黒い春 本編完結 (BL)

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短編・番外編2

猫カフェの猫を預かる話 1

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「かな、おいで」
「ぷなぁ」
成猫なのに小さなチビが、声を上げて大翔の膝によじ登る。佳奈多はその現場を目撃してしまった。
(ひろくん、チビのこと…『かな』って、呼んだ)
チビを膝に乗せて優しい笑顔を浮かべる大翔に、佳奈多はリビングに入れなくなってしまった。



ことの発端は数日前。佳奈多の行きつけの猫カフェでの出来事だった。
佳奈多は動物が好きだ。今まで飼ったことはなく、いつか猫か犬を飼いたいと思っていた。寮では当然ながらペットが飼えなかった。今の大翔と暮らす住居はペット可物件ではあるが、仕事をしていて家を開ける時間が長く、動物の飼育に二の足を踏んでいる。
悩んだ佳奈多は猫カフェに通うことで動物欲を満たしていた。
この猫カフェは先輩の鬼嶋に紹介された場所だ。月に1~2度訪れていた猫カフェに、この日は大翔を伴ってやってきた。引っ越しでバタバタしていて足が遠のいていた佳奈多は数ヶ月ぶりの来店だ。
大翔と同棲を始めて半年が経っていた。
「あらぁ、藤野君!久しぶりねぇ、元気だった?」
「こ、こんにちは。お久しぶり、です」
受付の女性は佳奈多を見て喜んでくれた。多分両親と同じくらいの年の彼女はこの猫カフェのオーナーだ。月に1~2度、ボーナスの時期は追加で1~2回。そんなに頻繁には来店しない佳奈多のことを覚えてくれていて、毎回歓迎してくれる。本当は毎日でも来たい猫カフェだが、そんなことをしては破産してしまう。その上仕事で予定が合わない。自制の意味も込めての月1~2回。それをオーナーは歓迎して顔を覚えてくれている。佳奈多はありがたくて、オーナーも含めてこの猫カフェが好きだった。
オーナーは背後の大翔を見て、目を丸くしていた。
「まーっ!彼氏、よね?」
「か、かれ、えっと…」
「そうです。こんにちは」
オーナーの質問に佳奈多が戸惑っていると、大翔は笑顔でオーナーに答えた。貼り付けた笑顔は大翔お得意の営業スマイルだ。しかし顔面の出来が良すぎる大翔は貼り付けたその笑顔で十分周りの人間を魅了する。彼氏であると即答する大翔に、佳奈多の顔は熱くなった。 
「やだもう、イケメン!藤野君!イケメンじゃないのぉ!」
「あ、あの!今日、エド様、いますか?」
「ありがとうございま…エド様?」
「やだ!謙遜しないの良っ!素敵!!!………あ、エドちゃんね、ごめんなさい。いるわよ~ほら、チビちゃん咥えて藤野君を待ってる」
「はわぁあ!ひ、お、お久しぶり、です!エド様!」
昂るオーナーに佳奈多が問うと、オーナーはガラス戸を指差した。扉の向こうに長毛で体の大きな猫が小さな猫の首筋を咥えて待っている。佳奈多は思わず声を上げた。
「どうぞ、待ってるから入ってあげて~」
オーナーに促されて佳奈多は大翔と共に猫カフェの猫たちが待機している部屋に入った。広い室内にはソファやクッションなど人間がくつろげる場所の他に、キャットタワーや猫ちぐらなど。猫も人間と同じようにくつろいでいる。
「紹介するね。僕の推しの、エドワード1世様、です」
「エド…なんて?いっせい??」
エドワード1世は佳奈多の足元に大きな長毛の体を擦り付けて歓迎してくれている。佳奈多が近くのソファに大翔と並んで腰掛けると、エドワード1世は佳奈多の隣、大翔とは反対隣に座り、佳奈多の膝に小さな猫を置いてくれた。
