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しかし、松本家がなくなったら。自分の力だけで佳奈多を守れるだろうか。佳奈多と離れて周りを見るようになって、それは難しいことだと知った。佳奈多を守る力は腕力だけでは足りない。学力だけでも足りない。松本家の金は自分の力だと思うが、それは余りに脆くて他人任せの力だ。
あのぬるま湯に浸かったままではますます腐っていただろうと大翔は思う。
大翔には、佳奈多がいなくなって腐り切った実績がある。佳奈多がいないと何もできない。佳奈多を守るどころか、自分すら守れなかった。
なにより社会に出てみて、あの連中との付き合いを絶ちたいという想いが強くなった。世の中には色んな人間がいる。父や兄よりもひどい人間もいる。
大翔は母の墓に目を向ける。母は父との関係を絶ちたがっていた。公立の小学校への進学はその一端だ。母が松本家との関係を絶とうとしていた理由がわかった。あの家の連中は腐っていて、共にいれば大翔もきっと腐ってしまう。
自分には父も兄も、松本家は必要ない。
「大学行って、バイトして、色んな人見て、色々考えた。でも、俺が一緒にいたいのはかなちゃんだけだ。それだけは、変わらなかった」
大翔は伝えたかった本心を話した。大学に入って世界が広がった。きっと大翔が見ている景色はまだまだ小さくて狭い。それでも小さな箱庭だった学園で過ごしていた頃よりは大分視野が広がったと思う。そんな中でも、佳奈多に対する想いはずっと変わらなかった。やっぱり佳奈多の傍にいたい。
「でも、ごめん、迎えに行くって約束は、もう少し待って欲しい。まだ仕事、落ち着いてないし、金も十分には貯まってなくて…情けなくて、ごめんね。働くのって…しんどいね」
大翔は自嘲気味に笑った。大翔は就職してからの自分を思い返していた。高名な大学を出て知名度の高い銀行に入行したが、アルバイトとはまた違った働く毎日に辟易していた。
大翔は他人と比べて頭も顔も出来が良い。それは自分でも自覚している。今までは良い方にしか転がらなかったが、男の嫉妬のえげつなさを見せつけられた。特に妙齢の男性からの嫉妬による攻撃は、中々に精神を削られる。慣れない業務や長時間の拘束に疲労が溜まっていく。
佳奈多の大きな瞳から、ぼろぼろと涙が溢れ出た。どうして泣くのか。大翔は焦ったが、佳奈多は笑った。
「わ、わかる、よ…へふ…ね、働くの、し、しんどい、よね、しんどい…」
佳奈多は泣きながら笑っていた。しかしどんどん、悲鳴のような声を上げて泣き出した。
働くことの辛さやしんどさを、佳奈多はもう数年前に既に経験している。佳奈多を抱きしめて頭を撫でた。
「かなちゃん、すごいよ。かなちゃんもしんどかったよね。頑張った」
佳奈多はしゃくりあげながら泣いていた。
なんとなく、今日の佳奈多は別れ話をする気だったんじゃないかと思う。先に、牽制するように話をしてしまった。ずるいやり方だと思う。しかし大翔の本心なので、聞いてほしかった。その上で、佳奈多の気持ちを聞きたい。佳奈多はしばらく泣いていた。落ち着いた頃を見計らって声をかける。
「かなちゃん、移動しよう。熱中症になったら大変だから」
「うん…ひろくん、僕ね、お願いが、ある。今度、一緒に、行きたいとこ、あるんだ」
佳奈多はふにゃりと笑った。大翔の大好きな笑顔だった。
あのぬるま湯に浸かったままではますます腐っていただろうと大翔は思う。
大翔には、佳奈多がいなくなって腐り切った実績がある。佳奈多がいないと何もできない。佳奈多を守るどころか、自分すら守れなかった。
なにより社会に出てみて、あの連中との付き合いを絶ちたいという想いが強くなった。世の中には色んな人間がいる。父や兄よりもひどい人間もいる。
大翔は母の墓に目を向ける。母は父との関係を絶ちたがっていた。公立の小学校への進学はその一端だ。母が松本家との関係を絶とうとしていた理由がわかった。あの家の連中は腐っていて、共にいれば大翔もきっと腐ってしまう。
自分には父も兄も、松本家は必要ない。
「大学行って、バイトして、色んな人見て、色々考えた。でも、俺が一緒にいたいのはかなちゃんだけだ。それだけは、変わらなかった」
大翔は伝えたかった本心を話した。大学に入って世界が広がった。きっと大翔が見ている景色はまだまだ小さくて狭い。それでも小さな箱庭だった学園で過ごしていた頃よりは大分視野が広がったと思う。そんな中でも、佳奈多に対する想いはずっと変わらなかった。やっぱり佳奈多の傍にいたい。
「でも、ごめん、迎えに行くって約束は、もう少し待って欲しい。まだ仕事、落ち着いてないし、金も十分には貯まってなくて…情けなくて、ごめんね。働くのって…しんどいね」
大翔は自嘲気味に笑った。大翔は就職してからの自分を思い返していた。高名な大学を出て知名度の高い銀行に入行したが、アルバイトとはまた違った働く毎日に辟易していた。
大翔は他人と比べて頭も顔も出来が良い。それは自分でも自覚している。今までは良い方にしか転がらなかったが、男の嫉妬のえげつなさを見せつけられた。特に妙齢の男性からの嫉妬による攻撃は、中々に精神を削られる。慣れない業務や長時間の拘束に疲労が溜まっていく。
佳奈多の大きな瞳から、ぼろぼろと涙が溢れ出た。どうして泣くのか。大翔は焦ったが、佳奈多は笑った。
「わ、わかる、よ…へふ…ね、働くの、し、しんどい、よね、しんどい…」
佳奈多は泣きながら笑っていた。しかしどんどん、悲鳴のような声を上げて泣き出した。
働くことの辛さやしんどさを、佳奈多はもう数年前に既に経験している。佳奈多を抱きしめて頭を撫でた。
「かなちゃん、すごいよ。かなちゃんもしんどかったよね。頑張った」
佳奈多はしゃくりあげながら泣いていた。
なんとなく、今日の佳奈多は別れ話をする気だったんじゃないかと思う。先に、牽制するように話をしてしまった。ずるいやり方だと思う。しかし大翔の本心なので、聞いてほしかった。その上で、佳奈多の気持ちを聞きたい。佳奈多はしばらく泣いていた。落ち着いた頃を見計らって声をかける。
「かなちゃん、移動しよう。熱中症になったら大変だから」
「うん…ひろくん、僕ね、お願いが、ある。今度、一緒に、行きたいとこ、あるんだ」
佳奈多はふにゃりと笑った。大翔の大好きな笑顔だった。
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