黒い春 本編完結 (BL)

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佳奈多の部屋から二人が出てきた。大翔には気づかずエレベーターの方へ歩いていってしまう。大翔は佳奈多の部屋の扉の前に歩み寄った。
「うぁああっ！」
その時、佐藤の大きな声が聞こえた。顔を向けると、佳奈多の部屋から出てきた二人の前に、背の高い男がいた。
「き、霧夜、さん…」
「佐藤さん、しーっ。なんでいるの？車にいてって言ったじゃん」
大きな声は、佐藤の叫びだったようだ。鬼嶋は首を傾げて男を見上げている。佐藤と鬼嶋は後ろ姿しか見えないが、佐藤は震えているように見えた。
「お迎えにきたの。今日、休みでいいんですよね？」
「はひ？あ、はい、もちろん、もちろんです。じゃあ鬼嶋君、私はここで…」
「なんで？一緒に下まで行こうよ。佐藤さん、キリヤのこと怖いって。キフキンのシュッシシャだからって、偉そうにしすぎだよ…キフキンて何？」
「怖がられるおぼえはないんだけどな～寄付金はね、郁美が働きやすいように～っていう、善意。ね、佐藤さん。ね～っ？」
「あ、いえ、あの、そうですね、ハイ…」
「そういうとこだよ。あ、エレベーター来た」
佐藤達は去っていった。背の高い男は最後、チラリとこちらを見た。眼光の鋭い男だ。鬼嶋が寄付金の出資者、と言っていた。一体何者なのだろう。
しかし今、そんなことを気にしている余裕はない。大翔は佳奈多の病室の扉を見つめた。大翔はぐっと奥歯を噛みしめる。
大翔は意を決して佳奈多の部屋の扉をノックした。もう二度と佳奈多を手放さない。何を言ってもどうなっても、佳奈多をどこかに閉じ込めてでも、もう逃さない。
そう決意していたのに。
「ひろくん、どうしたの？どこか、痛い？」
佳奈多に問われて、大翔は正直な気持ちを吐露していた。回復してきたとはいえ、怪我を負った佳奈多の体はまだ痛みが残っているはずだ。それでも大翔の心配をしてくれる。佳奈多の優しさに、大翔は自身を保っていられなくなった。
大翔があの家に行ったせいで、兄に佳奈多の存在を知られてしまった。父親と秘書を暴行したあの日、兄は使用人を介して佳奈多のことを知ったらしい。大切な人を、自分のせいで失うところだった。
「かなちゃん、生きてて、良かった。また、いなくなっちゃったら………俺、もう、生きていけない」
情けない姿は見せたくないのに、涙が溢れて止まらない。佳奈多が感情を溢れさせて叫ぶ。
「ひろくん、僕、死なないなんて、約束できない…なにがあるっ、か、わっ、わかんない、でも…ぼ、ぼっ、ぼく、ひっ、ひろくんと、一緒、いっ、いたいよ、ちゃんと、二人、でっ、生きっ、生きてっ…」
「ひ、ひろくん、大切に、して、ひろくっ、の、こと…ぼくの、ためっ、だけじゃ、なっ、…ひろくんの、たっ、ために、生きて。そうじゃ、なきゃっ、…僕たち、僕、いっ、一緒に、いられない」
「二人、で、生きるの…生きるの、今っ、の、今の、ままじゃ、で、できっ、ない、から…」
また一緒にいようと説得するつもりだった。でも懸命に訴えてくる佳奈多に大翔は揺らいでしまう。佳奈多の言いたいことはわかる。大翔は父親から自立して、それから共に過ごそうと言ってくれている。
それでももし、離れている間に佳奈多になにかあったら。佳奈多自身も言っていた。死なないなんて約束は誰にもできない。大翔は一分一秒も離れたくない。
「大丈夫、ひろくんなら、だ、大丈夫だから、…もし、ひろくんが、待っててくれるなら…僕、迎えにいくから。ひろくんを、あの人達から、守るから」
さっき、職場の人間と会話していた佳奈多を見て、無理をしているのがわかった。無理をしてでも佳奈多は馴染もうとしている。新たな世界を切り開こうとしている。佳奈多の言葉を信じるなら、大翔と二人で歩んでいくために今、佳奈多は自分の世界を築き始めている。自分で立って、力をつけて、強くなろうとしている。