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頭と背中以外に痛みはなく、レントゲンの結果骨折もなかった。凶器となった角材が細いものだったこと、薬で酩酊状態だった大翔の兄の攻撃だったことが、大した怪我には繋がらなかったようだ。ただ、頭部のダメージは後から出ることもあるため、佳奈多は数日入院することになった。
そしてあの日いた男達は、金で雇われた少年だった。今までは学生時代からの悪い仲間を頼っていたようだが、愛想を尽かされたらしい。統率力も義理も恩もない大翔の兄に少年達が味方するはずもなく、捕まった少年達は知っていることはすべて喋っているそうだ。事件当日も誘拐はしたもののそれ以上何をするのか知らなかったし、するつもりもなかったと答えているらしい。
通報が早かったこと、施設から現場が近かったこと。様々な要因が重なって、今回大事に至らずに済んだ。本当に、不幸中の幸いだった。
事件の翌日には大翔の父が謝罪にやって来た。佳奈多は顔を背け、何も答えず彼の顔も見なかった。大翔の兄から受けた暴力は元より、大翔を見守っていてくれなかったという怒りのほうが強かった。大翔が彼らに御せないと予想できてはいた。しかし、言葉は悪いが、ここまで役に立たないとは思わなかった。佳奈多は全身で大翔の父を拒絶した。
入院から数日が経ち、体の痛みも随分と減った。体が回復してくると、身の回りの事を考えて落ち着かなくなった。
仕事はどうなっているのか。佳奈多の空いた穴を誰かが埋めている。このままではクビになるのではないか。退職となると寮に暮らす佳奈多はどうなるのか、どこに行けばいいのか。
佳奈多は父に会いに行ったことがある。今は他県で、立派なマンションに暮らしていた。数回訪れ、泊まったこともある。少しずつ和解して関係が改善していくことを期待したが、できなかった。持っていった手土産が気に入らない、と、激昂した父に殴られた。なお殴りかかってくる父から逃げ、佳奈多は寮まで戻ってきた。それから父には会っていない。きっかけは些細なことだったが、やはり和解はできないのだと思い知らされた。父は頼れない。佳奈多にはもう、行く宛がない。
そんなことを考えていていたら、職場の施設長である佐藤と先輩の鬼嶋が面会に来てくれた。鬼嶋は佳奈多の顔をみるなり泣き出してしまった。
「ふじ君…良かった、無事で、よかったよぉ」
佳奈多が無事だったのは、鬼嶋の通報が早かったお陰だと思っている。佳奈多は何度も鬼嶋に礼を言った。
「鬼嶋、さん。ありがとう、ございます。鬼嶋さんの、おかげで、僕、生きてて…お仕事、行けなくて、ごめんなさい」
「仕事なんかいいよ!ふじ君、悪くないじゃん」
「そうだよ、藤野君。仕事のことは大丈夫だから、今はゆっくり休んで。体を治すことを第一に考えてね」
鬼嶋と佐藤の優しさに、佳奈多は涙が滲んだ。仕事や入院生活について他愛もない話をして笑い合う。年も、育った環境も違う人と語り合う。今まで佳奈多の人生になかったことだ。
仕事や未来に対する不安が少しだけ薄れた。
「あの日、鬼嶋さん、どうして、あんな時間に、歩いてたんですか?」
「そうそう!あの日もね、一緒に住んでる人がまだ出勤するなってうるさかったんだけど、俺がブチギレて家出てきたんだよね。ほんっと口うるさいの。あと、ふじ君、心配だったし…あの時間に行って、逆に良かったよね」
「出勤した途端に警察沙汰になっちゃって…説明してわかっていただけたけど、霧夜さん、怖かったなぁ…寄付金の出資者さんだから悪く言っちゃいけないっていうか、悪口じゃないよ?鬼嶋君、悪口じゃないからね?」
「大丈夫、言わないから。あの人ね、時々イアツテキ?だもんね。印象悪いからやめろって言ってるんだけどさ~」
しばらく話をして、二人は帰っていった。帰り際に鬼嶋は佳奈多の手を握った。
そしてあの日いた男達は、金で雇われた少年だった。今までは学生時代からの悪い仲間を頼っていたようだが、愛想を尽かされたらしい。統率力も義理も恩もない大翔の兄に少年達が味方するはずもなく、捕まった少年達は知っていることはすべて喋っているそうだ。事件当日も誘拐はしたもののそれ以上何をするのか知らなかったし、するつもりもなかったと答えているらしい。
通報が早かったこと、施設から現場が近かったこと。様々な要因が重なって、今回大事に至らずに済んだ。本当に、不幸中の幸いだった。
事件の翌日には大翔の父が謝罪にやって来た。佳奈多は顔を背け、何も答えず彼の顔も見なかった。大翔の兄から受けた暴力は元より、大翔を見守っていてくれなかったという怒りのほうが強かった。大翔が彼らに御せないと予想できてはいた。しかし、言葉は悪いが、ここまで役に立たないとは思わなかった。佳奈多は全身で大翔の父を拒絶した。
入院から数日が経ち、体の痛みも随分と減った。体が回復してくると、身の回りの事を考えて落ち着かなくなった。
仕事はどうなっているのか。佳奈多の空いた穴を誰かが埋めている。このままではクビになるのではないか。退職となると寮に暮らす佳奈多はどうなるのか、どこに行けばいいのか。
佳奈多は父に会いに行ったことがある。今は他県で、立派なマンションに暮らしていた。数回訪れ、泊まったこともある。少しずつ和解して関係が改善していくことを期待したが、できなかった。持っていった手土産が気に入らない、と、激昂した父に殴られた。なお殴りかかってくる父から逃げ、佳奈多は寮まで戻ってきた。それから父には会っていない。きっかけは些細なことだったが、やはり和解はできないのだと思い知らされた。父は頼れない。佳奈多にはもう、行く宛がない。
そんなことを考えていていたら、職場の施設長である佐藤と先輩の鬼嶋が面会に来てくれた。鬼嶋は佳奈多の顔をみるなり泣き出してしまった。
「ふじ君…良かった、無事で、よかったよぉ」
佳奈多が無事だったのは、鬼嶋の通報が早かったお陰だと思っている。佳奈多は何度も鬼嶋に礼を言った。
「鬼嶋、さん。ありがとう、ございます。鬼嶋さんの、おかげで、僕、生きてて…お仕事、行けなくて、ごめんなさい」
「仕事なんかいいよ!ふじ君、悪くないじゃん」
「そうだよ、藤野君。仕事のことは大丈夫だから、今はゆっくり休んで。体を治すことを第一に考えてね」
鬼嶋と佐藤の優しさに、佳奈多は涙が滲んだ。仕事や入院生活について他愛もない話をして笑い合う。年も、育った環境も違う人と語り合う。今まで佳奈多の人生になかったことだ。
仕事や未来に対する不安が少しだけ薄れた。
「あの日、鬼嶋さん、どうして、あんな時間に、歩いてたんですか?」
「そうそう!あの日もね、一緒に住んでる人がまだ出勤するなってうるさかったんだけど、俺がブチギレて家出てきたんだよね。ほんっと口うるさいの。あと、ふじ君、心配だったし…あの時間に行って、逆に良かったよね」
「出勤した途端に警察沙汰になっちゃって…説明してわかっていただけたけど、霧夜さん、怖かったなぁ…寄付金の出資者さんだから悪く言っちゃいけないっていうか、悪口じゃないよ?鬼嶋君、悪口じゃないからね?」
「大丈夫、言わないから。あの人ね、時々イアツテキ?だもんね。印象悪いからやめろって言ってるんだけどさ~」
しばらく話をして、二人は帰っていった。帰り際に鬼嶋は佳奈多の手を握った。
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