64 / 152
63
しおりを挟む
どうやら大きな音が怖いらしい。通りに露店も出るので見に行ってみようかと思ったが、外に出るのはやめておいたほうが良さそうだ。大翔は自宅から見えるので外に出たことがない。どれほど大きな音なのだろうか。
その日は時間が経つにつれて佳奈多の顔色は悪くなっていった。ここはそんなに大きな音はしないと伝えても、佳奈多は頷いて俯いてしまう。
「…でもここ、高くて、花火に近いから、きっと音も、大きいよ…」
「うーん…じゃあ、ヘッドフォンしてみる?」
スマホから音楽を流して渡すと、佳奈多はすぐにヘッドフォンを装着した。まだ花火が上がるまでは時間があるのだが、相当怖いらしい。外の音は完全に遮断されたらしく、それから佳奈多は声をかけても反応しなくなった。仕方なく肩を叩くと、佳奈多は体を跳ね上げて、ひどく驚いてこちらを見た。
「ひっ…、ひろく…」
「………外しとこ、かなちゃ…まだ、始まんない、から」
「わ、わら、笑い、過…び、びっくり、した」
佳奈多は目を丸くしたまま胸を抑えた。まだドキドキしているようだ。大翔はこらえきれず、声を上げて笑った。
花火大会が始まった。ヘッドフォンをつけてもまだ怯えていた佳奈多は、目を見開いて窓の外を見た。大翔の家は遮るものがなく花火がよく見える。リビングの灯りの明度を落とすと部屋中に花火の輝きが飛び散る。
「す…すご…すごい、すごいね、ひろくん!すごい!」
佳奈多は大声で叫んだ。自分の声が聞こえていなくて声量がわからないようだ。大翔はヘッドフォンを指さして少し外す。
「ちょっと、花火の音聞いてみて」
佳奈多の耳元に声をかけると、佳奈多は少し迷ってヘッドフォンを外した。部屋が光るたびに怯えて体を固くしていたが、次第に力を抜いていく。さすがに無音とまではいかないが、花火の音は小さく、遠く聞こえる。
佳奈多は食い入るように花火を見ていた。見開いた瞳に花火が反射して輝いている。とても美しかった。大翔は花火ではなく佳奈多を眺めていた。
ダイニングの椅子を窓に向けて並べて、二人で花火を眺める。
ずっとこのまま。時が止まったらいいと大翔は願った。
それからは毎日、幸せで穏やかな日々が続いた。時には佳奈多や自分にちょっかいをかけてくる輩もいたが、些末なことだった。穏やかな日々に心も落ち着いて、何度か試験で学年総合一位を取ることもできた。
学年が上がっても、温かくて甘い日々は続いた。愛する佳奈多と寝食を共にして学校に通うのもどこに行くのもいつも一緒だった。大翔に対して柔らかに笑う佳奈多は、本当に大翔を想っていてくれていたと思う。
幸せだったあの頃を思うと、いつも胸が熱くなる。
本当に幸せだった。
2年生になり、進学についての面談があった。秘書を通して父には志望校を伝えてある。担任へは秘書から話をし、大翔はそれで済んだ。
問題は佳奈多だ。佳奈多はまだ志望校が決まっていない。この学校の人間のほぼ全員が進学をする。最近では成績も学年で見ると真ん中より上にいて、ある程度の大学を受けられると思うが、佳奈多は迷っているようだった。
『お父さん、なんて、言うかなぁ…』
本当なら父親と話し合うべきことなのだろう。佳奈多の進学先が決まれば、大翔は佳奈多と同じ進学先に進むつもりだった。今は父も教師も納得するであろう大学を提示している。
佳奈多の父親が学校に訪れていた。佳奈多は大丈夫だと笑ったが、手が震えていた。大翔は面談室の外で二人を待つ。こんな時、大翔は己の無力さを痛感する。佳奈多の父親はあくまでもあの男だ。未成年のうちは、こうした選択には親がつきまとう。
その日は時間が経つにつれて佳奈多の顔色は悪くなっていった。ここはそんなに大きな音はしないと伝えても、佳奈多は頷いて俯いてしまう。
「…でもここ、高くて、花火に近いから、きっと音も、大きいよ…」
「うーん…じゃあ、ヘッドフォンしてみる?」
スマホから音楽を流して渡すと、佳奈多はすぐにヘッドフォンを装着した。まだ花火が上がるまでは時間があるのだが、相当怖いらしい。外の音は完全に遮断されたらしく、それから佳奈多は声をかけても反応しなくなった。仕方なく肩を叩くと、佳奈多は体を跳ね上げて、ひどく驚いてこちらを見た。
「ひっ…、ひろく…」
「………外しとこ、かなちゃ…まだ、始まんない、から」
「わ、わら、笑い、過…び、びっくり、した」
佳奈多は目を丸くしたまま胸を抑えた。まだドキドキしているようだ。大翔はこらえきれず、声を上げて笑った。
花火大会が始まった。ヘッドフォンをつけてもまだ怯えていた佳奈多は、目を見開いて窓の外を見た。大翔の家は遮るものがなく花火がよく見える。リビングの灯りの明度を落とすと部屋中に花火の輝きが飛び散る。
「す…すご…すごい、すごいね、ひろくん!すごい!」
佳奈多は大声で叫んだ。自分の声が聞こえていなくて声量がわからないようだ。大翔はヘッドフォンを指さして少し外す。
「ちょっと、花火の音聞いてみて」
佳奈多の耳元に声をかけると、佳奈多は少し迷ってヘッドフォンを外した。部屋が光るたびに怯えて体を固くしていたが、次第に力を抜いていく。さすがに無音とまではいかないが、花火の音は小さく、遠く聞こえる。
佳奈多は食い入るように花火を見ていた。見開いた瞳に花火が反射して輝いている。とても美しかった。大翔は花火ではなく佳奈多を眺めていた。
ダイニングの椅子を窓に向けて並べて、二人で花火を眺める。
ずっとこのまま。時が止まったらいいと大翔は願った。
それからは毎日、幸せで穏やかな日々が続いた。時には佳奈多や自分にちょっかいをかけてくる輩もいたが、些末なことだった。穏やかな日々に心も落ち着いて、何度か試験で学年総合一位を取ることもできた。
学年が上がっても、温かくて甘い日々は続いた。愛する佳奈多と寝食を共にして学校に通うのもどこに行くのもいつも一緒だった。大翔に対して柔らかに笑う佳奈多は、本当に大翔を想っていてくれていたと思う。
幸せだったあの頃を思うと、いつも胸が熱くなる。
本当に幸せだった。
2年生になり、進学についての面談があった。秘書を通して父には志望校を伝えてある。担任へは秘書から話をし、大翔はそれで済んだ。
問題は佳奈多だ。佳奈多はまだ志望校が決まっていない。この学校の人間のほぼ全員が進学をする。最近では成績も学年で見ると真ん中より上にいて、ある程度の大学を受けられると思うが、佳奈多は迷っているようだった。
『お父さん、なんて、言うかなぁ…』
本当なら父親と話し合うべきことなのだろう。佳奈多の進学先が決まれば、大翔は佳奈多と同じ進学先に進むつもりだった。今は父も教師も納得するであろう大学を提示している。
佳奈多の父親が学校に訪れていた。佳奈多は大丈夫だと笑ったが、手が震えていた。大翔は面談室の外で二人を待つ。こんな時、大翔は己の無力さを痛感する。佳奈多の父親はあくまでもあの男だ。未成年のうちは、こうした選択には親がつきまとう。
71
お気に入りに追加
94
あなたにおすすめの小説
泣き虫な俺と泣かせたいお前
ことわ子
BL
大学生の八次直生(やつぎすなお)と伊場凛乃介(いばりんのすけ)は幼馴染で腐れ縁。
アパートも隣同士で同じ大学に通っている。
直生にはある秘密があり、嫌々ながらも凛乃介を頼る日々を送っていた。
そんなある日、直生は凛乃介のある現場に遭遇する。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
その捕虜は牢屋から離れたくない
さいはて旅行社
BL
敵国の牢獄看守や軍人たちが大好きなのは、鍛え上げられた筋肉だった。
というわけで、剣や体術の訓練なんか大嫌いな魔導士で細身の主人公は、同僚の脳筋騎士たちとは違い、敵国の捕虜となっても平穏無事な牢屋生活を満喫するのであった。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
いとしの生徒会長さま
もりひろ
BL
大好きな親友と楽しい高校生活を送るため、急きょアメリカから帰国した俺だけど、編入した学園は、とんでもなく変わっていた……!
しかも、生徒会長になれとか言われるし。冗談じゃねえっつの!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
【完結】運命さんこんにちは、さようなら
ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。
とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。
==========
完結しました。ありがとうございました。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
執着攻めと平凡受けの短編集
松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。
疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。
基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる