98 / 153
97
しおりを挟む
「なんで、そんなこと…もう、しない。絶対」
突然こんな話をはじめた佳奈多に、大翔の声が少し固くなった。察しの良い大翔に、なにか気づかれてしまうかもしれない。
それでも佳奈多は言わずにいられなかった。彼の前から消える前に、伝えたかった。
大翔のことが好きだから。
「かなちゃん、俺も、かなちゃんが好き。大好き。ごめんね、怖い思いをさせて、ごめん」
大翔の腕が震えている。敏い彼は、きっと佳奈多が怖がっていたことにも気づいていた。大翔は賢い人だ。この先別の誰かに同じようなことはもう、しないだろう。
佳奈多の過去を許してくれなくていい。大翔のしたことをこの先責める気もない。ただ、佳奈多がいなくなった未来に、もしも大翔に大切な人が現れたら。その時は今佳奈多にしてくれているように、大切にしてあげてほしいと思う。同じだけ大翔自身を大切にして、大切にされてほしいと願う。
佳奈多は涙が止まらなかった。大翔が好き。こんな気持ち、気づかなければ良かった。大翔の愛情に怯えて怖がっているままなら、こんなに苦しまなくて済んだのに。
(大丈夫。ひろくんはもう、大丈夫。僕もきっと…大丈夫)
佳奈多は無理矢理笑って大翔の頭を撫でた。
あの花火大会の日からしばらく、大翔は片時も佳奈多から離れなかった。進学をしないと伝えた日から少し緩んでいた大翔の腕は、それ以前のように、強く佳奈多を繋ぎ止めようとしている。
佳奈多は大翔の不安を払拭できるよう、自分から大翔の傍にいるように心がけた。
「大丈夫だよ、ひろくん。僕、ここにいるよ」
何をするにも声をかけて、隣に座る。徐々に大翔の心は落ち着いていった。
その後の模試で、受験をしない佳奈多は別室で待機となった。夏休み前までは模試を受けていたが、夏休みの後から模試の代わりに面談をするようになった。大翔には職員室で待っていると伝えてある。担任を通して施設や父と共に少しずつ就職へ向けて準備を勧めた。
今まで佳奈多は大翔以外の他人との関わりが少なかった。卒業したら、見知らぬ人しかいない社会に出ていくことになる。ますます明確になっていく就職に、不安が募る。
(大丈夫、大丈夫)
佳奈多は自分に言い聞かせた。
入試の日、佳奈多は初めて長時間1人で大翔の家で過ごした。
「ちゃんと、鍵かけてね?来客あっても出ちゃだめだよ?」
まるで子供を相手にしているかのような言い方に、佳奈多は笑って見せた。大事な試験の日に、大翔は佳奈多の心配をしている。佳奈多は大翔に、大丈夫だと声をかけた。今日はまだ、ちゃんと大翔の帰りを待っている。
大翔のいない広い家は静かで、1人で食べる食事は寂しかった。改めて、幼い頃から1人過ごしていた大翔に胸が痛くなる。
佳奈多がいなくなれば、また寂しい思いをすることになる。
1人になるのは佳奈多も同じだ。佳奈多はぐっと食事を噛み締める。佳奈多自身も、孤独に耐えなければならない。
大翔は大学に合格し、引っ越しも終えた。
合格がわかってからというもの、時間さえあれば二人裸でベッドにいた。大翔が求めてくることが多かったが、佳奈多からも大翔を誘った。少しでも長く大翔の熱を感じて、忘れないように体に刻んだ。
入学式も終えて、大翔の帰宅時間は少しずつ伸びていった。
大翔はきちんと大学に通ってくれている。佳奈多が心配だと不安そうにしているが、ぺったりと張り付いて見守るようなことはなくなった。
これから佳奈多のいない大学で、大翔は新しい友達ができたり恋人ができたりするのだろう。幼稚園の頃からずっと、ずっと傍にいた。高校生になって、恋人同士になった。あんなに好意を向けられて怖かったのに、まさか佳奈多も大翔を好きになると、思っていなかった。離れていくことを隠しているのは心苦しかったけど、幸せな時間が過ごせた。
「ただいま、かなちゃん」
帰宅して、佳奈多に笑顔を向けてくれる大翔を出迎えるのが好きだった。これももう、明日で終わる。
突然こんな話をはじめた佳奈多に、大翔の声が少し固くなった。察しの良い大翔に、なにか気づかれてしまうかもしれない。
それでも佳奈多は言わずにいられなかった。彼の前から消える前に、伝えたかった。
大翔のことが好きだから。
「かなちゃん、俺も、かなちゃんが好き。大好き。ごめんね、怖い思いをさせて、ごめん」
大翔の腕が震えている。敏い彼は、きっと佳奈多が怖がっていたことにも気づいていた。大翔は賢い人だ。この先別の誰かに同じようなことはもう、しないだろう。
佳奈多の過去を許してくれなくていい。大翔のしたことをこの先責める気もない。ただ、佳奈多がいなくなった未来に、もしも大翔に大切な人が現れたら。その時は今佳奈多にしてくれているように、大切にしてあげてほしいと思う。同じだけ大翔自身を大切にして、大切にされてほしいと願う。
佳奈多は涙が止まらなかった。大翔が好き。こんな気持ち、気づかなければ良かった。大翔の愛情に怯えて怖がっているままなら、こんなに苦しまなくて済んだのに。
(大丈夫。ひろくんはもう、大丈夫。僕もきっと…大丈夫)
佳奈多は無理矢理笑って大翔の頭を撫でた。
あの花火大会の日からしばらく、大翔は片時も佳奈多から離れなかった。進学をしないと伝えた日から少し緩んでいた大翔の腕は、それ以前のように、強く佳奈多を繋ぎ止めようとしている。
佳奈多は大翔の不安を払拭できるよう、自分から大翔の傍にいるように心がけた。
「大丈夫だよ、ひろくん。僕、ここにいるよ」
何をするにも声をかけて、隣に座る。徐々に大翔の心は落ち着いていった。
その後の模試で、受験をしない佳奈多は別室で待機となった。夏休み前までは模試を受けていたが、夏休みの後から模試の代わりに面談をするようになった。大翔には職員室で待っていると伝えてある。担任を通して施設や父と共に少しずつ就職へ向けて準備を勧めた。
今まで佳奈多は大翔以外の他人との関わりが少なかった。卒業したら、見知らぬ人しかいない社会に出ていくことになる。ますます明確になっていく就職に、不安が募る。
(大丈夫、大丈夫)
佳奈多は自分に言い聞かせた。
入試の日、佳奈多は初めて長時間1人で大翔の家で過ごした。
「ちゃんと、鍵かけてね?来客あっても出ちゃだめだよ?」
まるで子供を相手にしているかのような言い方に、佳奈多は笑って見せた。大事な試験の日に、大翔は佳奈多の心配をしている。佳奈多は大翔に、大丈夫だと声をかけた。今日はまだ、ちゃんと大翔の帰りを待っている。
大翔のいない広い家は静かで、1人で食べる食事は寂しかった。改めて、幼い頃から1人過ごしていた大翔に胸が痛くなる。
佳奈多がいなくなれば、また寂しい思いをすることになる。
1人になるのは佳奈多も同じだ。佳奈多はぐっと食事を噛み締める。佳奈多自身も、孤独に耐えなければならない。
大翔は大学に合格し、引っ越しも終えた。
合格がわかってからというもの、時間さえあれば二人裸でベッドにいた。大翔が求めてくることが多かったが、佳奈多からも大翔を誘った。少しでも長く大翔の熱を感じて、忘れないように体に刻んだ。
入学式も終えて、大翔の帰宅時間は少しずつ伸びていった。
大翔はきちんと大学に通ってくれている。佳奈多が心配だと不安そうにしているが、ぺったりと張り付いて見守るようなことはなくなった。
これから佳奈多のいない大学で、大翔は新しい友達ができたり恋人ができたりするのだろう。幼稚園の頃からずっと、ずっと傍にいた。高校生になって、恋人同士になった。あんなに好意を向けられて怖かったのに、まさか佳奈多も大翔を好きになると、思っていなかった。離れていくことを隠しているのは心苦しかったけど、幸せな時間が過ごせた。
「ただいま、かなちゃん」
帰宅して、佳奈多に笑顔を向けてくれる大翔を出迎えるのが好きだった。これももう、明日で終わる。
61
お気に入りに追加
94
あなたにおすすめの小説
泣き虫な俺と泣かせたいお前
ことわ子
BL
大学生の八次直生(やつぎすなお)と伊場凛乃介(いばりんのすけ)は幼馴染で腐れ縁。
アパートも隣同士で同じ大学に通っている。
直生にはある秘密があり、嫌々ながらも凛乃介を頼る日々を送っていた。
そんなある日、直生は凛乃介のある現場に遭遇する。

見ぃつけた。
茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは…
他サイトにも公開しています


学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
いとしの生徒会長さま
もりひろ
BL
大好きな親友と楽しい高校生活を送るため、急きょアメリカから帰国した俺だけど、編入した学園は、とんでもなく変わっていた……!
しかも、生徒会長になれとか言われるし。冗談じゃねえっつの!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる