黒い春 本編完結 (BL)

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「なんで、そんなこと…もう、しない。絶対」
突然こんな話をはじめた佳奈多に、大翔の声が少し固くなった。察しの良い大翔に、なにか気づかれてしまうかもしれない。
それでも佳奈多は言わずにいられなかった。彼の前から消える前に、伝えたかった。
大翔のことが好きだから。
「かなちゃん、俺も、かなちゃんが好き。大好き。ごめんね、怖い思いをさせて、ごめん」
大翔の腕が震えている。敏い彼は、きっと佳奈多が怖がっていたことにも気づいていた。大翔は賢い人だ。この先別の誰かに同じようなことはもう、しないだろう。
佳奈多の過去を許してくれなくていい。大翔のしたことをこの先責める気もない。ただ、佳奈多がいなくなった未来に、もしも大翔に大切な人が現れたら。その時は今佳奈多にしてくれているように、大切にしてあげてほしいと思う。同じだけ大翔自身を大切にして、大切にされてほしいと願う。
佳奈多は涙が止まらなかった。大翔が好き。こんな気持ち、気づかなければ良かった。大翔の愛情に怯えて怖がっているままなら、こんなに苦しまなくて済んだのに。
(大丈夫。ひろくんはもう、大丈夫。僕もきっと…大丈夫)
佳奈多は無理矢理笑って大翔の頭を撫でた。



あの花火大会の日からしばらく、大翔は片時も佳奈多から離れなかった。進学をしないと伝えた日から少し緩んでいた大翔の腕は、それ以前のように、強く佳奈多を繋ぎ止めようとしている。
佳奈多は大翔の不安を払拭できるよう、自分から大翔の傍にいるように心がけた。
「大丈夫だよ、ひろくん。僕、ここにいるよ」
何をするにも声をかけて、隣に座る。徐々に大翔の心は落ち着いていった。
その後の模試で、受験をしない佳奈多は別室で待機となった。夏休み前までは模試を受けていたが、夏休みの後から模試の代わりに面談をするようになった。大翔には職員室で待っていると伝えてある。担任を通して施設や父と共に少しずつ就職へ向けて準備を勧めた。
今まで佳奈多は大翔以外の他人との関わりが少なかった。卒業したら、見知らぬ人しかいない社会に出ていくことになる。ますます明確になっていく就職に、不安が募る。
(大丈夫、大丈夫)
佳奈多は自分に言い聞かせた。


入試の日、佳奈多は初めて長時間1人で大翔の家で過ごした。
「ちゃんと、鍵かけてね?来客あっても出ちゃだめだよ?」
まるで子供を相手にしているかのような言い方に、佳奈多は笑って見せた。大事な試験の日に、大翔は佳奈多の心配をしている。佳奈多は大翔に、大丈夫だと声をかけた。今日はまだ、ちゃんと大翔の帰りを待っている。
大翔のいない広い家は静かで、1人で食べる食事は寂しかった。改めて、幼い頃から1人過ごしていた大翔に胸が痛くなる。
佳奈多がいなくなれば、また寂しい思いをすることになる。
1人になるのは佳奈多も同じだ。佳奈多はぐっと食事を噛み締める。佳奈多自身も、孤独に耐えなければならない。


大翔は大学に合格し、引っ越しも終えた。
合格がわかってからというもの、時間さえあれば二人裸でベッドにいた。大翔が求めてくることが多かったが、佳奈多からも大翔を誘った。少しでも長く大翔の熱を感じて、忘れないように体に刻んだ。


入学式も終えて、大翔の帰宅時間は少しずつ伸びていった。
大翔はきちんと大学に通ってくれている。佳奈多が心配だと不安そうにしているが、ぺったりと張り付いて見守るようなことはなくなった。
これから佳奈多のいない大学で、大翔は新しい友達ができたり恋人ができたりするのだろう。幼稚園の頃からずっと、ずっと傍にいた。高校生になって、恋人同士になった。あんなに好意を向けられて怖かったのに、まさか佳奈多も大翔を好きになると、思っていなかった。離れていくことを隠しているのは心苦しかったけど、幸せな時間が過ごせた。
「ただいま、かなちゃん」
帰宅して、佳奈多に笑顔を向けてくれる大翔を出迎えるのが好きだった。これももう、明日で終わる。
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