おしそうに名前を呼ぶあの声も、全部自分のものだと佳奈多は思っていた。思いこんでいた。
チビに対して羨ましいような悔しいような、嫌な感情が渦巻いてしまった。あさましくて情けなくて、佳奈多は涙が溢れて止まらない。
チビがどうしてこの家にいるのか、迎え入れたのは他でもない自分でその理由をよく知っているのに。なんて嫌な人間なのだろうか。チビに対して、佳奈多は申し訳なくて仕方がなかった。
「どうしたの?………明日、休める?一緒に1世に会いに行こうか」
「ち、ちが…ちがう、の、ぼく、」
佳奈多の勝手でチビを預かることになったのに、大翔は文句も言わず協力してくれた。感謝をして当然、嫌な気持ちになるなんてわがままが過ぎる。あまりに自分勝手な自身の思考に佳奈多は絶望した。
「ぷな、なぁあ、ぷみゃあ」
チビの不安そうな鳴き声が聞こえる。
笑ってあげなきゃ。安心させてあげなきゃ。そう思えば思うほど顔が上げられない。
佳奈多は頭を抱えてうずくまった。ギシギシとベッドが軋む。佳奈多はすぐ傍に大翔の気配を感じた。
「かなちゃん、手、出して」
大翔の声に、佳奈多は両手を差し出した。涙で滲んで前が見えない。両手に温かな重みを感じた。それが何か理解する前に、佳奈多は大翔に抱きかかえられてしまった。
佳奈多の腕の中にはチビがいた。
佳奈多はチビをぎゅっと抱きしめる。大翔に渡されたぬくもりはチビだった。佳奈多はベッドの上ににあぐらをかいた大翔に横抱きにされている。
「な、うな、ぷ、」
チビは何度も鳴きながら、小さな舌で佳奈多の手を舐めた。佳奈多はますます涙が溢れた。
「チビちゃん心配してるよ。何が嫌だった?教えて、かなちゃんのこと」
大翔の声が不安気に揺れる。
嫌だと言った佳奈多をチビは心配してくれている。
佳奈多は何度も口ごもって、恥ずかしかったけれど、大翔とチビに事実を伝えた。
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