54 / 78
森之宮家の三兄弟
15
しおりを挟む
微笑む幸四郎を、伊吹は睨む。この男は一体なんなのか。親の力で入社したことを馬鹿にしたいのか、自分を使って父に取り入りたいのか、果たしてどちらなのか。
幸四郎は目を丸くして伊吹を見た。
「それは何か、いけないことですか?それに、七光りで入れるほど、御社は優しくないと思いますが。実は…私、森之宮製薬に落ちましてね」
幸四郎は微妙な笑顔を浮かべた。今度は伊吹が目を丸くした。それは転職活動をしていた、ということだろうか。そんな話をこの場でしていいのだろうか。幸四郎は慌てて両手を振った。
「あっ、転職じゃないですよ?大学生の頃、第一志望で。で、落ちまして。若い方が社長をなさってると聞いて、まぁ…その…面接を、舐めてかかりまして。最終面接でお父様とお会いしたのですが、今までどんな研究を行ったか、まぁ、自信満々に語ったわけです。が、お父様はご存知で、熟知されていまして。薬学部を出た後に経営学を学んだと伺っていたので薬学は片手間に学んだ程度だろうと思っていたんですね。お恥ずかしい話です…お父様に論破されまして。何が足りなかったのか、何をすべきだったのか」
幸四郎は頭をかいた。一体何の話だろうか。気づけば伊吹は口を開けて聞き入ってしまっている。幸四郎は早口で話を続けた。
「お父様の洞察力と見識には驚かされました。どうせわからないだろうと、高をくくっていたんですが…お話をして、この方の下で働きたいと思いました。しかし、『よく学んでいますが、人を見る目はもう少し養うべきだ』、と…全くもってその通りです。年齢と、失礼ながら若々しい見た目と経歴で勝手に判断してしまいました。森之宮さんのお父様は、他人を見抜く力をお持ちです。そんなあなたを入社させたということは、伊吹さんも大変優秀な方なのだろうと思います」
伊吹は口を開けたまま、首を傾げた。まさか父の聞くことになるなんて思ってもいなかった。幸四郎はまだ、裕司がいかに優秀か、いかに実物が格好良かったかを早口で熱くまくし立てている。なぜそんな話をしたのだろうかと考えて伊吹は思った。
自分に、ひいては森之宮製薬に取り入りたいのだろう。それこそ転職を考えているのかもしれない。
「これから、仕事をご一緒させていただけるなんて、楽しみです」
「そーっすね」
微笑む幸四郎に、そうはいくかと伊吹は無意識に彼を睨みつけてしまっていた。
その翌週。早速幸四郎と打ち合わせをすることになった。新薬について共同研究開発することで認可までの期間を早めようということらしい。今後のスケジュールについてを、顔を合わせて話し合う。
「また、お会いできましたね」
ニコニコ笑っている幸四郎に、伊吹は訝しげな顔を向けた。この無害そうな笑顔に騙されてなるものか。この男は森之宮製薬に取り入ろうとしている。転職、なんなら伊吹の研究員としてのポジションを狙っているかもしれない。
森之宮へのパイプ役なんか絶対しない。父の威光を借りている伊吹が下手な真似をすることはできない。兄の咲也と弟の開斗の顔が浮かぶ。彼らに失望されたり嘲笑されるようなことはしない。華を悲しませるような結果にはしない。
伊吹はあまり懐に飛び込ませないように、キレないように、注意を払った。
「この検証が終わらないと次の段階には行けないから…」
「ええ、検証に関してもこちらと共同で。伊吹さん、こちらの薬品については御社でお願いできないでしょうか、弊社に扱った経験のあるものがいなくて…」
「それは俺がやる。できる」
「本当ですか!?やはり、素晴らしい、です…では、スケジュールはここまで削りましょう。大幅に短縮できましたね」
「何いってんだよ、もっと詰められるだろ」
幸四郎は目を丸くして伊吹を見た。
「それは何か、いけないことですか?それに、七光りで入れるほど、御社は優しくないと思いますが。実は…私、森之宮製薬に落ちましてね」
幸四郎は微妙な笑顔を浮かべた。今度は伊吹が目を丸くした。それは転職活動をしていた、ということだろうか。そんな話をこの場でしていいのだろうか。幸四郎は慌てて両手を振った。
「あっ、転職じゃないですよ?大学生の頃、第一志望で。で、落ちまして。若い方が社長をなさってると聞いて、まぁ…その…面接を、舐めてかかりまして。最終面接でお父様とお会いしたのですが、今までどんな研究を行ったか、まぁ、自信満々に語ったわけです。が、お父様はご存知で、熟知されていまして。薬学部を出た後に経営学を学んだと伺っていたので薬学は片手間に学んだ程度だろうと思っていたんですね。お恥ずかしい話です…お父様に論破されまして。何が足りなかったのか、何をすべきだったのか」
幸四郎は頭をかいた。一体何の話だろうか。気づけば伊吹は口を開けて聞き入ってしまっている。幸四郎は早口で話を続けた。
「お父様の洞察力と見識には驚かされました。どうせわからないだろうと、高をくくっていたんですが…お話をして、この方の下で働きたいと思いました。しかし、『よく学んでいますが、人を見る目はもう少し養うべきだ』、と…全くもってその通りです。年齢と、失礼ながら若々しい見た目と経歴で勝手に判断してしまいました。森之宮さんのお父様は、他人を見抜く力をお持ちです。そんなあなたを入社させたということは、伊吹さんも大変優秀な方なのだろうと思います」
伊吹は口を開けたまま、首を傾げた。まさか父の聞くことになるなんて思ってもいなかった。幸四郎はまだ、裕司がいかに優秀か、いかに実物が格好良かったかを早口で熱くまくし立てている。なぜそんな話をしたのだろうかと考えて伊吹は思った。
自分に、ひいては森之宮製薬に取り入りたいのだろう。それこそ転職を考えているのかもしれない。
「これから、仕事をご一緒させていただけるなんて、楽しみです」
「そーっすね」
微笑む幸四郎に、そうはいくかと伊吹は無意識に彼を睨みつけてしまっていた。
その翌週。早速幸四郎と打ち合わせをすることになった。新薬について共同研究開発することで認可までの期間を早めようということらしい。今後のスケジュールについてを、顔を合わせて話し合う。
「また、お会いできましたね」
ニコニコ笑っている幸四郎に、伊吹は訝しげな顔を向けた。この無害そうな笑顔に騙されてなるものか。この男は森之宮製薬に取り入ろうとしている。転職、なんなら伊吹の研究員としてのポジションを狙っているかもしれない。
森之宮へのパイプ役なんか絶対しない。父の威光を借りている伊吹が下手な真似をすることはできない。兄の咲也と弟の開斗の顔が浮かぶ。彼らに失望されたり嘲笑されるようなことはしない。華を悲しませるような結果にはしない。
伊吹はあまり懐に飛び込ませないように、キレないように、注意を払った。
「この検証が終わらないと次の段階には行けないから…」
「ええ、検証に関してもこちらと共同で。伊吹さん、こちらの薬品については御社でお願いできないでしょうか、弊社に扱った経験のあるものがいなくて…」
「それは俺がやる。できる」
「本当ですか!?やはり、素晴らしい、です…では、スケジュールはここまで削りましょう。大幅に短縮できましたね」
「何いってんだよ、もっと詰められるだろ」
42
お気に入りに追加
204
あなたにおすすめの小説

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。
【完結】俺はずっと、おまえのお嫁さんになりたかったんだ。
ペガサスサクラ
BL
※あらすじ、後半の内容にやや二章のネタバレを含みます。
幼なじみの悠也に、恋心を抱くことに罪悪感を持ち続ける楓。
逃げるように東京の大学に行き、田舎故郷に二度と帰るつもりもなかったが、大学三年の夏休みに母親からの電話をきっかけに帰省することになる。
見慣れた駅のホームには、悠也が待っていた。あの頃と変わらない無邪気な笑顔のままー。
何年もずっと連絡をとらずにいた自分を笑って許す悠也に、楓は戸惑いながらも、そばにいたい、という気持ちを抑えられず一緒に過ごすようになる。もう少し今だけ、この夏が終わったら今度こそ悠也のもとを去るのだと言い聞かせながら。
しかしある夜、悠也が、「ずっと親友だ」と自分に無邪気に伝えてくることに耐えきれなくなった楓は…。
お互いを大切に思いながらも、「すき」の色が違うこととうまく向き合えない、不器用な少年二人の物語。
主人公楓目線の、片思いBL。
プラトニックラブ。
いいね、感想大変励みになっています!読んでくださって本当にありがとうございます。
2024.11.27 無事本編完結しました。感謝。
最終章投稿後、第四章 3.5話を追記しています。
(この回は箸休めのようなものなので、読まなくても次の章に差し支えはないです。)
番外編は、2人の高校時代のお話。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。
執着攻めと平凡受けの短編集
松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。
疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。
基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。
鈴木さんちの家政夫
ユキヤナギ
BL
「もし家事全般を請け負ってくれるなら、家賃はいらないよ」そう言われて住み込み家政夫になった智樹は、雇い主の彩葉に心惹かれていく。だが彼には、一途に想い続けている相手がいた。彩葉の恋を見守るうちに、智樹は心に芽生えた大切な気持ちに気付いていく。
あなたの隣で初めての恋を知る
ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。
その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。
そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。
一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。
初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。
表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる