黒い春 本編完結 (BL)

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やっぱり間違えたかもしれない。山田と仲良くしないでと頼まなければ良かった。必死な山田を見て、佳奈多は後悔の念に苛まれた。彼はそれだけ大翔に好意を抱いている。山田の大翔に対する想いの大きさに、佳奈多は自分の行動の軽率さを責められているような気がした。
やっと放課後になり、帰路につけば山田から開放されると思っていた矢先、一番会いたくない人間達が姿を現した。山田は取り巻きを連れてやってきた。取り巻きは教室に残っていた生徒達を追い出した。まさかあの『松本大翔』に対して、彼らがこんな行動に出るとは思いもしなかった。
彼らが佳奈多を蹂躙しようとしていることを口に出してしまうのではないか。その懸念は一瞬で吹き飛んだ。多分、今日一日の苛立ちも重なったのだろう。大翔は山田の髪を掴んで引き上げた。真っ青になって震える山田に、佳奈多は大翔の背中にしがみついた。大翔は山田を投げ捨てた。
「返すよ。もういらない。それとな、山田。俺を下の名前で呼ぶな。気持ち悪い」
大翔の言葉で、教室に暴力的な空気が満ちる。恐怖が佳奈多を支配していく。どうしたらいいかわからず、大翔の制服を掴んだままの佳奈多の目の前にぐっと大翔の背中が近づいた。目の前いっぱいに大翔の背中が広がって、何が起きたのかわからなかった。取り巻きの意気込む声のあとすぐ、鈍い音と共に倒れ込むような音が二回聞こえた。大翔が佳奈多の手を外し、数歩歩いて佳奈多から遠ざかる。二人、倒れ込んでいるのが見えた。大翔の前には取り巻きがあと一人と、山田がいる。佳奈多は山田に近づこうとする大翔を止めた。
大翔は昔から空手を習っていて、武術の心得がある。まさかこんなに強いとは知らなかった。体格の良い彼らに対して臆することなく攻撃を叩き込み、その上倒してしまった。倒れた彼らは身動き一つしていない。
「ごめん、かなちゃん。怖かったね」
振り向いた大翔は優しく笑った。大翔が体から力を抜いたのがわかった。このまま、大翔が彼らの命を奪ってしまうのではないかとすら思えたが、落ち着いてくれたようだ。
「いやーっ！」
安堵した佳奈多は山田の絶叫に、また体を固くした。
山田は佳奈多に突っ込んできた。何が起きたのかわからなかったが、気づいた時には山田が佳奈多に覆いかぶさっていた。幸い、頭はぶつけずに済んだが、憎しみの籠もった山田の瞳に射殺されるような気がした。　
「お前、お前がいるから！大翔様っ私を、見てくれなっ…俺の、俺のものだ！大翔様は、俺のぉおおっ！」
すぐさま山田は引き剥がされた。引き剥がした大翔からは、今までの比じゃない怒りを感じた。
佳奈多は体を起こしてそのまま山田に飛びついた。山田はそう体が大きくはない。しかし男子高校生なのでとても小さいわけでもない。そんな山田を大翔は軽々持ち上げていた。床に、振り下ろそうとしている。大翔のしようとしていることに佳奈多はすぐに気がついた。
自分の体がクッションになればいいと、山田ともつれながら倒れ込む。山田と床に転がった佳奈多は目の前の山田の耳に急いで小声で伝えた。
「逃げて」
佳奈多は大翔に体を引かれて抱き起こされる。佳奈多はなんとか自分の足で立ち、大翔に抱きつきながら山田と距離を取った。大翔に帰ろうと伝えながら山田を見る。
「ひろくん、僕の、ぼくのだから、もう、ち、近づかないで」
早く逃げて。
大翔は佳奈多のものであり、佳奈多は既に大翔のものになっている。意識のある取り巻きと山田に佳奈多は訴えた。大翔は山田を許さない。もう、山田は大翔に近づかないほうがいい。取り巻きも、大翔のものになった自分に手は出さないでほしい。次はきっと、今日の仕打ちでは済まなくなる。
山田はその場に座り込んだ。山田も取り巻きも俯いて、もう動く気力もないようだ。
佳奈多は大翔に抱き上げられた。