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短編・番外編
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愛人には住居を与え、金を握らせた。愛人の子供とはいえ松本家の、あの方の遺伝子を受け継ぐ大切な赤子。それが大翔様だ。その大翔様が幼稚園に通い始めて半年程たった頃、大翔様を連れて彼女は勝手に家を出ていった。
探し当てるのは簡単だった。あの女は近所に働きに出ていた。あの方が元の住居に戻るよう説得したが、頑なに拒絶した。
「不倫の末に子供が出来たのはお互いの責任。でも、あなたやあなたの家に頼りたくない。あなたを縛ってるその秘書の人も、わかっててその人を頼るあなたも、関わりたくない。大翔の幼稚園は仲の良い友達ができたから変えない。でも、私は松本家を頼らない。だから私のことも大翔のことも、放っておいて」
言い切った彼女はお迎えがあるからと、あの方と私を追い出して自転車で去っていった。あの松本家の血を継ぐ大翔様を自転車で送迎し、果ては近くの公立小学校へ入れるという。
とんでもない事態だ。私は苛立った。あの方はうつむいていた。
どうしたらいいかという問いに無理にでも学園に入れましょうと応えるつもりだったが、あの方は何も問うてはこなかった。
愛人の発言で、あの方は私から離れようとしているのではないか。
頭が煮えくり返った。愛人が、私からあの方を奪おうとしている。どうしてくれようかと歯噛みしていたら吉報が入った。あの女が事故に合い、この世を去った。あの方は涙を流して私に縋った。
「彼女が、彼女が…どうしたらいい。この先、私は…なんのために、生き………どう、したら、いいんだ?」
大翔様を学園に入学させましょう。彼に住居を与え、惜しみなく金銭を与えましょう。父の愛と、受け取ってくれるはずです。あなたにはまだ、大翔様がいます。
あの方は大翔様が希望した、友人の自宅近くのマンションを買い与えた。大翔様に会いに行くことはなかった。本妻と息子がより荒れるからだ。一度屋敷に連れて行った時はひどかった。クソ母子は水を得た魚のように生き生きとあの方を罵り、愛人の子を連れ込んだ罰だと海外に渡り散財した。私は頭を抱えるあの方に寄り添い、苦痛を分け合った。
先に産まれた大翔様の兄である本妻の子は本当に出来が悪かった。成長するにつれて数々の悪事に手を染めて、悪童として名を馳せた。松本家にとって不名誉この上ない称号だ。
これに、由緒正しき松本家を継がせるとなると先代に申し訳が立たない。しかし今松本家の血を継ぐ子供は本妻の子と大翔様しかいない。あの愛人の子となると不本意だが、あの方の遺伝子だ。松本家の未来のために、大翔様を学園に、松本家に相応しい人間に育ててもらう。
彼は非常に出来の良い少年だった。そして中々に豪胆だった。
初めての要求は友人とずっと同じクラスにしてほしいという、なんとも子供らしいお願いだった。おねだり、と言い換えても良い。出来の悪い馬鹿息子の尻拭いをしてきた私からしたら、お願いと名付けるのも憚られるほど些末な依頼だった。
あの方にお伝えした上で学園に指示を出す。
しかし、可愛らしいおねだりはこれが最初で最後だった。
それからというもの大翔様からの要求は手短に有無を言わせぬ命令ばかりだった。彼は、どちらかといえば臆病で控えめな当代とは真逆で、豪快で肝の据わっていた先代に似ていた。
私は益々大翔様に多大な期待を寄せた。時には同級生に手を上げてしまう粗暴さも見せたが、不出来な兄に比べたら可愛いものだった。馬鹿息子と比べたら遥かに手がかからない。
どちらかといえば母親に似ていたが、先代に似た気質と当代を彷彿とさせる容姿に私は夢中になった。
次期頭取は彼だ。
大翔様なら安心して松本の家と銀行を任せられる。心優しいあの方を表舞台から降ろさせ、心穏やかに私と幸せに暮らす。その夢が叶うかもしれない。
そんな折に気づいた邪魔な存在。気づけば大翔様と同棲まで始めていた。大翔様のお世話をする使用人からの報告を聞いて、気づいた時には遅かった。大翔様の生活に入り込んでくるその少年が憎かった。
探し当てるのは簡単だった。あの女は近所に働きに出ていた。あの方が元の住居に戻るよう説得したが、頑なに拒絶した。
「不倫の末に子供が出来たのはお互いの責任。でも、あなたやあなたの家に頼りたくない。あなたを縛ってるその秘書の人も、わかっててその人を頼るあなたも、関わりたくない。大翔の幼稚園は仲の良い友達ができたから変えない。でも、私は松本家を頼らない。だから私のことも大翔のことも、放っておいて」
言い切った彼女はお迎えがあるからと、あの方と私を追い出して自転車で去っていった。あの松本家の血を継ぐ大翔様を自転車で送迎し、果ては近くの公立小学校へ入れるという。
とんでもない事態だ。私は苛立った。あの方はうつむいていた。
どうしたらいいかという問いに無理にでも学園に入れましょうと応えるつもりだったが、あの方は何も問うてはこなかった。
愛人の発言で、あの方は私から離れようとしているのではないか。
頭が煮えくり返った。愛人が、私からあの方を奪おうとしている。どうしてくれようかと歯噛みしていたら吉報が入った。あの女が事故に合い、この世を去った。あの方は涙を流して私に縋った。
「彼女が、彼女が…どうしたらいい。この先、私は…なんのために、生き………どう、したら、いいんだ?」
大翔様を学園に入学させましょう。彼に住居を与え、惜しみなく金銭を与えましょう。父の愛と、受け取ってくれるはずです。あなたにはまだ、大翔様がいます。
あの方は大翔様が希望した、友人の自宅近くのマンションを買い与えた。大翔様に会いに行くことはなかった。本妻と息子がより荒れるからだ。一度屋敷に連れて行った時はひどかった。クソ母子は水を得た魚のように生き生きとあの方を罵り、愛人の子を連れ込んだ罰だと海外に渡り散財した。私は頭を抱えるあの方に寄り添い、苦痛を分け合った。
先に産まれた大翔様の兄である本妻の子は本当に出来が悪かった。成長するにつれて数々の悪事に手を染めて、悪童として名を馳せた。松本家にとって不名誉この上ない称号だ。
これに、由緒正しき松本家を継がせるとなると先代に申し訳が立たない。しかし今松本家の血を継ぐ子供は本妻の子と大翔様しかいない。あの愛人の子となると不本意だが、あの方の遺伝子だ。松本家の未来のために、大翔様を学園に、松本家に相応しい人間に育ててもらう。
彼は非常に出来の良い少年だった。そして中々に豪胆だった。
初めての要求は友人とずっと同じクラスにしてほしいという、なんとも子供らしいお願いだった。おねだり、と言い換えても良い。出来の悪い馬鹿息子の尻拭いをしてきた私からしたら、お願いと名付けるのも憚られるほど些末な依頼だった。
あの方にお伝えした上で学園に指示を出す。
しかし、可愛らしいおねだりはこれが最初で最後だった。
それからというもの大翔様からの要求は手短に有無を言わせぬ命令ばかりだった。彼は、どちらかといえば臆病で控えめな当代とは真逆で、豪快で肝の据わっていた先代に似ていた。
私は益々大翔様に多大な期待を寄せた。時には同級生に手を上げてしまう粗暴さも見せたが、不出来な兄に比べたら可愛いものだった。馬鹿息子と比べたら遥かに手がかからない。
どちらかといえば母親に似ていたが、先代に似た気質と当代を彷彿とさせる容姿に私は夢中になった。
次期頭取は彼だ。
大翔様なら安心して松本の家と銀行を任せられる。心優しいあの方を表舞台から降ろさせ、心穏やかに私と幸せに暮らす。その夢が叶うかもしれない。
そんな折に気づいた邪魔な存在。気づけば大翔様と同棲まで始めていた。大翔様のお世話をする使用人からの報告を聞いて、気づいた時には遅かった。大翔様の生活に入り込んでくるその少年が憎かった。
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