黒い春 本編完結 (BL)

Oj

文字の大きさ
上 下
100 / 153

99

しおりを挟む
スマホは新しく登録して前の番号は解約した。佳奈多の父は家を引き払って別の場所に住んでいる。大翔が佳奈多の元に辿り着く手かがりは少ない。怒っているだろうか。悲しんで、泣いているのだろうか。
佳奈多は早々に布団に入った。一人ぼっちの部屋は薄ら寒くて怖い。明日から仕事が始まる。風の音にビクつきながら、佳奈多は眠れない夜を過ごした。


翌日は佐藤と共に施設内を回った。午前中は職員の紹介を受け、午後は設備や仕事内容を紹介される。
「明日からは鬼嶋くんについてまわってね。鬼嶋君、新しく入った藤野君」
「よ、よろしく、お願いします」
佳奈多が頭を下げると、鬼嶋は頷いた。
「さとーさん、やっと新しい人、入ったね」
「施設長って呼んでね。鬼嶋君、せっかく入ってくれたんだから、優しく丁寧に教えてあげてね」
「俺はいつも丁寧だし、優しいよ。でも、年の近い人初めてだから、緊張する…」
「鬼嶋君、人見知りだもんねぇ…ほら、鬼嶋君、挨拶してよ。よろしく、とか、こちらこそ、とか」
鬼嶋は佐藤に頬を膨らませて見せた。鬼嶋は綺麗な顔をしていて、佳奈多は彼を女性だと思った。声と一人称から男性であると気づいた。
「よろしく、藤野君」
歓迎されていないのかと思った佳奈多だが、目をそらした挨拶を受けて、佳奈多はほっと息を吐いた。


「ここってね、施設の周りのお家の家賃が高いんだって。だからここに入社した寮に住んでる人はもう逃げられないんだよ。やり口怖くない?」
佳奈多の教育係である鬼嶋はあっけらかんと言い放つ。一緒に行動するようになって時間が経つと、鬼嶋はとても佳奈多を気づかってくれた。後から佐藤に聞いた話だが、年下の後輩が初めてだったそうで、佳奈多が来ることを楽しみにしてくれていたそうだ。
「鬼嶋先輩は、寮、ですか?」
「俺ね、近くに一緒に住んでる人がいるから、そこから通ってる。なんかさ、すぐ辞めると思ってたっぽくてさ。寮じゃないから辞めても大丈夫だよって言うからムカついてやめてないんだ。えらくない?」
「え、えらいです」
「へへ、ありがとう。とはいえ、寮にいても辞めちゃう人は辞めちゃうから。ふじ君も、無理しないでね」
「はい」
佳奈多は頷く。慣れてみると、鬼嶋はとても正直な人だった。
この施設は老人介護施設だ。入所している人もだが、働いてる人も色々な年代、性別の人がいる。
働き始めてから佳奈多は、泣かない日はなかった。職員も入所者も、優しい人ばかりではない。声が小さいと怒鳴られ仕事が遅いと怒られる。萎縮してしまう佳奈多は隠れて泣いていた。寮に戻った後も、思い出しては泣いていた。怒られて怖い。できない自分が不甲斐なくて情けなくて辛い。一人の部屋で、抱きしめてくれる人もいない。泣きながら、いつも大翔の声を思い出していた。
『かなちゃん、どうしたの?大丈夫?』
きっと今、大翔も一人、辛く寂しい思いをしている。
(大丈夫、僕は、大丈夫)
佳奈多は何度も、胸の中で大翔に答えた。



3ヶ月が経った。佳奈多はまだまだ仕事に慣れておらず、辞めたいと思う時の方が多い。それでも鬼嶋や優しい職員や可愛がってくれる入所者がいる。退職はもう少しお金を貯めてからと踏ん張っていた。
「すごいね、藤野君!試用期間も終わったし、本当に助かるよ。ゴミ捨てありがとう、よろしくね」
佐藤は佳奈多を見つけるとこまめに声をかけてくれた。ゴミをまとめて近くの職員に声を掛ける。
「ゴミ捨て、行ってきます」
「は~い、お願いね~」
施設の裏手にあるゴミ捨て場にゴミを持って出た。家庭ごみとは違って量が多く、中々手間取る作業だ。それに、まだ初夏のはずなのに外は暑い。空を見上げて佳奈多はため息を付いた。まだあと二袋、まとめて持ってこなければならない。
「かなちゃん」
佳奈多の背後に裏門がある。収集車が入ってくるそこに、見知った人が立っていた。目の下にクマを作り、痩けた頬がとても不健康に見える。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

泣き虫な俺と泣かせたいお前

ことわ子
BL
大学生の八次直生(やつぎすなお)と伊場凛乃介(いばりんのすけ)は幼馴染で腐れ縁。 アパートも隣同士で同じ大学に通っている。 直生にはある秘密があり、嫌々ながらも凛乃介を頼る日々を送っていた。 そんなある日、直生は凛乃介のある現場に遭遇する。

見ぃつけた。

茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは… 他サイトにも公開しています

鬼ごっこ

ハタセ
BL
年下からのイジメにより精神が摩耗していく年上平凡受けと そんな平凡を歪んだ愛情で追いかける年下攻めのお話です。

泣くなといい聞かせて

mahiro
BL
付き合っている人と今日別れようと思っている。 それがきっとお前のためだと信じて。 ※完結いたしました。 閲覧、ブックマークを本当にありがとうございました。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

いとしの生徒会長さま

もりひろ
BL
大好きな親友と楽しい高校生活を送るため、急きょアメリカから帰国した俺だけど、編入した学園は、とんでもなく変わっていた……! しかも、生徒会長になれとか言われるし。冗談じゃねえっつの!

処理中です...