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スマホは新しく登録して前の番号は解約した。佳奈多の父は家を引き払って別の場所に住んでいる。大翔が佳奈多の元に辿り着く手かがりは少ない。怒っているだろうか。悲しんで、泣いているのだろうか。
佳奈多は早々に布団に入った。一人ぼっちの部屋は薄ら寒くて怖い。明日から仕事が始まる。風の音にビクつきながら、佳奈多は眠れない夜を過ごした。
翌日は佐藤と共に施設内を回った。午前中は職員の紹介を受け、午後は設備や仕事内容を紹介される。
「明日からは鬼嶋くんについてまわってね。鬼嶋君、新しく入った藤野君」
「よ、よろしく、お願いします」
佳奈多が頭を下げると、鬼嶋は頷いた。
「さとーさん、やっと新しい人、入ったね」
「施設長って呼んでね。鬼嶋君、せっかく入ってくれたんだから、優しく丁寧に教えてあげてね」
「俺はいつも丁寧だし、優しいよ。でも、年の近い人初めてだから、緊張する…」
「鬼嶋君、人見知りだもんねぇ…ほら、鬼嶋君、挨拶してよ。よろしく、とか、こちらこそ、とか」
鬼嶋は佐藤に頬を膨らませて見せた。鬼嶋は綺麗な顔をしていて、佳奈多は彼を女性だと思った。声と一人称から男性であると気づいた。
「よろしく、藤野君」
歓迎されていないのかと思った佳奈多だが、目をそらした挨拶を受けて、佳奈多はほっと息を吐いた。
「ここってね、施設の周りのお家の家賃が高いんだって。だからここに入社した寮に住んでる人はもう逃げられないんだよ。やり口怖くない?」
佳奈多の教育係である鬼嶋はあっけらかんと言い放つ。一緒に行動するようになって時間が経つと、鬼嶋はとても佳奈多を気づかってくれた。後から佐藤に聞いた話だが、年下の後輩が初めてだったそうで、佳奈多が来ることを楽しみにしてくれていたそうだ。
「鬼嶋先輩は、寮、ですか?」
「俺ね、近くに一緒に住んでる人がいるから、そこから通ってる。なんかさ、すぐ辞めると思ってたっぽくてさ。寮じゃないから辞めても大丈夫だよって言うからムカついてやめてないんだ。えらくない?」
「え、えらいです」
「へへ、ありがとう。とはいえ、寮にいても辞めちゃう人は辞めちゃうから。ふじ君も、無理しないでね」
「はい」
佳奈多は頷く。慣れてみると、鬼嶋はとても正直な人だった。
この施設は老人介護施設だ。入所している人もだが、働いてる人も色々な年代、性別の人がいる。
働き始めてから佳奈多は、泣かない日はなかった。職員も入所者も、優しい人ばかりではない。声が小さいと怒鳴られ仕事が遅いと怒られる。萎縮してしまう佳奈多は隠れて泣いていた。寮に戻った後も、思い出しては泣いていた。怒られて怖い。できない自分が不甲斐なくて情けなくて辛い。一人の部屋で、抱きしめてくれる人もいない。泣きながら、いつも大翔の声を思い出していた。
『かなちゃん、どうしたの?大丈夫?』
きっと今、大翔も一人、辛く寂しい思いをしている。
(大丈夫、僕は、大丈夫)
佳奈多は何度も、胸の中で大翔に答えた。
3ヶ月が経った。佳奈多はまだまだ仕事に慣れておらず、辞めたいと思う時の方が多い。それでも鬼嶋や優しい職員や可愛がってくれる入所者がいる。退職はもう少しお金を貯めてからと踏ん張っていた。
「すごいね、藤野君!試用期間も終わったし、本当に助かるよ。ゴミ捨てありがとう、よろしくね」
佐藤は佳奈多を見つけるとこまめに声をかけてくれた。ゴミをまとめて近くの職員に声を掛ける。
「ゴミ捨て、行ってきます」
「は~い、お願いね~」
施設の裏手にあるゴミ捨て場にゴミを持って出た。家庭ごみとは違って量が多く、中々手間取る作業だ。それに、まだ初夏のはずなのに外は暑い。空を見上げて佳奈多はため息を付いた。まだあと二袋、まとめて持ってこなければならない。
「かなちゃん」
佳奈多の背後に裏門がある。収集車が入ってくるそこに、見知った人が立っていた。目の下にクマを作り、痩けた頬がとても不健康に見える。
佳奈多は早々に布団に入った。一人ぼっちの部屋は薄ら寒くて怖い。明日から仕事が始まる。風の音にビクつきながら、佳奈多は眠れない夜を過ごした。
翌日は佐藤と共に施設内を回った。午前中は職員の紹介を受け、午後は設備や仕事内容を紹介される。
「明日からは鬼嶋くんについてまわってね。鬼嶋君、新しく入った藤野君」
「よ、よろしく、お願いします」
佳奈多が頭を下げると、鬼嶋は頷いた。
「さとーさん、やっと新しい人、入ったね」
「施設長って呼んでね。鬼嶋君、せっかく入ってくれたんだから、優しく丁寧に教えてあげてね」
「俺はいつも丁寧だし、優しいよ。でも、年の近い人初めてだから、緊張する…」
「鬼嶋君、人見知りだもんねぇ…ほら、鬼嶋君、挨拶してよ。よろしく、とか、こちらこそ、とか」
鬼嶋は佐藤に頬を膨らませて見せた。鬼嶋は綺麗な顔をしていて、佳奈多は彼を女性だと思った。声と一人称から男性であると気づいた。
「よろしく、藤野君」
歓迎されていないのかと思った佳奈多だが、目をそらした挨拶を受けて、佳奈多はほっと息を吐いた。
「ここってね、施設の周りのお家の家賃が高いんだって。だからここに入社した寮に住んでる人はもう逃げられないんだよ。やり口怖くない?」
佳奈多の教育係である鬼嶋はあっけらかんと言い放つ。一緒に行動するようになって時間が経つと、鬼嶋はとても佳奈多を気づかってくれた。後から佐藤に聞いた話だが、年下の後輩が初めてだったそうで、佳奈多が来ることを楽しみにしてくれていたそうだ。
「鬼嶋先輩は、寮、ですか?」
「俺ね、近くに一緒に住んでる人がいるから、そこから通ってる。なんかさ、すぐ辞めると思ってたっぽくてさ。寮じゃないから辞めても大丈夫だよって言うからムカついてやめてないんだ。えらくない?」
「え、えらいです」
「へへ、ありがとう。とはいえ、寮にいても辞めちゃう人は辞めちゃうから。ふじ君も、無理しないでね」
「はい」
佳奈多は頷く。慣れてみると、鬼嶋はとても正直な人だった。
この施設は老人介護施設だ。入所している人もだが、働いてる人も色々な年代、性別の人がいる。
働き始めてから佳奈多は、泣かない日はなかった。職員も入所者も、優しい人ばかりではない。声が小さいと怒鳴られ仕事が遅いと怒られる。萎縮してしまう佳奈多は隠れて泣いていた。寮に戻った後も、思い出しては泣いていた。怒られて怖い。できない自分が不甲斐なくて情けなくて辛い。一人の部屋で、抱きしめてくれる人もいない。泣きながら、いつも大翔の声を思い出していた。
『かなちゃん、どうしたの?大丈夫?』
きっと今、大翔も一人、辛く寂しい思いをしている。
(大丈夫、僕は、大丈夫)
佳奈多は何度も、胸の中で大翔に答えた。
3ヶ月が経った。佳奈多はまだまだ仕事に慣れておらず、辞めたいと思う時の方が多い。それでも鬼嶋や優しい職員や可愛がってくれる入所者がいる。退職はもう少しお金を貯めてからと踏ん張っていた。
「すごいね、藤野君!試用期間も終わったし、本当に助かるよ。ゴミ捨てありがとう、よろしくね」
佐藤は佳奈多を見つけるとこまめに声をかけてくれた。ゴミをまとめて近くの職員に声を掛ける。
「ゴミ捨て、行ってきます」
「は~い、お願いね~」
施設の裏手にあるゴミ捨て場にゴミを持って出た。家庭ごみとは違って量が多く、中々手間取る作業だ。それに、まだ初夏のはずなのに外は暑い。空を見上げて佳奈多はため息を付いた。まだあと二袋、まとめて持ってこなければならない。
「かなちゃん」
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