105 / 153
104
しおりを挟む
「よ、よわ、み…、」
「なぁんでもいいよ。なんかさ~こう、もう松本家、やめまぁす!みたいなぁ、あはっはははっ、あ~弱み、はやく、言えよ!おいぃいっ!弱み、よわ…ないかにゃ~…はへ、え、…待って、ちょ、待って、ね、…」
話しながら笑ったり怒ったりしている大翔の兄に、佳奈多はどうしたらいいのかわからない。怒鳴られて怖いが、それ以上に感情の不安定な姿が怖い。
大翔の兄はソファの影に入り、ガタガタと音を立てて何かをしていた。佳奈多は隣に目を向ける。そばにいる男は目を細めてソファを見ていた。今なら逃げられるかもしれない。まばらにいる男達は、スマホを見たり喋ったりしていてこちらに注意を向けていない。
足に力を入れてゆっくり腰を浮かせる。肩に手を置かれて、佳奈多はびくんと体を揺らした。
「やめとけ。どうせ逃げらんねぇ、ひでぇ目に合いたくなきゃじっとしとけ」
肩に置かれたのは傍にいた男の手だった。佳奈多は椅子に腰を落とす。佳奈多を見ていないと思った彼に、逃走しようとしていることを見つかってしまった。今座っているパイプ椅子から裏口まで20メートルもないはずだ。しかし走って向かっても、運動の不得手な佳奈多は誰かに捕まってしまうだろう。佳奈多は男に頷く。
「そんでさぁ藤野ちゃん。あいつにさ、頭取やめさせんの、どうしたらいいと思う?」
大翔の兄がソファの影から出てきた。さっきと比べたら口調がハッキリしている。ソファの影で何をしていたのだろうか。佳奈多は怯えながらも口を開く。
「でも、頭取は…お、お兄さん、だと思い、ます」
「へぇ!なんで?なんで?」
「だって…大翔君は、…愛人の、子供だから」
『愛人の子だけど松本家の子よ。仲良くしましょうね、佳奈多。あの子のお母さんと仲良くしてて、良かったわぁ』
母が時々佳奈多に語っていたことを思い出した。年齢が上がるに連れて学園内で『愛人の子』と囁かれることはなくなったが、小さい頃は『愛人の子だけど松本家の子』として扱われている姿を間近で見ていた。気にもしていないように見せていたが、まだ幼かった大翔は傷ついていた。そんな視線に時々不安定になっていたのだと、今はわかる。
「だよね!?だよねぇえ!?俺も、俺も!そう思う!ちょっとさ、こっちおいでよ藤野ちゃん。飯食お、一緒にさ。ねっ!」
昼を買いに行っていた男達が帰ってきた。コンビニの袋を受け取った大翔の兄は佳奈多に近寄り、佳奈多の肩を抱きよせる。佳奈多はふらつきながら立ち上がり、大翔の兄にされるがまま歩いた。さっきまで大翔の兄だけが座っていたソファに並んで座らされる。
「藤野ちゃん、ほんといい子。いい子だねぇ~!俺が食わしてやっから。なにがいい?何食べる?」
「ぅ…お、おいなりさん、食べます」
「お手々、使えないもんな~おいなりさん、あーん!」
大翔の兄が半分にちぎったいなり寿司を佳奈多の口に突っ込んだ。一口大にしたつもりなのだろうが、佳奈多にとってはかなり大きい。喉に詰まらせないように必死に咀嚼してなんとか飲み下した。
「藤野ちゃん、かなたちゃあん!あいつさ、愛人の子じゃん。頭取は実の息子の、俺じゃん…そんなこと言ってくれんのかなたちゃんだけだよ…お茶飲む?」
「あ、ぅ…あい」
「ほら、飲みな。周りはさ、T大行った優秀な大翔君に夢中でさぁ。親父がさ、もうさ、俺には頭取やらせねぇし、金も打ち切るとか言いやがってさ…ムカつくだろ?俺は、松本頭取の子だぜ?銀行の給料だけで、どうやって、クスリ…」
「ちょ、松本さん、金打ち切るって…報酬、今日貰えるんすよね?」
大翔の兄は佳奈多の口にペットボトルのお茶を注いだ。溺れないようにしながらなんとか飲み込んでいると男が近づいてきた。
「っせぇな!今!かなたちゃんと喋ってんだよ!」
穏やかになったように見えた大翔の兄は、佳奈多に与えていたペットボトルを男に投げつける。男はお茶を被りながらも大翔の兄に食らいついた。
「なぁんでもいいよ。なんかさ~こう、もう松本家、やめまぁす!みたいなぁ、あはっはははっ、あ~弱み、はやく、言えよ!おいぃいっ!弱み、よわ…ないかにゃ~…はへ、え、…待って、ちょ、待って、ね、…」
話しながら笑ったり怒ったりしている大翔の兄に、佳奈多はどうしたらいいのかわからない。怒鳴られて怖いが、それ以上に感情の不安定な姿が怖い。
大翔の兄はソファの影に入り、ガタガタと音を立てて何かをしていた。佳奈多は隣に目を向ける。そばにいる男は目を細めてソファを見ていた。今なら逃げられるかもしれない。まばらにいる男達は、スマホを見たり喋ったりしていてこちらに注意を向けていない。
足に力を入れてゆっくり腰を浮かせる。肩に手を置かれて、佳奈多はびくんと体を揺らした。
「やめとけ。どうせ逃げらんねぇ、ひでぇ目に合いたくなきゃじっとしとけ」
肩に置かれたのは傍にいた男の手だった。佳奈多は椅子に腰を落とす。佳奈多を見ていないと思った彼に、逃走しようとしていることを見つかってしまった。今座っているパイプ椅子から裏口まで20メートルもないはずだ。しかし走って向かっても、運動の不得手な佳奈多は誰かに捕まってしまうだろう。佳奈多は男に頷く。
