53 / 78
森之宮家の三兄弟
14
しおりを挟む
伊吹は答えに詰まった。森之宮製薬に行けば楽に就職できて好きに働けるだろう。しかしそれでは甘えてしまっているようで嫌だった。就職活動中、森之宮製薬の名前を見るとイライラ、モヤモヤが腹の中に広がった。あれは何だったのだろう。
伊吹は何度も逡巡して口を尖らせて答えた。
「…裕司が来いっつーなら、行ってやってもいいけど」
「上から…あのな。仕事だから。好きな研究だけやっときゃいいわけじゃねぇからな?検証だけひたらすら繰り返して眠くてつまんねぇこともあるからな?嫌だって投げ出せるもんじゃねぇぞ?仕事だからな?」
「う…わかってるよ、わかってる。裕司は、うるさい!」
「どーしょもねぇ時は休んでいいけどな、基本ばっくれ禁止だぞ?わかったな?」
「わかったって言っただろ!うっせぇな!!」
「もう、どうしたの?伊吹、大きな声出さないよ」
まるで5歳児を相手にするかのような父に、伊吹は久しぶりに爆発してしまった。ただでさえ親の会社に就職なんて気恥ずかしくて情けないのに。
華が来たことで、それ以上伊吹は怒れなくなった。昔から爆発する伊吹をあやしてなだめてくれたのは華だった。同級生と揉めることも多く、華はいつも優しく諭してくれた。
『イライラしちゃったね。でも、お友達もきっと、びっくりしちゃったよ?大きな声は、駄目だよ』
強く叱ることはせずになだめてくれた。困った顔で笑う華に、伊吹はいつも申し訳なく思う。華の顔を見ると、イライラはモヤモヤに変わっていく。
どうして華にこんな顔をさせるんだろう。どうしてうまくできないんだろう。
俺の言い方が悪かったと言う裕司にまた腹が立つ。伊吹が悪いと言えばいいのに。相手に折れられて、子供だと言われているかのようでまたイライラが募る。しかし華がいる。もう爆発している姿は見せたくない。
伊吹はぐっと唇を噛み締めた。
伊吹は森之宮製薬に就職した。職場である研究室では社長の息子として少し気を使われてイラついた。しかし大学とはまた違った設備に、タイトな期限を設けられた課題を与えられて、伊吹は夢中で働いた。腹立つことがあっても研究に没頭すると忘れられる。ぶっ倒れるまで働きたい、実験したいと毎日が楽しかった。しかし毎週水曜日にノー残業デーが設けられている。その日には強制的に電気を落とされてしまうので、仕方なく自宅に帰った。帰ると連日の疲労で食後直ぐに眠ってしまう。研究も実験も楽しいが、やはり大学とは違う。慣れない空気と納期に知らぬ間に疲労は溜まっていたようだ。倒れる前に休息が取れる水曜日は、伊吹にとってなくてはならないものになった。
入社から半年後、他社の研究室との飲み会に参加することになった。提携会社とまではいかないが、良好な関係を築いている会社の研究員との交流会だ。数名いる新入社員同士の顔見せの場らしい。
研究内容によってはデータを共有していくこともある。連絡を取り合うこともあるそうだ。その為、お互いを認識するための交流会。他人との関わりが苦手な伊吹は交流会も連絡を取り合うこともあまり気乗りがしなかった。
ただ、今の研究室の人間もそうだが、同じ研究職であることと、伊吹が深く興味のある分野であるという共通点があり、話をするのは嫌いではない。誰も気にせず好きな分野の話を聞くことができる。
その飲み会で出会ったのが、幸四郎だった。15歳も年上の彼は、研究者としても伊吹より長く仕事をしている。
「森之宮、伊吹さん。あの、森之宮製薬の…」
「はい。社長の、息子っす」
「おぉ!あなたが…幼い頃から薬学に触れてきたんでしょうね。素晴らしい、すごいです。森之宮製薬にお勤めなんて」
「はぁ、そうですかね…親の七光りっすけど」
伊吹は何度も逡巡して口を尖らせて答えた。
「…裕司が来いっつーなら、行ってやってもいいけど」
「上から…あのな。仕事だから。好きな研究だけやっときゃいいわけじゃねぇからな?検証だけひたらすら繰り返して眠くてつまんねぇこともあるからな?嫌だって投げ出せるもんじゃねぇぞ?仕事だからな?」
「う…わかってるよ、わかってる。裕司は、うるさい!」
「どーしょもねぇ時は休んでいいけどな、基本ばっくれ禁止だぞ?わかったな?」
「わかったって言っただろ!うっせぇな!!」
「もう、どうしたの?伊吹、大きな声出さないよ」
まるで5歳児を相手にするかのような父に、伊吹は久しぶりに爆発してしまった。ただでさえ親の会社に就職なんて気恥ずかしくて情けないのに。
華が来たことで、それ以上伊吹は怒れなくなった。昔から爆発する伊吹をあやしてなだめてくれたのは華だった。同級生と揉めることも多く、華はいつも優しく諭してくれた。
『イライラしちゃったね。でも、お友達もきっと、びっくりしちゃったよ?大きな声は、駄目だよ』
強く叱ることはせずになだめてくれた。困った顔で笑う華に、伊吹はいつも申し訳なく思う。華の顔を見ると、イライラはモヤモヤに変わっていく。
どうして華にこんな顔をさせるんだろう。どうしてうまくできないんだろう。
俺の言い方が悪かったと言う裕司にまた腹が立つ。伊吹が悪いと言えばいいのに。相手に折れられて、子供だと言われているかのようでまたイライラが募る。しかし華がいる。もう爆発している姿は見せたくない。
伊吹はぐっと唇を噛み締めた。
伊吹は森之宮製薬に就職した。職場である研究室では社長の息子として少し気を使われてイラついた。しかし大学とはまた違った設備に、タイトな期限を設けられた課題を与えられて、伊吹は夢中で働いた。腹立つことがあっても研究に没頭すると忘れられる。ぶっ倒れるまで働きたい、実験したいと毎日が楽しかった。しかし毎週水曜日にノー残業デーが設けられている。その日には強制的に電気を落とされてしまうので、仕方なく自宅に帰った。帰ると連日の疲労で食後直ぐに眠ってしまう。研究も実験も楽しいが、やはり大学とは違う。慣れない空気と納期に知らぬ間に疲労は溜まっていたようだ。倒れる前に休息が取れる水曜日は、伊吹にとってなくてはならないものになった。
入社から半年後、他社の研究室との飲み会に参加することになった。提携会社とまではいかないが、良好な関係を築いている会社の研究員との交流会だ。数名いる新入社員同士の顔見せの場らしい。
研究内容によってはデータを共有していくこともある。連絡を取り合うこともあるそうだ。その為、お互いを認識するための交流会。他人との関わりが苦手な伊吹は交流会も連絡を取り合うこともあまり気乗りがしなかった。
ただ、今の研究室の人間もそうだが、同じ研究職であることと、伊吹が深く興味のある分野であるという共通点があり、話をするのは嫌いではない。誰も気にせず好きな分野の話を聞くことができる。
その飲み会で出会ったのが、幸四郎だった。15歳も年上の彼は、研究者としても伊吹より長く仕事をしている。
「森之宮、伊吹さん。あの、森之宮製薬の…」
「はい。社長の、息子っす」
「おぉ!あなたが…幼い頃から薬学に触れてきたんでしょうね。素晴らしい、すごいです。森之宮製薬にお勤めなんて」
「はぁ、そうですかね…親の七光りっすけど」
45
お気に入りに追加
204
あなたにおすすめの小説

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。
【完結】俺はずっと、おまえのお嫁さんになりたかったんだ。
ペガサスサクラ
BL
※あらすじ、後半の内容にやや二章のネタバレを含みます。
幼なじみの悠也に、恋心を抱くことに罪悪感を持ち続ける楓。
逃げるように東京の大学に行き、田舎故郷に二度と帰るつもりもなかったが、大学三年の夏休みに母親からの電話をきっかけに帰省することになる。
見慣れた駅のホームには、悠也が待っていた。あの頃と変わらない無邪気な笑顔のままー。
何年もずっと連絡をとらずにいた自分を笑って許す悠也に、楓は戸惑いながらも、そばにいたい、という気持ちを抑えられず一緒に過ごすようになる。もう少し今だけ、この夏が終わったら今度こそ悠也のもとを去るのだと言い聞かせながら。
しかしある夜、悠也が、「ずっと親友だ」と自分に無邪気に伝えてくることに耐えきれなくなった楓は…。
お互いを大切に思いながらも、「すき」の色が違うこととうまく向き合えない、不器用な少年二人の物語。
主人公楓目線の、片思いBL。
プラトニックラブ。
いいね、感想大変励みになっています!読んでくださって本当にありがとうございます。
2024.11.27 無事本編完結しました。感謝。
最終章投稿後、第四章 3.5話を追記しています。
(この回は箸休めのようなものなので、読まなくても次の章に差し支えはないです。)
番外編は、2人の高校時代のお話。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。
執着攻めと平凡受けの短編集
松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。
疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。
基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。
鈴木さんちの家政夫
ユキヤナギ
BL
「もし家事全般を請け負ってくれるなら、家賃はいらないよ」そう言われて住み込み家政夫になった智樹は、雇い主の彩葉に心惹かれていく。だが彼には、一途に想い続けている相手がいた。彩葉の恋を見守るうちに、智樹は心に芽生えた大切な気持ちに気付いていく。
あなたの隣で初めての恋を知る
ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。
その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。
そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。
一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。
初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。
表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる