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番外編2
呼び方の話 1
しおりを挟むある休日。森之宮裕司は子供達三人をソファに並んで座らせて、腕を組んで目の前に立った。
「よし、お前達。パパの話はわかったな?俺と華を呼んでみろ。さん、はい」
「「「はなぁ~ゆうぅ~じぃ~」」」
「はぁーっい!元気に俺を呼べたねぇっ☆
じゃねぇんだよ!ちげぇだろ!どこ聞いてたんだお前ら!!!」
裕司は全力で挙手をしてお返事をした後、両手を開いて片足を踏み鳴らした。たった今、切々と大切な話をしたのだが、子供達には何一つ伝わっていなかったようだ。おちょくられている裕司は子供のように怒りを表現している。華は吹き出してしまった。
「ぶふっ…裕司、そんなに大きい声出さないで。もう、今更じゃない?」
クスクスと楽しそうに笑う華に、裕司は唇を尖らせる。
「そういう訳にもいかねぇの。もうすぐ伊吹も小学生よ?何時までも俺達を名前で呼ばせるわけにはいかないだろ」
裕司が切々と子供達に語ったのは華と裕司に対する呼び方だ。子供達は上から咲也10歳伊吹6歳開斗4歳になった。
本日の森之宮家の議題は『どうして両親を名前で呼ぶの?』である。冒頭前に裕司は子供達にわかりやすく噛み砕いて語った。一般的に親を名前では呼ばない。ちゃんと華を『お父さん』裕司を『パパ』と呼ぶようにと全員の目を見て語った。
難しい話じゃない。これ以上ないほどわかりやすく説明した。簡単な話のはずだ。なのに子供達に何一つ伝わっていない。
というよりも、わかった上で『華』『裕司』と呼んでいる。子供達はパパを舐めている。
「だって呼び慣れたし」
「裕司は裕司で、華は華だろ」
「華、聞いた?ほんと舐めてる、コイツら。パパを舐め腐ってるわ」
「こら。言い方良くないよ」
咲也も伊吹も呆れ顔で裕司に言い返す。裕司は鼻にシワを寄せて暴言を吐いた。華はそんな裕司を嗜めるが、裕司は増々むくれてしまう。そんな裕司に開斗は手を伸ばす。
「はにゃ♡ゆじ♡ゆーじ♡」
「はい、なーに?はにゃ♡だって♡開斗は可愛いにゃ~♡」
「そういうとこだよ、裕司」
鼻の下を伸ばして裕司は開斗にデレデレでお返事した。ニコニコお愛想上手な開斗の隣で、咲也は無表情で裕司を見ていた。伊吹は眉間にシワを寄せて目を細めて引いている。
顔立ちやら体格やら全てが裕司にそっくりな咲也と伊吹と比べると、髪や目の色だったり雰囲気だったり、開斗は華の要素を受け継いでいる。しかし顔の作りはやっぱり裕司なのだが、盲目な裕司には見えていない。出会った頃の華に増々似てきていると、デレが勢いを増している。子供達に舐められている所以である。
「僕、お母さんでいいのに。産みの親だし」
「いや!華は男性オメガだから。男性に対する呼称を使うべきだと思う」
「そっかぁ、なるほど…でも、なんで裕司はパパなの?」
「開斗にパパって呼ばれたいから」
舐められている所以である。開斗にデレデレの裕司だが、咲也と伊吹を蔑ろにしているわけではない。それを、咲也と伊吹も理解している。しかし開斗に対してあまりにも気持ち悪い裕司に、父親としての威厳はごりごりに削られていた。
咲也は表情を変えずに口を開く。
「ちゃんと外ではお父さんとか父親とか言ってるよ、俺。いいじゃん、変えなくて」
「あのな、咲也。パパな、言葉は悪いけど、お前が元凶だと思ってるぞ?咲也の真似して、下の子達が俺達を名前で呼んでるんじゃないか?」
「ちげぇよ!俺、咲也の真似なんかしてない!」
「伊吹。怒らないよ」
「いぶき、め~よ。めっ」
裕司に食ってかかる伊吹を華が諌めると、開斗は華を真似をしてからぺちっと伊吹の足を叩く。「また可愛い子ぶってる」と伊吹は怒り、裕司は「めっできてえらい」とデレつく。これが森之宮家の平常運行である。
「開斗、叩くのは駄目だぞ。俺が元凶っつーか、華と裕司がお互い名前で呼んでるからじゃね?だから伊吹と開斗が真似してんだよ」
咲也は華と裕司に説く。確かに兄である咲也の真似をしているのかもしれない。しかし、そもそも両親がお互いを名前で呼び合い、どう呼ぶのかも教えてこなかったのだからこれは両親のせいだと咲也は思う。責任を押し付けないでいただきたい。
咲也に嗜められた開斗は項垂れてしまった。これはポーズでもはなく、咲也に叱られると開斗は小さなことでも本当にしょんぼりと落ち込んでしまう。
「ごめんなしゃい…」
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