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それからまた穏やかな日々が続いた。受験はしないものの、卒業はしなければならない。佳奈多は毎日大翔と勉強をした。大翔は塾に通わず、家庭教師を呼んでいるわけでもないのに首席だった。どういう脳の構造をしているのか不思議だが、大翔は精神の安定が成績に反映するようだ。嘘をついて心苦しいが、傍にいると言って良かったと、佳奈多は思った。
ただ、佳奈多は担任と話せずにいた。大翔がいては就職について話ができない。それは担任も同じだったようで、時々目が合った。話ができないまま、体育祭がやってきた。
その年は佳奈多からお願いして、大翔にリレーに参加してもらった。大翔がリレーに参加している間は教員の席にお邪魔すると提案すると、大翔はやっと承諾してくれた。
「必ず、藤野君を見守って下さい」
担任に威圧的な大翔にハラハラしたが、体育祭当日、大翔がリレーの間だけ佳奈多は教員席にいた。これで担任と話ができる。それだけではなく、去年は見ていることができなかった大翔が見られる。
佳奈多はトラックを見つめながら、背後に立つ担任の話に耳を傾けた。
「藤野君。就職の件、お父様に伝えて承諾していたよ。就職先は学校と君に任せるそうだ。松本君のお父様にも伝えてある」
「あ、ありがとう、ございます。あの、就職先、は…」
「寮付きとなると建設関係や運送業があった。藤野君は力仕事はできそうか?」
「じ、自信、ないです…」
「そうか…いや、すまんが、藤野君には無理かなと思った。あとは病院や介護施設だ。力仕事だし、寮付きとなると夜勤業務が必須なようだが、無資格でできる仕事があるそうだ。こちらならどうだろう」
「あ、ぅ!はいっ!興味、あります!」
佳奈多は思わず振り返って担任に答えた。今まで佳奈多もスマホで検索をかけてみたが、屋外での力仕事の職場が多かった。甘いことは言っていられないにしても、小柄で体力に自信のない佳奈多は働けるかどうか不安だった。担任は大きく頷いてトラックを指さした。
「わかった。前を見ててくれ、松本君に悟られると困る…どんな職種か、資料をまとめておく」
「はい…ありがとう、ござい、ます」
担任が指さした先に大翔がいる。改めて視線を合わせると、大翔が手を振った。佳奈多も振り返す。まっすぐ愛情を向けてくれる大翔に、嘘をついていて心苦しい。
もうすぐアンカーの大翔が走る。佳奈多は今か今かと待っていた。いつも体育の授業での大翔は佳奈多に合わせてくれていた。今日は、全力で走ってほしい。
ついに大翔の番になり、佳奈多は食い入るようにトラックを見つめた。タスキを受け取った大翔が駆け抜けていく。応援の生徒達も、絶叫を上げていた。大翔の前に、3人走っている。
「が、んばれ、がんばれ、ひろくん、」
(頑張れ!)
佳奈多は自分のジャージを握りしめて大翔を見つめた。1人、また1人追い抜き、最後は接戦だった。そしてついに、1位でゴールテープを切った。
まさか1位になるなんて思わなかった。佳奈多は、運動が得意な大翔にもっと競技に参加してもらいたかった。何にも囚われずに、得意な運動競技で目一杯力を発揮して欲しい。
運動に限らず大翔には、佳奈多に縛られてほしくない。
いつだって大翔は期待されるよりも一つ上をいく。多くの生徒に囲まれて称賛を受ける大翔はまるで英雄だった。大翔は人の波をわけて佳奈多に駆け寄ってくる。
「かなちゃん、見てた?」
微笑む大翔に、佳奈多は何度も何度も頷いた。佳奈多はちゃんと、大翔の走りを見ていた。走る姿は美しくすらあった。
(やっぱりひろくん、王子様みたいだ)
異性も、同性すら魅了する。どうしてこんな人が自分を大事にしてくれるのか、佳奈多はわからなかった。大翔の父の秘書の言葉を思い出す。
『大翔様はいずれ結婚し、子を成していただかなければなりません』
ただ、佳奈多は担任と話せずにいた。大翔がいては就職について話ができない。それは担任も同じだったようで、時々目が合った。話ができないまま、体育祭がやってきた。
その年は佳奈多からお願いして、大翔にリレーに参加してもらった。大翔がリレーに参加している間は教員の席にお邪魔すると提案すると、大翔はやっと承諾してくれた。
「必ず、藤野君を見守って下さい」
担任に威圧的な大翔にハラハラしたが、体育祭当日、大翔がリレーの間だけ佳奈多は教員席にいた。これで担任と話ができる。それだけではなく、去年は見ていることができなかった大翔が見られる。
佳奈多はトラックを見つめながら、背後に立つ担任の話に耳を傾けた。
「藤野君。就職の件、お父様に伝えて承諾していたよ。就職先は学校と君に任せるそうだ。松本君のお父様にも伝えてある」
「あ、ありがとう、ございます。あの、就職先、は…」
「寮付きとなると建設関係や運送業があった。藤野君は力仕事はできそうか?」
「じ、自信、ないです…」
「そうか…いや、すまんが、藤野君には無理かなと思った。あとは病院や介護施設だ。力仕事だし、寮付きとなると夜勤業務が必須なようだが、無資格でできる仕事があるそうだ。こちらならどうだろう」
「あ、ぅ!はいっ!興味、あります!」
佳奈多は思わず振り返って担任に答えた。今まで佳奈多もスマホで検索をかけてみたが、屋外での力仕事の職場が多かった。甘いことは言っていられないにしても、小柄で体力に自信のない佳奈多は働けるかどうか不安だった。担任は大きく頷いてトラックを指さした。
「わかった。前を見ててくれ、松本君に悟られると困る…どんな職種か、資料をまとめておく」
「はい…ありがとう、ござい、ます」
担任が指さした先に大翔がいる。改めて視線を合わせると、大翔が手を振った。佳奈多も振り返す。まっすぐ愛情を向けてくれる大翔に、嘘をついていて心苦しい。
もうすぐアンカーの大翔が走る。佳奈多は今か今かと待っていた。いつも体育の授業での大翔は佳奈多に合わせてくれていた。今日は、全力で走ってほしい。
ついに大翔の番になり、佳奈多は食い入るようにトラックを見つめた。タスキを受け取った大翔が駆け抜けていく。応援の生徒達も、絶叫を上げていた。大翔の前に、3人走っている。
「が、んばれ、がんばれ、ひろくん、」
(頑張れ!)
佳奈多は自分のジャージを握りしめて大翔を見つめた。1人、また1人追い抜き、最後は接戦だった。そしてついに、1位でゴールテープを切った。
まさか1位になるなんて思わなかった。佳奈多は、運動が得意な大翔にもっと競技に参加してもらいたかった。何にも囚われずに、得意な運動競技で目一杯力を発揮して欲しい。
運動に限らず大翔には、佳奈多に縛られてほしくない。
いつだって大翔は期待されるよりも一つ上をいく。多くの生徒に囲まれて称賛を受ける大翔はまるで英雄だった。大翔は人の波をわけて佳奈多に駆け寄ってくる。
「かなちゃん、見てた?」
微笑む大翔に、佳奈多は何度も何度も頷いた。佳奈多はちゃんと、大翔の走りを見ていた。走る姿は美しくすらあった。
(やっぱりひろくん、王子様みたいだ)
異性も、同性すら魅了する。どうしてこんな人が自分を大事にしてくれるのか、佳奈多はわからなかった。大翔の父の秘書の言葉を思い出す。
『大翔様はいずれ結婚し、子を成していただかなければなりません』
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