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人見知りな佳奈多は第三者の存在に怯えて戸惑っていたが、その内慣れたようだ。うつむいて何も言わなくなった。試し行動をするようになる以前の佳奈多に戻った気がした。姫を迎えて良かったのだと思った。
「松本様、父が出張先でお菓子を買ってきたんです。チョコレートなんですけど…いかがですか?」
「いらない。…かなちゃんは?食べる?」
大翔は甘いものが好きな佳奈多に声を掛ける。佳奈多は黙って首を横に振った。大翔は彼にお菓子を下げさせた。
姫はめげずに、甲斐甲斐しく大翔の世話をした。
「松本様、お疲れになっていませんか?マッサージ、いたしますね」
「松本様、お飲み物、お持ちしましょうか」
姫は佳奈多に対して世話を焼くことはなかったが、当たらず触らず、距離を置いてそばにいた。佳奈多に対して暴言を吐いたり暴力を振るうことはなかった。
それからまた少し経ち、体育祭が開催された。例年は秋に開催されるが、まだ梅雨の開けきらぬ時期に開催された。学長の退任の関係だそうだ。本当にくだらない。
いつもは佳奈多と同じ競技にしか出ない大翔だったが、リレーに出ることになった。来年度は学長が交代するため、現学長にとって最後の体育祭となる。華を添えるために大翔に出場してほしいと依頼があったらしい。秘書からの話だった。いつもなら無碍に断る大翔だが、今は姫がいる。競技の間、佳奈多を一人にしても大丈夫だろう。父と秘書に恩を売るために今回は承諾した。
あの松本大翔が競技に参加していると大きな騒ぎになった。トラックの周辺は人だかりができている。果たして学長から見えていたのだろうか。大翔は適当に手を抜いて競技を終えた。大翔は1位で、チームも1位だった。忖度があったのだろう。
しかし、これだけ注目を集めたなら役目は果たしたはずだ。何もかもがどうでもいい。
佳奈多の元に戻ると、姫は立ち上がってタオルを差し出した。
「大翔様!とても、素敵でした…!」
いつも控えめな姫が珍しく高揚している。大翔はタオルを受け取らず、うつむく佳奈多に声をかけた。
「かなちゃん、どうした?具合悪い?」
佳奈多が少し震えている気がする。うつむく佳奈多の表情は見えない。佳奈多はうつむいたまま首を横に振った。佳奈多は膝を抱えて小さくなって座っている。
「私、保健室にお連れしましょうか?」
姫が声をかけてきた。佳奈多は何度も首を横に振った。
大翔は姫からタオルを取って佳奈多の隣に腰掛ける。佳奈多の体調は気になるが、保健室に行きたくないのではどうしようもない。姫は佳奈多とは逆側の大翔の隣に座る。姫はひどく興奮していて、大翔を称賛する言葉を並べ立てている。大翔はそれを聞き流しながら、体育祭が終わるのをぼんやりと待っていた。
それから二週間後。まさかあんなことが起きるなんて、この時の大翔は想像もしていなかった。
体育祭から二週間が過ぎた金曜日の夜。大翔は風呂を終えて、先にベッドに入ってスマホを操作していた。姫からの連絡を無視し、スマホを充電してベッドの脇に置く。佳奈多は風呂に入っている。最近は佳奈多も家に慣れたらしい。もう脱衣所にいなくてもいいか尋ねたら、佳奈多は頷いた。佳奈多が風呂に入る間、大翔はリビングにいたり寝室にいたりして、勉強をしたりスマホをいじったりして時間を過ごした。
大翔はため息をついた。
幸せなはずなのに、同じ空間にいるのに佳奈多との距離が遠い。
どうしてもあの日の、見知らぬ男と会話していた佳奈多を思い出してしまう。同じ空間にいても、大翔と佳奈多はほとんど会話なく日々を過ごしていた。佳奈多が風呂やトイレに籠もっても、体調の心配はしてもそれ以上触れることはなかった。
大翔は眠ることにした。もう、なにも考えたくなかった。
「松本様、父が出張先でお菓子を買ってきたんです。チョコレートなんですけど…いかがですか?」
「いらない。…かなちゃんは?食べる?」
大翔は甘いものが好きな佳奈多に声を掛ける。佳奈多は黙って首を横に振った。大翔は彼にお菓子を下げさせた。
姫はめげずに、甲斐甲斐しく大翔の世話をした。
「松本様、お疲れになっていませんか?マッサージ、いたしますね」
「松本様、お飲み物、お持ちしましょうか」
姫は佳奈多に対して世話を焼くことはなかったが、当たらず触らず、距離を置いてそばにいた。佳奈多に対して暴言を吐いたり暴力を振るうことはなかった。
それからまた少し経ち、体育祭が開催された。例年は秋に開催されるが、まだ梅雨の開けきらぬ時期に開催された。学長の退任の関係だそうだ。本当にくだらない。
いつもは佳奈多と同じ競技にしか出ない大翔だったが、リレーに出ることになった。来年度は学長が交代するため、現学長にとって最後の体育祭となる。華を添えるために大翔に出場してほしいと依頼があったらしい。秘書からの話だった。いつもなら無碍に断る大翔だが、今は姫がいる。競技の間、佳奈多を一人にしても大丈夫だろう。父と秘書に恩を売るために今回は承諾した。
あの松本大翔が競技に参加していると大きな騒ぎになった。トラックの周辺は人だかりができている。果たして学長から見えていたのだろうか。大翔は適当に手を抜いて競技を終えた。大翔は1位で、チームも1位だった。忖度があったのだろう。
しかし、これだけ注目を集めたなら役目は果たしたはずだ。何もかもがどうでもいい。
佳奈多の元に戻ると、姫は立ち上がってタオルを差し出した。
「大翔様!とても、素敵でした…!」
いつも控えめな姫が珍しく高揚している。大翔はタオルを受け取らず、うつむく佳奈多に声をかけた。
「かなちゃん、どうした?具合悪い?」
佳奈多が少し震えている気がする。うつむく佳奈多の表情は見えない。佳奈多はうつむいたまま首を横に振った。佳奈多は膝を抱えて小さくなって座っている。
「私、保健室にお連れしましょうか?」
姫が声をかけてきた。佳奈多は何度も首を横に振った。
大翔は姫からタオルを取って佳奈多の隣に腰掛ける。佳奈多の体調は気になるが、保健室に行きたくないのではどうしようもない。姫は佳奈多とは逆側の大翔の隣に座る。姫はひどく興奮していて、大翔を称賛する言葉を並べ立てている。大翔はそれを聞き流しながら、体育祭が終わるのをぼんやりと待っていた。
それから二週間後。まさかあんなことが起きるなんて、この時の大翔は想像もしていなかった。
体育祭から二週間が過ぎた金曜日の夜。大翔は風呂を終えて、先にベッドに入ってスマホを操作していた。姫からの連絡を無視し、スマホを充電してベッドの脇に置く。佳奈多は風呂に入っている。最近は佳奈多も家に慣れたらしい。もう脱衣所にいなくてもいいか尋ねたら、佳奈多は頷いた。佳奈多が風呂に入る間、大翔はリビングにいたり寝室にいたりして、勉強をしたりスマホをいじったりして時間を過ごした。
大翔はため息をついた。
幸せなはずなのに、同じ空間にいるのに佳奈多との距離が遠い。
どうしてもあの日の、見知らぬ男と会話していた佳奈多を思い出してしまう。同じ空間にいても、大翔と佳奈多はほとんど会話なく日々を過ごしていた。佳奈多が風呂やトイレに籠もっても、体調の心配はしてもそれ以上触れることはなかった。
大翔は眠ることにした。もう、なにも考えたくなかった。
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