黒い春 本編完結 (BL)

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「いや、困るんすよ!今日返済しないと俺、やべぇ仕事やらされ」
「うぅぅるせぇえ!今も十分やべぇだろ!なんだよ誘拐って、馬鹿かよ!なんだよ!なんで、こんなことんなってんだよ!!」
大翔の兄は佳奈多に与えていたいなり寿司を投げた。真横で激昂する大翔の兄に、逃れようと後ずさる。
大翔の兄は、父から支援の打ち切りと次期頭取は大翔だと宣言されてこのような、あまりにずさんな犯行に及んでいるようだ。
きっと鬼嶋が警察に連絡を入れている。ここは施設から近かった。警察がすぐに佳奈多を見つけてくれるはずだ。それまで大人しく大翔の兄に従っておいたほうがいい。しかし急に怒鳴りだす大翔の兄に、体が逃げようとしてしまう。腰が引けている佳奈多に気づいた大翔の兄は、へらっと笑った。
「あ~っ!かなたちゃん、ごめんね?ご飯、ぶちまけちった。あ、お前、お金ね。お金、今日、払います。へへへ。そのお金は、あります。お金。かなたちゃん、怖いね、怖かったね、つい、怒っちゃって、かなたちゃぁん、ごめんねぇえ!」
「っ、ひぃっ、」
大翔の兄が佳奈多に抱きついてきた。佳奈多は思わず、悲鳴を上げてしまった。大翔の兄は気にするでもなく涙を流して佳奈多に頬ずりした。ついさっきまで男に金はあると笑っていたのに今は涙を流している。ソファの裏で何かをしてから少し落ち着いていたのにまた感情が乱れている。何度もごめんね、ごめんねと謝っていた大翔の兄は天を向いた。そのまま何も言わずに止まってしまった。
「あーぁ…クスリ、やりすぎだって」
誰かがぽつりと呟いた。大翔の兄がピクリと動く。
「クスリ…クスリね、クスリ…そうね、クスリ、やろうね、クスリ」
大翔の兄は立ち上がり、ソファの後ろから何かを取り出し、勢いよく鼻から吸い込んだ。何度も鼻を鳴らしてからソファに体を打ち付けるように座る。どろりと濁った瞳がどこか、わからない場所を見つめている。
「うー、うぁ、うぅーーー…」
しばらく天を仰いでうなり続けていた大翔の兄は佳奈多を見た。その瞳はギラギラと輝いている。
「………そうだかなたちゃん。おクスリ、しよっか。かなたちゃん、俺の味方だから。俺と、一緒になろ。一緒に、飛んじゃお」
「…え、えっ?」
大翔の兄は注射器を取り出して佳奈多に突きつけた。学校の授業で少し触れた程度の知識しかなかったが、大翔の兄がどうして気分が安定しないのか、先程ソファの影で何をしていたのかわかった。
「他人にやったら、松本はもう、終わりだよな。もう、逃げらんねぇもん。かなたちゃん、怖くないよ。怖くないよぉ」
「やっ、やだ、いやだ!いや、たすけて、たすけてぇ!」
佳奈多はなりふり構わず叫んで助けを求めた。周りの男達も戸惑って慌てている。
「ま、まずくね?さすがに、やめさせないと」
「逃げようぜ!ここにいたら、巻き添えくらってパクられる!」
「あ、おい!」
「行くぞ!車の鍵…」
誰かが裏口を開けたのが見えた。数人、男が外に出ていく。
大翔の兄は注射器を構えて佳奈多を押さえつけた。佳奈多は抵抗するものの、両手が拘束されているせいで上手く動けない。
「大丈夫よ~すぐ、気持ちよくなるからねぇ~」
「たすけて、おねがい!やだ、やだぁあっ!」
「じっと!してろよ!!!」
「い、ゃっ…」
バチンと耳元で音がした。遅れて佳奈多の頬はジンジンと痛む。大翔の兄は注射器を持つのと反対の手で佳奈多の頬を叩いた。思わず佳奈多は肩をすくめて固まってしまう。
注射針がすぐそこまで迫っている。
「かなちゃん!」
裏口から大翔が飛び込んできたのが見えた。大翔は兄に体当りして吹き飛ばす。
「ひ、ひろ、く…」
「かなちゃん、大丈夫?!どこか、怪我してっ…」
大翔に抱き起こされて、佳奈多は首を横に振った。話したいのに、言葉がでない。背後でガタンと音がした。佳奈多が振り返ると、大翔の兄が立ち上がっていた。細い木の棒を手にしている。佳奈多は大翔に覆いかぶさった。
「かなたちゃん!おクスリ、なくなった、なくなっちゃったよぉお!」
大翔の兄が絶叫と共に佳奈多に木の棒を打ち付けてきた。手にしていた注射器は転んだはずみで失ったようだ。しかし、予備があるかどうかわからない。
「に、逃げて、ひろく…あぶな、から、薬…逃げ」
大翔の兄に何度も殴られて、少しずつ視界が暗くなっていく。サイレンを聞きながら、佳奈多の視界は真っ暗になった。
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