黒い春 本編完結 (BL)

Oj

文字の大きさ
上 下
104 / 152

103

しおりを挟む
佳奈多は大翔の兄の目の前のパイプ椅子に座らされた。
「はじめましてぇ、佳奈多君。今日ね、お願いがあって来てもらったのよ。その前にさ、腹減ってる?どう?」
何をされるのか怖かったが、大翔の兄は笑顔で佳奈多に語りかける。どう答えたらいいかわからず俯いて震えていると、大翔の兄は舌打ちをした。
「おい。なんか買ってこい。腹減った」
「デリバリーなんか呼べないっすよ」
「んなことわかってんだよ、てめぇが行ってこいよ!当たり前だろぉが!」
「え、車使っていいんすか?」
「いいから行けよ!」
大翔の兄は手元にあったペットボトルを投げつけた。待機していた男のうち二人が外に出ていく。佳奈多は震えながら声を殺してじっとしていた。大翔の兄は激昂しやすいのだろうか。先程から些細なきっかけでひどい怒り方をしている。答え方を間違えたら何をされるかわからない。佳奈多はぐっと体に力を入れた。
「…そんでさ、佳奈多君。お願いっつーのがさ、大翔君にさ、松本家の財産は放棄しますっつって、約束させてほしいのよ。君、親友なんだろ?」
佳奈多は顔を上げて頭を巡らせる。突然こんな所に連れてきて、何を言い出すのか。しかし誘拐なんて手法を使っている時点でまともな話は通用しないだろう。
佳奈多は慎重に口を開いた。
「あの…松本家は、お兄さんのものだって、聞きました」
「まじで?大翔君から!?…やっぱ、あのクソ秘書のせいだな…佳奈多君は、どう思ってる?」
「う…僕も、そう、思ってます」
「だよねぇ!?俺、父さんと母さんの、実の子供だよ!?」
大翔の兄は立ち上がった。何度も頷いて俺が正しい、俺が松本家の後継者だと呟いて、ウロウロ歩き回った。
彼が正式な後継者なのかどうか佳奈多は知らない。大翔がどう思っているか、今現在どうなっているかも知らない。
大翔の扱いを見る限り松本の家を継ぐなら、何不自由なく両親と暮らしたこの兄だったはずだ。佳奈多は、大翔の兄もそう思っていたのだろう。しかし、彼等の父と秘書は考えを改めた。後継者を兄から大翔に変えた。
それがどう兄に伝わっていたのかは知らないが、大翔の兄の口ぶりから、あまり良くない形で知ったのだろうと佳奈多は思う。 
「大翔君さ、いい大学入ったじゃん?どんな手使ったのか知んねぇけど、俺の親の金でさ。そんでさ、優秀な大翔君を次期頭取候補として育てるとか言ってんの。あのクソ親父!俺が!いんだろうが!!」
大翔の兄は足を踏み鳴らした。
大翔が大学に入ったのは大翔の実力だ。きっと大翔の成績なら父に頼らずとも学費免除を受けられるだろう。言い返したかったが言葉を飲み込む。松本の人間はみな自分勝手だ。しかし先程から感情が不安定な大翔の兄に、下手に口を出さないほうがいいと佳奈多は判断した。元々の性格なのか大翔の次期頭取の話が出たせいなのかわからないが、この不安定さは気になった。
「そんでさ、この前親父があのクソガキ、大翔君連れて帰ってきたから使用人脅して聞いてみたらよ、お前に会いに行ったらしいじゃん?大翔君さぁ、大学行かねぇしきったねぇカッコしてるしいきなり秘書殴るし。いつもあんなやべぇの?」
佳奈多は首を横に振った。佳奈多の職場を訪れたあの日、大翔は松本の家に行ったようだ。今どこでどうしているのか。連絡の手段を絶った佳奈多にはわからない。
「じゃあなんであんななってんの?お前、友達なんだろ?あいつ友達いないらしいじゃん、お前以外。そんでさ、一緒に住んでたんだろ?」
「わ、わからない、です。今、別々に、暮らしてて、」
「つかさ、お前、あいつの弱みとかなんか、知らない?もうさ、あいつ、松本の家にいられなくしてぇのよ。あいつ、なんでうちにいんの?愛人の子供のくせによぉ、なぁ!?」
佳奈多は懸命に考えを巡らせた。
大翔の弱みは恐らく佳奈多だ。先日の様子を見る限り、未だに大翔の中で佳奈多の存在は大きい。下手なことを言えば大翔に害が及ぶだろう。大翔の兄の気分を損ねないようにしつつ、どうにか逃げる方法を探さなければならない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

少年ペット契約

眠りん
BL
※少年売買契約のスピンオフ作品です。 ↑上記作品を知らなくても読めます。  小山内文和は貧乏な家庭に育ち、教育上よろしくない環境にいながらも、幸せな生活を送っていた。  趣味は布団でゴロゴロする事。  ある日学校から帰ってくると、部屋はもぬけの殻、両親はいなくなっており、借金取りにやってきたヤクザの組員に人身売買で売られる事になってしまった。  文和を購入したのは堂島雪夜。四十二歳の優しい雰囲気のおじさんだ。  文和は雪夜の養子となり、学校に通ったり、本当の子供のように愛された。  文和同様人身売買で買われて、堂島の元で育ったアラサー家政婦の金井栞も、サバサバした性格だが、文和に親切だ。  三年程を堂島の家で、呑気に雪夜や栞とゴロゴロした生活を送っていたのだが、ある日雪夜が人身売買の罪で逮捕されてしまった。  文和はゴロゴロ生活を守る為、雪夜が出所するまでの間、ペットにしてくれる人を探す事にした。 ※前作と違い、エロは最初の頃少しだけで、あとはほぼないです。 ※前作がシリアスで暗かったので、今回は明るめでやってます。

僕の王子様

くるむ
BL
鹿倉歩(かぐらあゆむ)は、クリスマスイブに出合った礼人のことが忘れられずに彼と同じ高校を受けることを決意。 無事に受かり礼人と同じ高校に通うことが出来たのだが、校内での礼人の人気があまりにもすさまじいことを知り、自分から近づけずにいた。 そんな中、やたらイケメンばかりがそろっている『読書同好会』の存在を知り、そこに礼人が在籍していることを聞きつけて……。 見た目が派手で性格も明るく、反面人の心の機微にも敏感で一目置かれる存在でもあるくせに、実は騒がれることが嫌いで他人が傍にいるだけで眠ることも出来ない神経質な礼人と、大人しくて素直なワンコのお話。 元々は、神経質なイケメンがただ一人のワンコに甘える話が書きたくて考えたお話です。 ※『近くにいるのに君が遠い』のスピンオフになっています。未読の方は読んでいただけたらより礼人のことが分かるかと思います。

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

嫌われ公式愛妾役ですが夫だけはただの僕のガチ勢でした

ナイトウ
BL
BL小説大賞にご協力ありがとうございました!! CP:不器用受ガチ勢伯爵夫攻め、女形役者受け 相手役は第11話から出てきます。  ロストリア帝国の首都セレンで女形の売れっ子役者をしていたルネは、皇帝エルドヴァルの為に公式愛妾を装い王宮に出仕し、王妃マリーズの代わりに貴族の反感を一手に受ける役割を引き受けた。  役目は無事終わり追放されたルネ。所属していた劇団に戻りまた役者業を再開しようとするも公式愛妾になるために偽装結婚したリリック伯爵に阻まれる。  そこで仕方なく、顔もろくに知らない夫と離婚し役者に戻るために彼の屋敷に向かうのだった。

【完結】遍く、歪んだ花たちに。

古都まとい
BL
職場の部下 和泉周(いずみしゅう)は、はっきり言って根暗でオタクっぽい。目にかかる長い前髪に、覇気のない視線を隠す黒縁眼鏡。仕事ぶりは可もなく不可もなく。そう、凡人の中の凡人である。 和泉の直属の上司である村谷(むらや)はある日、ひょんなことから繁華街のホストクラブへと連れて行かれてしまう。そこで出会ったNo.1ホスト天音(あまね)には、どこか和泉の面影があって――。 「先輩、僕のこと何も知っちゃいないくせに」 No.1ホスト部下×堅物上司の現代BL。

ハイスペックストーカーに追われています

たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!! と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。 完結しました。

彼の理想に

いちみやりょう
BL
あの人が見つめる先はいつも、優しそうに、幸せそうに笑う人だった。 人は違ってもそれだけは変わらなかった。 だから俺は、幸せそうに笑う努力をした。 優しくする努力をした。 本当はそんな人間なんかじゃないのに。 俺はあの人の恋人になりたい。 だけど、そんなことノンケのあの人に頼めないから。 心は冗談の中に隠して、少しでもあの人に近づけるようにって笑った。ずっとずっと。そうしてきた。

処理中です...