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短編・番外編
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初めておねだりをされた時に名前の上がった少年だ。まだ付き合いがあったことに驚き、いつまでも大翔様を独占していることに腹がたった。大翔様は我々松本家のもので、藤野佳奈多のものではない。大翔様自身も、大翔様のものではない。
私はあの方に進言した。大翔様に松本家に集中していただく為、藤野佳奈多に家を出るよう差し向けようと。その頃の馬鹿息子は馬鹿を極めており、あの方は逡巡したものの、承諾した。あの馬鹿に頭取、ひいては松本家は任せられない。それは身に染みてわかったようだ。
学校に出向き、出ていくように伝える。藤野佳奈多は生意気にもあの方に、なぜ大翔様に会いに来なかったのかと責めた。
「ひろくん、あのお家で、一人ぼっちでした。小さい時、淋しくて、でも、怖い気持ちも、なくなっちゃった、って、」
涙ながらに藤野佳奈多は訴えている。
「大翔君の、お父さん、秘書さん。僕がいなくなったら、大翔君、死んじゃいます。絶対、大翔君が、死なないように、見てて、あげて下さい」
去り際に吐き捨てられた言葉はいまだに忘れられない。大した自信だ。青ざめているあの方にも黒い感情が湧いた。何を、あんなガキに心揺さぶられているのか。あの方の心を惑わせるのは松本家と銀行だけで良い。それ以外には毅然とした態度をとっていただきたい。
「私は、間違えたか?大翔とあの友人を引き離すことは、正しいことか?教えてくれ…この選択で、間違っていないか?」
銀行に向かう車内であの方は吐露した。私は絶対に間違いないと断言した。あんな子供に、大翔様の全てをわかっているかのように言われて腹立たしかった。
そしてその後、藤野佳奈多の言葉が現実となり、余計に腹が立った。
藤野佳奈多の消えた大翔様は、人が変わってしまった。姿を消した藤野佳奈多に失望し、先に進んでくれるものと思っていた。あの二人の結束は思っていた以上に強固なものだった。
大翔様はこちらの言葉を何一つ受け入れず、藤野佳奈多を探し続けた。こちらも金を惜しまず妨害したおかげで中々藤野佳奈多に行き着かなかったようだ。しかし大翔様はめげずに藤野佳奈多を追っていた。その執念は一体何なのか。このままでは大翔様は、見つけ次第、藤野佳奈多に取り返しのつかないことをするのではないか。そんな懸念が頭をよぎった頃、大翔様が藤野佳奈多を見つけたようだと連絡が入った。
私はすぐさま、あの方と藤野佳奈多の職場に向かった。二度と見たくもないと思っていた少年は、こちらが言っていた通り大翔様を拒絶した。
想定外だったのは大翔様だった。いつも毅然として王様のようだった彼は、藤野佳奈多の前だと幼い子供のようだった。藤野佳奈多に縋るように伸ばした大翔様の両腕は、彼に拒絶されて地面に落ちた。
『…ひろくん、ずっと、見張ってください。僕がいないと、死んじゃいます』
『あなた達が、そうしたんです』
藤野佳奈多が以前言っていた。誇張でも過大評価でもなかった。
大翔様は王様だった。それは次代の頭取として素晴らしい素質だ。その大翔様が、あのような姿を晒した。
少しだけ、己の選択が間違っていたのではないかと思ってしまった。無理に引き離したことは、間違いだったのではないか。彼らの絆の深さを見誤った。あの二人の絆は想定よりも遥かに闇深いものだった。
あの方は大翔様に対して必死だった。それは次期頭取としての期待だけではないように思えた。我が子に対する心配、懸念、愛情。兄である上の息子にできなかったことを、大翔様にしているのではないだろうか。
馬鹿息子は本当に馬鹿だった。下手に利口で甘やかす母親と、弱気でひたすら甘い父親のせいで簡単に転がり落ちていった。母親の利口さが、少しでもあれば良かったのに。松本家の甘い蜜に全身まで浸りきった結果だろう。最後は薬物に手を出して逮捕されるという最悪の結末を迎えた。まだ死んではいない。しかし、死んだも同然のことをしでかしてくれた。
逮捕による後始末で騒がしい最中、大翔様は大学に復学した。アルバイトをしながら大学に通う、落ち着いたらもう金はいらない、と言う。大翔様が去ってからあの方は穏やかに笑った。
「大翔はきちんと自立しようとしている。素晴らしいことだ」
私はあの方に進言した。大翔様に松本家に集中していただく為、藤野佳奈多に家を出るよう差し向けようと。その頃の馬鹿息子は馬鹿を極めており、あの方は逡巡したものの、承諾した。あの馬鹿に頭取、ひいては松本家は任せられない。それは身に染みてわかったようだ。
学校に出向き、出ていくように伝える。藤野佳奈多は生意気にもあの方に、なぜ大翔様に会いに来なかったのかと責めた。
「ひろくん、あのお家で、一人ぼっちでした。小さい時、淋しくて、でも、怖い気持ちも、なくなっちゃった、って、」
涙ながらに藤野佳奈多は訴えている。
「大翔君の、お父さん、秘書さん。僕がいなくなったら、大翔君、死んじゃいます。絶対、大翔君が、死なないように、見てて、あげて下さい」
去り際に吐き捨てられた言葉はいまだに忘れられない。大した自信だ。青ざめているあの方にも黒い感情が湧いた。何を、あんなガキに心揺さぶられているのか。あの方の心を惑わせるのは松本家と銀行だけで良い。それ以外には毅然とした態度をとっていただきたい。
「私は、間違えたか?大翔とあの友人を引き離すことは、正しいことか?教えてくれ…この選択で、間違っていないか?」
銀行に向かう車内であの方は吐露した。私は絶対に間違いないと断言した。あんな子供に、大翔様の全てをわかっているかのように言われて腹立たしかった。
そしてその後、藤野佳奈多の言葉が現実となり、余計に腹が立った。
藤野佳奈多の消えた大翔様は、人が変わってしまった。姿を消した藤野佳奈多に失望し、先に進んでくれるものと思っていた。あの二人の結束は思っていた以上に強固なものだった。
大翔様はこちらの言葉を何一つ受け入れず、藤野佳奈多を探し続けた。こちらも金を惜しまず妨害したおかげで中々藤野佳奈多に行き着かなかったようだ。しかし大翔様はめげずに藤野佳奈多を追っていた。その執念は一体何なのか。このままでは大翔様は、見つけ次第、藤野佳奈多に取り返しのつかないことをするのではないか。そんな懸念が頭をよぎった頃、大翔様が藤野佳奈多を見つけたようだと連絡が入った。
私はすぐさま、あの方と藤野佳奈多の職場に向かった。二度と見たくもないと思っていた少年は、こちらが言っていた通り大翔様を拒絶した。
想定外だったのは大翔様だった。いつも毅然として王様のようだった彼は、藤野佳奈多の前だと幼い子供のようだった。藤野佳奈多に縋るように伸ばした大翔様の両腕は、彼に拒絶されて地面に落ちた。
『…ひろくん、ずっと、見張ってください。僕がいないと、死んじゃいます』
『あなた達が、そうしたんです』
藤野佳奈多が以前言っていた。誇張でも過大評価でもなかった。
大翔様は王様だった。それは次代の頭取として素晴らしい素質だ。その大翔様が、あのような姿を晒した。
少しだけ、己の選択が間違っていたのではないかと思ってしまった。無理に引き離したことは、間違いだったのではないか。彼らの絆の深さを見誤った。あの二人の絆は想定よりも遥かに闇深いものだった。
あの方は大翔様に対して必死だった。それは次期頭取としての期待だけではないように思えた。我が子に対する心配、懸念、愛情。兄である上の息子にできなかったことを、大翔様にしているのではないだろうか。
馬鹿息子は本当に馬鹿だった。下手に利口で甘やかす母親と、弱気でひたすら甘い父親のせいで簡単に転がり落ちていった。母親の利口さが、少しでもあれば良かったのに。松本家の甘い蜜に全身まで浸りきった結果だろう。最後は薬物に手を出して逮捕されるという最悪の結末を迎えた。まだ死んではいない。しかし、死んだも同然のことをしでかしてくれた。
逮捕による後始末で騒がしい最中、大翔様は大学に復学した。アルバイトをしながら大学に通う、落ち着いたらもう金はいらない、と言う。大翔様が去ってからあの方は穏やかに笑った。
「大翔はきちんと自立しようとしている。素晴らしいことだ」
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