黒い春 本編完結 (BL)

Oj

文字の大きさ
上 下
56 / 153

55

しおりを挟む
ここまで佳奈多を想ってきたのは、大翔が勝手にしたことだ。佳奈多を手放したくない気持ちはまだ強く残っている。大翔は佳奈多から離れたくなかった。離れられない。守ると誓った。盾になろうと思っていた。でも、大翔じゃ足りなかった。佳奈多を守る盾として、不十分だった。
背後で鼻をすする音がする。たぶん佳奈多が泣いている。いつもなら、佳奈多を抱きしめて背中をさすって『大丈夫だよ』と声を掛けていた。その日大翔は背中を向けたまま、振り返ることができなかった。


結局大翔はあまり眠れなかった。佳奈多も同じだったようで、あまり顔色が良くない。起き上がった大翔を、佳奈多が青い顔で見上げてきた。
「…かなちゃん、洗面台、先に使うね」
「ひ、ひろく」
佳奈多が大翔を呼ぶ。大翔は聞こえなかったふりをして洗面台に向かった。顔を洗って身支度を整えてキッチンに行く。佳奈多はまだ寝室にいるようだ。大翔は朝食を準備して一人、食事を済ませた。まだ時間に余裕はあるものの、佳奈多が寝室から出てくる気配がない。大翔は寝室の扉を開ける。佳奈多はベッドに座り込んでいた。
「かなちゃん。そろそろ、時間」
佳奈多は頷いてベッドを降りた。佳奈多が洗面台に向かうのを見送って、大翔は制服に着替えてリビングに戻る。いつもなら一緒に身支度をして一緒に朝食を食べて、短い時間でも佳奈多のそばから離れない。この日はなぜか体が動かなかった。ソファに腰掛けて、ぼんやりと時間が過ぎるのを待つ。
しばらくして、扉が開いた。佳奈多がリビングに入ってきた気配がした。キッチンとダイニングに背を向ける形で配置されたソファに座っている大翔から佳奈多の姿は見えない。いつもは朝食も大翔が準備するが、今日は佳奈多の分は用意していない。
佳奈多の足音が止まっている。どうしたらいいのかわからないんだろう。声をかけてあげなきゃいけないのに、大翔は動けない。頭がぼんやりとして、ソファに座ったまま。佳奈多を振り返ることはなかった。時間を置いて、佳奈多が動き出す気配がした。カサカサとなにか取り出す音のあと、リビングの椅子を引く音。たぶん食パンを出して食べているのだろう。姿は見られないのに、音と気配で何をしているのか察している自分に大翔は笑った。こんなに気にしているのに、佳奈多の一番になれなかった。大翔に足りない部分があった。逆に、過剰すぎたのかもしれない。こんな人間が、佳奈多をちゃんと守れるのか。
(駄目だ。俺じゃ、駄目なんだ)
佳奈多を守って傍にいたい。でも佳奈多が求めているのは自分じゃない。
佳奈多は食事を終えたのか、リビングから出ていった。大翔は再び、ぼんやりと時計を眺める。まだ登校には間に合う時間だ。佳奈多がリビングに戻ってきた。ソファまでやってきた佳奈多は制服を着ている。
「行こうか。玄関で待ってて。鞄、持ってくる」
大翔は佳奈多の顔を見ず、鞄を取りに行った。鞄を持って玄関に行くと佳奈多は靴を履いて待っていた。大翔も靴を履き、玄関を出る。鍵をかけて歩き出すと、左腕を引かれた。佳奈多が大翔の制服の袖を掴んでいた。大翔はいつも佳奈多と手を繋いで行動している。大翔は佳奈多の手を外して握り直した。佳奈多の体温が左手から伝わってくる。慣れた温度に胸がジンとした。佳奈多は別の男を求めているのだと知ってとても苦しいのに、佳奈多の体温に安堵している自分がいる。
(かなちゃんが、好きだ)
大翔は佳奈多のことが好きで好きで仕様がない。大翔は佳奈多の手を強く握った。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

泣き虫な俺と泣かせたいお前

ことわ子
BL
大学生の八次直生(やつぎすなお)と伊場凛乃介(いばりんのすけ)は幼馴染で腐れ縁。 アパートも隣同士で同じ大学に通っている。 直生にはある秘密があり、嫌々ながらも凛乃介を頼る日々を送っていた。 そんなある日、直生は凛乃介のある現場に遭遇する。

思い出して欲しい二人

春色悠
BL
 喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。  そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。  一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。  そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)

夏目碧央
BL
 兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。  ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?

いとしの生徒会長さま

もりひろ
BL
大好きな親友と楽しい高校生活を送るため、急きょアメリカから帰国した俺だけど、編入した学園は、とんでもなく変わっていた……! しかも、生徒会長になれとか言われるし。冗談じゃねえっつの!

ヤンデレBL作品集

みるきぃ
BL
主にヤンデレ攻めを中心としたBL作品集となっています。

イケメンに惚れられた俺の話

モブです(病み期)
BL
歌うことが好きな俺三嶋裕人(みしまゆうと)は、匿名動画投稿サイトでユートとして活躍していた。 こんな俺を芸能事務所のお偉いさんがみつけてくれて俺はさらに活動の幅がひろがった。 そんなある日、最近人気の歌い手である大斗(だいと)とユニットを組んでみないかと社長に言われる。 どんなやつかと思い、会ってみると……

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

処理中です...