「エドワード、1世、だよ。この子はね、チビちゃん。エド様の、仲良しでね」
「これがエドワード1世でこれはチビなの?」
「そうよぉ~エドはうちのナンバーワン王子様なの。だからエドワード1世よ。気品溢れてるでしょ?2世はいないのよ、去勢したから。チビは体がちっちゃいから、チビよ。飲み物なにする?持ってきてあげるわ」
「えっと、コーヒーと、紅茶で」
「えぇ…ネーミングセンス…格差ひどくない?」
オーナーの説明に、大翔は納得がいっていないようだ。注文を聞いて去っていったオーナーの耳には入らなかったらしい。ここの猫達は基本的にオーナーが名付けた保護猫達だ。
「でも、チビって、可愛いよ。エド様も、素敵なお名前。ね」
「んなぁ」
「ぷみゃ」
佳奈多がチビを撫でながら聞くと、エドワード1世とチビは肯定するかのように返事をしてくれた。
この二匹はとても仲良しでいつも一緒にいる。体の小さなチビが登れない場所でも、エドワード1世が首を咥えて連れて行ってあげている。佳奈多の膝にチビを乗せて、その隣でくつろぐエドワード1世は見慣れたいつもの光景だった。
「ささ、どうぞ。召し上がれ~」
佳奈多と大翔はオーナーから飲み物を受け取った。飲み物を渡しながら、オーナーは猫カフェについて大翔に説明している。
ここは人間が飲み物を飲んだり軽食を食べたりしつつ、猫用オモチャで猫に遊んでもらったり、オヤツを購入して食べている姿を拝見させていただいたりする場所だ。
「猫版キャバって認識でいいのかな」
「う…キャバ、わかんない」
「うちはオスが多いからキャバというよりホストね。にゃんこ達もね、太客がいるのよぉ。昨日鬼嶋君来たわよ、霧夜さん連れて」
「霧夜さんも、ですか?」
「そうよぉ~またたっくさんオヤツとフード持ってきてくれてね。超ごん太客ね。シロちゃんめちゃくちゃ威嚇してたけど」
シロは細身の白猫で、鬼嶋の恋人が推している猫だ。
鬼嶋は佳奈多の職場の先輩で、ここは鬼嶋の行きつけでもある。今日の佳奈多と大翔のように、鬼嶋が恋人の霧夜を連れてきた所、シロが可愛いとハマってしまったらしい。
以前鬼嶋とその恋人の霧夜と3人で訪れたことがあるが、霧夜はあれこれとオモチャやオヤツを持ち込んでオーナーに許可を取ってシロに貢いでいた。シロは歯を剥き出しにしてシャーシャー唸り、オヤツのときだけすり寄るという見事な掌返しを見せる。霧夜曰く「これがたまんない」らしい。鬼嶋は霧夜を見向きもしていなかった。
ちなみに鬼嶋の推しは、エドワード1世と同じ長毛種で、大きな黒猫のクロだ。こちらは付かず離れずの良好な関係を築いている。 
他にも様々な猫がいるが、果たして大翔はどの猫を推すのか。
オーナーは「ごゆっくり」と一礼して去っていった。
佳奈多はチビとエドワード1世を撫でながら大翔に視線を合わせる。
「ひろくん。気になる子、いる?」
「うーん…チビちゃん、かなぁ。触ってもい…」
「フシャアアァァ」
大翔は辺りを見渡してから、チビに視線を移した。
大翔がチビに手を伸ばすと、佳奈多の隣でくつろいでいたエドワード1世が大翔に牙を剥いた。佳奈多は驚いて目を丸くする。
「エド、様?」
「…どうした1世。すごい顔だけど」
「フシャアアア"ア"ア"」
大翔は手を引っ込めたが、エドワード1世は立ち上がり、威嚇しながら大翔と佳奈多の間に割って入った。こんなエドワード1世の声は聞いたことがない。大翔が少しエドワード1世と距離を取ると、エドワード1世はすっと逆立てた毛を下ろした。
「え、エド様、どう、なさった、ですか?」
「そこまでへりくだらなくても…俺、嫌われてるのかな」
「エド、どうしたの!?すごい声!」
離れていたオーナーが再び戻ってきた。驚くオーナーに、エドワード1世はぷいっと顔を背けてしまう。
「ぷなぁ…」
チビが声を上げると、エドワード1世は佳奈多の足に前足をかけて、チビの顔を舐めた。チビもお返しのようにエドワード1世の頬を舐める。
「うぅっ!舐め、舐め合いっこ、してる!とっ、とおとい!とおとい!!!」
「尊い、ね。かなちゃん。落ち着いて。今なら触」
「ア"ア"ア"ア"」
再び大翔が手を伸ばしたが、エドワード1世は鬼の形相で大翔を見ていた。大翔が気に入らないらしい。大翔も無表情でエドワード1世を見ていた。
「お、怒んないで、ひろくん」
「怒ってないよ、ただちょっと生意気だな~って…おい、1世。かなちゃんから足を降ろせ」
「ごめんなさいね、エドったらチビちゃんのこと、藤野君以外に触らせないのよぉ。こんな声聞いたのは、初めて…藤野君の恋人なら大丈夫だと思ったんだけど、ごめんなさい。説明不足だったわ。彼氏さん、怪我はない?」
「大丈夫ですよ。噛まれたりもしてないんで。1世。かなちゃんに、足を、乗せるな」
大翔は心配そうに見つめるオーナーに笑顔を向けつつ、エドワード1世に再び命令した。エドワード1世はつんとそっぽを向いて佳奈多から足をおろす。
「エド様、ごめんなさい。ひろくん、もう、チビちゃん、触りません。オヤツ、買いますから、許して、くれますか?」
「んなぁ」
エドワード1世の尻尾が動いて、パタリと佳奈多の足を叩いた。許してやると言わんばかりの鳴き声に、佳奈多はほっと胸をなでおろす。
「オーナーさん、オヤツ、ください。ひろくん、別の猫さん、さわる?」
「いい。かなちゃん見てる」
オーナーは「あらぁ~♡」と声を上げてオヤツを取りに行ってくれた。大翔は無表情で、佳奈多から見たら憮然とした表情で、佳奈多の隣から動かなかった。



佳奈多がオヤツを差し出すと、チビの小さな舌がとろみのある猫用オヤツを掬い取っていく。美味しそうにうっとりお目を細めるチビに、佳奈多も嬉しくなって笑ってしまう。
佳奈多の隣にはエドワード1世が、その隣には大翔が座っている。エドワード1世はチビを眺めながら大翔に尻尾を振って当てていた。
「かなちゃん。1世にはオヤツあげないの?あと、この尻尾、何?」
「エド様ね、色んな人にオヤツもらうから、僕からは、食べないんだ。全部、チビちゃんにね、あげてほしいみたい。尻尾ね、撫でていいよって、ことだと思う。お尻、とんとんって、してあげて。手のひらで、ね、こうやって………エド様、気持ちいい、ですか?ひろくん、しても、いいですか?」
「なぅ」
エドワード1世はこの猫カフェの人気上位をキープする猫で、いろんな客からオヤツがもらえる。一方エドワード1世と仲良しのチビはあまり人気がなく、こうしてエドワード1世のおこぼれをもらうくらいしかオヤツにありつけない。特にエドワード1世がチビに他の客を寄せ付けないとなると、オヤツがもらえるタイミングは限られているだろう。エドワード1世がチビと仲良しなことは知っていたが、他の客を遠ざけているとは知らなかった。しかし、チビが不人気なのには他にも理由がある。
佳奈多はエドワード1世の尻を叩いて見せる。エドワード1世の返事を聞いて大翔を促すと、大翔の手がエドワード1世の尻をトントンと叩いた。エドワード1世は逃げることも威嚇することもなくふわふわの尻尾を揺らした。
「尻叩くと喜ぶんだ。やばいね。変態かよ、1世」
「ア"?」
「やば…く、ないよ?猫さん、お尻とんとん、好きだよ?」
「へぇ。じゃあかなちゃんも、猫さんなのかなぁ」
大翔は佳奈多の耳元で囁く。佳奈多は自身の顔面に血が昇っていくのがわかった。
「ぼ、ぼっ、ぼく、ねっ、猫、さん、じゃっ、なっ…」
「…ごめん、かなちゃん。可愛いから、そんな反応しないで。俺が悪かったから」
どうして今そんなことを言うのか。猫オヤツを握っていて、顔を隠すことができないのに。顔を隠そうと俯くと、チビと目が合った。緑の綺麗な一つの瞳が佳奈多を見つめている。
「さ、騒いで、ごめんね、チビちゃん」
「…耳、聞こえてるのかな」
「う。聞こえてる、みたい。小さい時ね、カラスに、つつかれちゃった、って。右側はね、見えて、聞こえてるんだよ。ね」
「ぷなぁ」
佳奈多はチビの頭を撫でる。佳奈多の手のひらを擽るチビの耳は片方しか無い。チビには左目と左耳がない。左側の口元も大きく抉れていて上手く鳴き声があげられない。生まれつきなのか、カラスに突かれてしまったせいなのか、体も小さくて貧弱だった。
以前オーナーから聞いた話だが、エドワード1世が他の客からオヤツをもらっていると、別の猫がチビをいじめたりするそうだ。チビは声もあげずに丸くなってじっとしているらしい。エドワード1世はすぐにチビを守りに来るのだが、ちょっかいをかける猫は後を絶たないようだ。
エドワード1世はこの店の人気ランキングで上位にいるが、力の強さも上位にいる。前述のクロも体が大きくて強く、凛々しい顔つきに懐っこい性格でエドワードと人気を二分している。この店の人気ランキング上位の猫達は人気も強さも拮抗していて、強く人気のある猫は不思議とチビに興味は示さない。
その下にいる猫達がチビにいじわるをしているようだ。どうやら強く上位の猫であるエドワード1世に庇護されているチビが、他の猫は気に入らないらしい。
佳奈多の推しはエドワード1世だが、エドワード1世が大切にしているチビのことも、同じくらい大切だった。それに、小さな体で時々いじめられているというチビが、佳奈多は他人に思えなかった。推しのエドワード1世からチビを任されている。佳奈多がいる間は、佳奈多が他の猫からチビを守っていた。
まさか大翔が、エドワード1世から他の猫と同じ扱いを受けるとは思わなかったが。
ゆっくりと時間をかけてオヤツを平らげたチビは、佳奈多の膝の上でぐっと伸びをする。伸びても小さいチビは、佳奈多には慣れて心を許してくれているようだ。嬉しい佳奈多は伸びたチビを撫でる。その時ふと、指先に違和感を感じた。背中の腰のあたりが少し、毛がハゲている。皮膚はカサカサと乾いていてかさぶたのような気もする。
「チビちゃん、ちょっと、ごめんね」
佳奈多は改めてチビの体に触れる。かさぶたのような場所は他にも数か所あった。
「1世、生意気だけどふかふかして、あれだね。もふもふだね。ふわふわしてて、もっふもふ…かなちゃん?」
大翔はエドワード1世のお尻を叩きながら背中を撫で続けていた。エドワード1世も満更でもないようで好きにさせていたが、黙り込んだ佳奈多に、大翔もエドワード1世も佳奈多を見る。
「ひ、ひろくん、チビちゃんね、けが、してるかも…」
「店員さん、呼んでこようか」
大翔は立ち上がり、オーナーのいる受付へ向かった。
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