黒い春 本編完結 (BL)

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どうやら大きな音が怖いらしい。通りに露店も出るので見に行ってみようかと思ったが、外に出るのはやめておいたほうが良さそうだ。大翔は自宅から見えるので外に出たことがない。どれほど大きな音なのだろうか。
その日は時間が経つにつれて佳奈多の顔色は悪くなっていった。ここはそんなに大きな音はしないと伝えても、佳奈多は頷いて俯いてしまう。
「…でもここ、高くて、花火に近いから、きっと音も、大きいよ…」
「うーん…じゃあ、ヘッドフォンしてみる?」
スマホから音楽を流して渡すと、佳奈多はすぐにヘッドフォンを装着した。まだ花火が上がるまでは時間があるのだが、相当怖いらしい。外の音は完全に遮断されたらしく、それから佳奈多は声をかけても反応しなくなった。仕方なく肩を叩くと、佳奈多は体を跳ね上げて、ひどく驚いてこちらを見た。
「ひっ…、ひろく…」
「………外しとこ、かなちゃ…まだ、始まんない、から」
「わ、わら、笑い、過…び、びっくり、した」
佳奈多は目を丸くしたまま胸を抑えた。まだドキドキしているようだ。大翔はこらえきれず、声を上げて笑った。
花火大会が始まった。ヘッドフォンをつけてもまだ怯えていた佳奈多は、目を見開いて窓の外を見た。大翔の家は遮るものがなく花火がよく見える。リビングの灯りの明度を落とすと部屋中に花火の輝きが飛び散る。
「す…すご…すごい、すごいね、ひろくん!すごい!」
佳奈多は大声で叫んだ。自分の声が聞こえていなくて声量がわからないようだ。大翔はヘッドフォンを指さして少し外す。
「ちょっと、花火の音聞いてみて」
佳奈多の耳元に声をかけると、佳奈多は少し迷ってヘッドフォンを外した。部屋が光るたびに怯えて体を固くしていたが、次第に力を抜いていく。さすがに無音とまではいかないが、花火の音は小さく、遠く聞こえる。
佳奈多は食い入るように花火を見ていた。見開いた瞳に花火が反射して輝いている。とても美しかった。大翔は花火ではなく佳奈多を眺めていた。
ダイニングの椅子を窓に向けて並べて、二人で花火を眺める。
ずっとこのまま。時が止まったらいいと大翔は願った。


それからは毎日、幸せで穏やかな日々が続いた。時には佳奈多や自分にちょっかいをかけてくる輩もいたが、些末なことだった。穏やかな日々に心も落ち着いて、何度か試験で学年総合一位を取ることもできた。
学年が上がっても、温かくて甘い日々は続いた。愛する佳奈多と寝食を共にして学校に通うのもどこに行くのもいつも一緒だった。大翔に対して柔らかに笑う佳奈多は、本当に大翔を想っていてくれていたと思う。
幸せだったあの頃を思うと、いつも胸が熱くなる。
本当に幸せだった。


2年生になり、進学についての面談があった。秘書を通して父には志望校を伝えてある。担任へは秘書から話をし、大翔はそれで済んだ。
問題は佳奈多だ。佳奈多はまだ志望校が決まっていない。この学校の人間のほぼ全員が進学をする。最近では成績も学年で見ると真ん中より上にいて、ある程度の大学を受けられると思うが、佳奈多は迷っているようだった。
『お父さん、なんて、言うかなぁ…』
本当なら父親と話し合うべきことなのだろう。佳奈多の進学先が決まれば、大翔は佳奈多と同じ進学先に進むつもりだった。今は父も教師も納得するであろう大学を提示している。
佳奈多の父親が学校に訪れていた。佳奈多は大丈夫だと笑ったが、手が震えていた。大翔は面談室の外で二人を待つ。こんな時、大翔は己の無力さを痛感する。佳奈多の父親はあくまでもあの男だ。未成年のうちは、こうした選択には親がつきまとう。
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