黒い春 本編完結 (BL)

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「よ、よわ、み…、」
「なぁんでもいいよ。なんかさ~こう、もう松本家、やめまぁす!みたいなぁ、あはっはははっ、あ~弱み、はやく、言えよ!おいぃいっ!弱み、よわ…ないかにゃ~…はへ、え、…待って、ちょ、待って、ね、…」
話しながら笑ったり怒ったりしている大翔の兄に、佳奈多はどうしたらいいのかわからない。怒鳴られて怖いが、それ以上に感情の不安定な姿が怖い。
大翔の兄はソファの影に入り、ガタガタと音を立てて何かをしていた。佳奈多は隣に目を向ける。そばにいる男は目を細めてソファを見ていた。今なら逃げられるかもしれない。まばらにいる男達は、スマホを見たり喋ったりしていてこちらに注意を向けていない。
足に力を入れてゆっくり腰を浮かせる。肩に手を置かれて、佳奈多はびくんと体を揺らした。
「やめとけ。どうせ逃げらんねぇ、ひでぇ目に合いたくなきゃじっとしとけ」
肩に置かれたのは傍にいた男の手だった。佳奈多は椅子に腰を落とす。佳奈多を見ていないと思った彼に、逃走しようとしていることを見つかってしまった。今座っているパイプ椅子から裏口まで20メートルもないはずだ。しかし走って向かっても、運動の不得手な佳奈多は誰かに捕まってしまうだろう。佳奈多は男に頷く。
「そんでさぁ藤野ちゃん。あいつにさ、頭取やめさせんの、どうしたらいいと思う?」
大翔の兄がソファの影から出てきた。さっきと比べたら口調がハッキリしている。ソファの影で何をしていたのだろうか。佳奈多は怯えながらも口を開く。
「でも、頭取は…お、お兄さん、だと思い、ます」
「へぇ!なんで?なんで?」
「だって…大翔君は、…愛人の、子供だから」
『愛人の子だけど松本家の子よ。仲良くしましょうね、佳奈多。あの子のお母さんと仲良くしてて、良かったわぁ』
母が時々佳奈多に語っていたことを思い出した。年齢が上がるに連れて学園内で『愛人の子』と囁かれることはなくなったが、小さい頃は『愛人の子だけど松本家の子』として扱われている姿を間近で見ていた。気にもしていないように見せていたが、まだ幼かった大翔は傷ついていた。そんな視線に時々不安定になっていたのだと、今はわかる。
「だよね!?だよねぇえ!?俺も、俺も!そう思う!ちょっとさ、こっちおいでよ藤野ちゃん。飯食お、一緒にさ。ねっ!」
昼を買いに行っていた男達が帰ってきた。コンビニの袋を受け取った大翔の兄は佳奈多に近寄り、佳奈多の肩を抱きよせる。佳奈多はふらつきながら立ち上がり、大翔の兄にされるがまま歩いた。さっきまで大翔の兄だけが座っていたソファに並んで座らされる。
「藤野ちゃん、ほんといい子。いい子だねぇ~!俺が食わしてやっから。なにがいい?何食べる?」
「ぅ…お、おいなりさん、食べます」
「お手々、使えないもんな~おいなりさん、あーん!」
大翔の兄が半分にちぎったいなり寿司を佳奈多の口に突っ込んだ。一口大にしたつもりなのだろうが、佳奈多にとってはかなり大きい。喉に詰まらせないように必死に咀嚼してなんとか飲み下した。
「藤野ちゃん、かなたちゃあん!あいつさ、愛人の子じゃん。頭取は実の息子の、俺じゃん…そんなこと言ってくれんのかなたちゃんだけだよ…お茶飲む?」
「あ、ぅ…あい」
「ほら、飲みな。周りはさ、T大行った優秀な大翔君に夢中でさぁ。親父がさ、もうさ、俺には頭取やらせねぇし、金も打ち切るとか言いやがってさ…ムカつくだろ?俺は、松本頭取の子だぜ?銀行の給料だけで、どうやって、クスリ…」
「ちょ、松本さん、金打ち切るって…報酬、今日貰えるんすよね?」
大翔の兄は佳奈多の口にペットボトルのお茶を注いだ。溺れないようにしながらなんとか飲み込んでいると男が近づいてきた。
「っせぇな!今!かなたちゃんと喋ってんだよ!」
穏やかになったように見えた大翔の兄は、佳奈多に与えていたペットボトルを男に投げつける。男はお茶を被りながらも大翔の兄に食らいついた。
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