黒い春 本編完結 (BL)

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大翔の父をどうにか言いくるめて高校も大学も佳奈多の学費を出させることはできるだろう。大翔は実の父親を使うことにはなんの罪悪感もない。しかしそれは佳奈多が良しとしなかった。
『学費も必要なお金も、お父さんから貰う』
必要な時は一緒に佳奈多の自宅に行って大翔が佳奈多の父親と話をした。今でも佳奈多の父は大翔に対して怯えた顔をする。あの時殴りかかったことが尾を引いているのか、松本頭取の息子の大翔に恐れをなしているのかはわからない。担任がいるとはいえ、今日のように大翔抜きで佳奈多が父親と顔を合わせる事がなかった。
大翔は心配で仕方がなかった。佳奈多が怯えていないか。怖い思いをしていないか。時計を睨みながら時間が過ぎるのを待つ。ようやく部屋の扉が開いた。
「あぁ、松本君。藤野なら中に」
大翔は部屋に飛び込んだ。佳奈多と佳奈多の父は並んで腰掛けていた。驚く二人に、大翔は佳奈多の腕を取った。
「かなちゃん、平気?行こう」
「ひ、ひろくん、ある、歩けるよ、大丈夫だから」
抱き上げようとしたが、佳奈多が首を振って嫌がった。大翔は無理に抱えあげるのを諦めて佳奈多を待つ。同じように立ち上がろうとした佳奈多の父を、大翔は止めた。
「座ってて下さい」
佳奈多の父はびくりと震え上がって再びソファに腰掛ける。大翔は立ち上がった佳奈多の手を取り、握りしめた。
「あ、ぅ…か、佳奈多!」
部屋を出ようとして、突然の大声に驚いて振り返った。佳奈多はびくりと体を震わせて立ち止まる。佳奈多の父はこちらに背を向けたままだった。
「げ、元気、か?…母さん、帰って、来ないんだ」
誰のせいで、佳奈多の母は消えたのか。ほかでもない、アンタのせいだ。
大翔は腹から怒りが吹き上がった。どういうつもりで佳奈多にそんな話をしたのか。佳奈多が声を上げた。
「ひろくん、いこ、かえろ、ね?だ、大丈夫だから、ぼく、大丈夫だから」
佳奈多は大翔の胸に抱きついた。佳奈多は言いながら、大翔を扉へと押している。佳奈多の父は体を丸めて震えていた。
「か、かえろう、ひろくん、今日の…ご飯、何かなぁ」
大翔は佳奈多に押し出される形で部屋を出た、大翔は佳奈多を抱きしめて昂ぶる気持ちを抑える。
「だ、大丈夫だよ、ひろくん。なにも、なかったから。大丈夫、大丈夫」
佳奈多に背中を叩かれて、大翔はやっと落ち着いた。佳奈多の体温を感じながら匂いを胸いっぱいに吸い込む。
大丈夫、大丈夫。
佳奈多の声が脳に溶けていく。大翔は体の力を抜いた。少しだけ佳奈多に体を預ける。
「あ…ひろくん、お、重い…」
「…ごめん。鞄、取りに行こうか」
佳奈多は大翔の顔を見て笑った。
「ひろくん、変な顔」
佳奈多の父への苛立ちが顔に出ていたのだろうか。否定したら佳奈多はますます笑った。楽しそうに笑う佳奈多に、面談で怖いことはなかったのだと知る。大翔は少し不貞腐れながら、内心安堵する。
佳奈多も大翔も、鞄は教室に置いてきた。二人で教室に向かってから家路につく。帰宅しながら、帰宅してからも面談や進路について佳奈多に聞いてみるが、まだどこの大学にするか迷っていて、父親を交えた相談でも答えは出なかったそうだ。大翔は佳奈多の興味のありそうな大学や学部も提示してみたが、佳奈多は困った顔で笑うだけだった。
どこにいくにしても、大翔は同じところへ行く。どこでもいいように成績は落とさないようにしなければならない。道を示してあげられない自分に、大翔はもどかしさを感じた。



それからいくつかイベントが終わり、また夏休みがやってきた。お盆に母の墓参りも行った。それまでも何度か訪れていたが、毎回佳奈多は小さくしゃがみこんで、長く手を合わせてくれる。そんな佳奈多の姿を見るのが好きだった。目を開けて小さく息を吐く佳奈多に声を掛ける。
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