「そんでさぁ藤野ちゃん。あいつにさ、頭取やめさせんの、どうしたらいいと思う?」
大翔の兄がソファの影から出てきた。さっきと比べたら口調がハッキリしている。ソファの影で何をしていたのだろうか。佳奈多は怯えながらも口を開く。
「でも、頭取は…お、お兄さん、だと思い、ます」
「へぇ!なんで?なんで?」
「だって…大翔君は、…愛人の、子供だから」
『愛人の子だけど松本家の子よ。仲良くしましょうね、佳奈多。あの子のお母さんと仲良くしてて、良かったわぁ』
母が時々佳奈多に語っていたことを思い出した。年齢が上がるに連れて学園内で『愛人の子』と囁かれることはなくなったが、小さい頃は『愛人の子だけど松本家の子』として扱われている姿を間近で見ていた。気にもしていないように見せていたが、まだ幼かった大翔は傷ついていた。そんな視線に時々不安定になっていたのだと、今はわかる。
「だよね!?だよねぇえ!?俺も、俺も!そう思う!ちょっとさ、こっちおいでよ藤野ちゃん。飯食お、一緒にさ。ねっ!」
昼を買いに行っていた男達が帰ってきた。コンビニの袋を受け取った大翔の兄は佳奈多に近寄り、佳奈多の肩を抱きよせる。佳奈多はふらつきながら立ち上がり、大翔の兄にされるがまま歩いた。さっきまで大翔の兄だけが座っていたソファに並んで座らされる。
「藤野ちゃん、ほんといい子。いい子だねぇ~!俺が食わしてやっから。なにがいい?何食べる?」
「ぅ…お、おいなりさん、食べます」
「お手々、使えないもんな~おいなりさん、あーん!」
大翔の兄が半分にちぎったいなり寿司を佳奈多の口に突っ込んだ。一口大にしたつもりなのだろうが、佳奈多にとってはかなり大きい。喉に詰まらせないように必死に咀嚼してなんとか飲み下した。
「藤野ちゃん、かなたちゃあん!あいつさ、愛人の子じゃん。頭取は実の息子の、俺じゃん…そんなこと言ってくれんのかなたちゃんだけだよ…お茶飲む?」
「あ、ぅ…あい」
「ほら、飲みな。周りはさ、T大行った優秀な大翔君に夢中でさぁ。親父がさ、もうさ、俺には頭取やらせねぇし、金も打ち切るとか言いやがってさ…ムカつくだろ?俺は、松本頭取の子だぜ?銀行の給料だけで、どうやって、クスリ…」
「ちょ、松本さん、金打ち切るって…報酬、今日貰えるんすよね?」
大翔の兄は佳奈多の口にペットボトルのお茶を注いだ。溺れないようにしながらなんとか飲み込んでいると男が近づいてきた。
「っせぇな!今!かなたちゃんと喋ってんだよ!」
穏やかになったように見えた大翔の兄は、佳奈多に与えていたペットボトルを男に投げつける。男はお茶を被りながらも大翔の兄に食らいついた。
52
お気に入りに追加
93
あなたにおすすめの小説
泣き虫な俺と泣かせたいお前
ことわ子
BL
大学生の八次直生(やつぎすなお)と伊場凛乃介(いばりんのすけ)は幼馴染で腐れ縁。
アパートも隣同士で同じ大学に通っている。
直生にはある秘密があり、嫌々ながらも凛乃介を頼る日々を送っていた。
そんなある日、直生は凛乃介のある現場に遭遇する。
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。

俺の好きな男は、幸せを運ぶ天使でした
たっこ
BL
【加筆修正済】
7話完結の短編です。
中学からの親友で、半年だけ恋人だった琢磨。
二度と合わないつもりで別れたのに、突然六年ぶりに会いに来た。
「優、迎えに来たぞ」
でも俺は、お前の手を取ることは出来ないんだ。絶対に。

【完結】I adore you
ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。
そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。
※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。
思い出して欲しい二人
春色悠
BL
喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。
そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。
一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。
そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。

見ぃつけた。
茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは…
他サイトにも公開しています
いとしの生徒会長さま
もりひろ
BL
大好きな親友と楽しい高校生活を送るため、急きょアメリカから帰国した俺だけど、編入した学園は、とんでもなく変わっていた……!
しかも、生徒会長になれとか言われるし。冗談じゃねえっつの!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる