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しかし、大翔が大翔の父の支配下にあるままでは大翔はきっと駄目になる。大翔の兄がいい例だ。大翔の父には、人を育てる力がない。佳奈多がきちんと自立して、迎えに行きたかった。
佳奈多がいなくなり、大翔は落ち込んでしまうだろうと予想はしていた。しかし先程の大翔の姿は想像を遥かに上回っていた。黙って大翔の元から消えたこと、ここに働きにきたことは間違っていたのかもしれない。鬼嶋の言う通り、もっと話をするべきだったのかもしれない。
佳奈多は涙を零さないよう、ぎゅっと両手を握りしめた。
その日、大翔は父親に連れられて帰っていったそうだ。大人しく連れられていったと佐藤から聞いた。早退してもいいと言われたが佳奈多は働き、翌日も出勤した。職場からいらないと言われない限りはきちんと働こうと思っていた。
せめて、少しでもお金を貯めなければ。ここへの引っ越し代や諸々の他、大翔の父から手切れ金代わりにお金を貰っている。佳奈多名義の通帳に入れられたそれはかなりの額だったが、手を付けたくはなかった。今はお年玉やらの貯金のほか、佳奈多の父から当面の生活費として入金されたお金を使ってしのいでいる。
大翔が来たあの日から数日。鬼嶋はずっと休んでいた。佐藤から教えてもらったが、大翔が訪ねてきたあの騒動を聞いて、同居人から出勤させないと連絡があったらしい。そんな騒ぎが起こる場所に行かせられない、と。
松本家と鬼嶋の同居人と、どちらも多額の寄付金を出してくれているそうだ。
施設は警察が介入するでもなく通常通り運営されている。佳奈多も特にお咎めはなく、休んでもいいし、できるなら働いてくれると嬉しいと言われた。
この施設は寄付金の出資者の意向が強く反映されるらしい。
鬼嶋はいつから出勤するかわからない。鬼嶋はいつ来てくれるだろうかと、佐藤はぼやいていた。
「藤野君は何も悪くないからね?ただ、いつも人手不足なところがあるから…」
鬼嶋が来るまでは別の人につくようにと指示され、佳奈多は頷いた。
「藤野君、外行こうとしてる!アタシこっちやるからお願い!」
「はい、行ってきます」
利用者が正面玄関から外へ出ようとしていた。一緒に行動している年配の女性に指示をされて、佳奈多は玄関に向かった。認知症を患っている利用者の男性を呼び止めると、男性は外を指さしていた。
「ハンカチ…ハンカチが、飛んでってるんだ」
男性が指差す玄関の外を見ると、タオルが何枚も落ちていた。洗濯物が飛んでしまったようだ。この男性はいつも同じハンカチを大切に持っている。亡くなった奥さんからもらったハンカチで、様々なことに記憶が曖昧になってしまった今でもとても大切にしていた。失礼しますと声をかけて男性のポケットを探ると、ハンカチが出てきた。
「ハンカチ、ありますよ。あれ、違う、タオルです。もうすぐご飯なので、食堂、行きましょう」
耳元で大きな声で話しかけて、男性を食堂へ連れて行った。賑やかな食堂の一席に座ってもらい、別の職員に連れてきた旨を伝える。佳奈多が玄関に向かうと、今日の佳奈多の教育係の女性がいた。佳奈多を探していたようだ。
「藤野君、ごめんね!大丈夫だった?」
「はい、食堂、お連れしました。あの、洗濯物、いっぱい落ちてて」
佳奈多が玄関を指差すと、女性は目を丸くした。
「風強いから外干し駄目って言ったのに…あー、もう!ごめんね藤野君、一緒に回収してくれる?」
佳奈多は先輩と玄関から外に出た。何枚ものタオルが床に転がり、風に吹かれてまた飛び上がりそうになっている。あちこちにちらばるタオルを先輩と共にかき集めていると、正門の近くに大きな車が止まっているのが見えた。見慣れない車から何人か男性が降りてくる。
「フジノカナタ君?名札、一緒だわ」
「写真とも同じだな。んじゃ、行くぞ」
佳奈多は男に抱え上げられた。
佳奈多がいなくなり、大翔は落ち込んでしまうだろうと予想はしていた。しかし先程の大翔の姿は想像を遥かに上回っていた。黙って大翔の元から消えたこと、ここに働きにきたことは間違っていたのかもしれない。鬼嶋の言う通り、もっと話をするべきだったのかもしれない。
佳奈多は涙を零さないよう、ぎゅっと両手を握りしめた。
その日、大翔は父親に連れられて帰っていったそうだ。大人しく連れられていったと佐藤から聞いた。早退してもいいと言われたが佳奈多は働き、翌日も出勤した。職場からいらないと言われない限りはきちんと働こうと思っていた。
せめて、少しでもお金を貯めなければ。ここへの引っ越し代や諸々の他、大翔の父から手切れ金代わりにお金を貰っている。佳奈多名義の通帳に入れられたそれはかなりの額だったが、手を付けたくはなかった。今はお年玉やらの貯金のほか、佳奈多の父から当面の生活費として入金されたお金を使ってしのいでいる。
大翔が来たあの日から数日。鬼嶋はずっと休んでいた。佐藤から教えてもらったが、大翔が訪ねてきたあの騒動を聞いて、同居人から出勤させないと連絡があったらしい。そんな騒ぎが起こる場所に行かせられない、と。
松本家と鬼嶋の同居人と、どちらも多額の寄付金を出してくれているそうだ。
施設は警察が介入するでもなく通常通り運営されている。佳奈多も特にお咎めはなく、休んでもいいし、できるなら働いてくれると嬉しいと言われた。
この施設は寄付金の出資者の意向が強く反映されるらしい。
鬼嶋はいつから出勤するかわからない。鬼嶋はいつ来てくれるだろうかと、佐藤はぼやいていた。
「藤野君は何も悪くないからね?ただ、いつも人手不足なところがあるから…」
鬼嶋が来るまでは別の人につくようにと指示され、佳奈多は頷いた。
「藤野君、外行こうとしてる!アタシこっちやるからお願い!」
「はい、行ってきます」
利用者が正面玄関から外へ出ようとしていた。一緒に行動している年配の女性に指示をされて、佳奈多は玄関に向かった。認知症を患っている利用者の男性を呼び止めると、男性は外を指さしていた。
「ハンカチ…ハンカチが、飛んでってるんだ」
男性が指差す玄関の外を見ると、タオルが何枚も落ちていた。洗濯物が飛んでしまったようだ。この男性はいつも同じハンカチを大切に持っている。亡くなった奥さんからもらったハンカチで、様々なことに記憶が曖昧になってしまった今でもとても大切にしていた。失礼しますと声をかけて男性のポケットを探ると、ハンカチが出てきた。
「ハンカチ、ありますよ。あれ、違う、タオルです。もうすぐご飯なので、食堂、行きましょう」
耳元で大きな声で話しかけて、男性を食堂へ連れて行った。賑やかな食堂の一席に座ってもらい、別の職員に連れてきた旨を伝える。佳奈多が玄関に向かうと、今日の佳奈多の教育係の女性がいた。佳奈多を探していたようだ。
「藤野君、ごめんね!大丈夫だった?」
「はい、食堂、お連れしました。あの、洗濯物、いっぱい落ちてて」
佳奈多が玄関を指差すと、女性は目を丸くした。
「風強いから外干し駄目って言ったのに…あー、もう!ごめんね藤野君、一緒に回収してくれる?」
佳奈多は先輩と玄関から外に出た。何枚ものタオルが床に転がり、風に吹かれてまた飛び上がりそうになっている。あちこちにちらばるタオルを先輩と共にかき集めていると、正門の近くに大きな車が止まっているのが見えた。見慣れない車から何人か男性が降りてくる。
「フジノカナタ君?名札、一緒だわ」
「写真とも同じだな。んじゃ、行くぞ」
佳奈多は男に抱え上げられた。
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