森の中の華 (オメガバース、α✕Ω、完結)

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2ヶ月ほど経った頃。夜、寝室で咲也にミルクをあげていた裕司に、華が声をかけた。
「裕司、お仕事は大丈夫なの?大学も…僕、もう一人で咲也を見ていられるよ?」
「あー、大丈夫大丈夫。まだ、もうちょい、余裕あるから。今は華と一緒に咲也の世話をしたいし…つーか、行ける気しねぇ。咲也にミルクを与えるお仕事しかしたくないな~」
裕司はあれから大学に進学し、薬学を学んでいる。高校は3年になってすぐ卒業を許可された。広末の協力と、学校から出される課題をこなして特例で早々に卒業した。きちんと卒業証書も得た。それから大学に掛け合って年度の途中からの入学を果たした。このまま勉学に励んで研究を続け、本来6年間の通学期間を半分に短縮したいと考えている。その後は経営学を学び、社長業に邁進していくつもりだ。
森ノ宮製薬でのアルバイトも続けているが、研究をしたり経営について学んだりと、およそ仕事とはいえないことをしている。大学はともかく、仕事のほうは行ける時にいけば良い。しかし、懸命にミルクを飲む咲也と隣に腰掛ける華に、この時間が永遠に続けば良いとも思ってしまう。
「いいよ、裕司が辞めたら僕が働くよ。でも、オムツも変えてね?」
「寝かしつけは免除してくれる?」
「だめ、寝かしつけもして下さい。…本当に、辛くなったら言ってね。こんなお家には住めないと思うけど。裕司と咲也がいてくれたら、僕はそれでいいから」
裕司の冗談に、華は笑っている。裕司を気遣って笑う華に愛しさが込み上げた。『自分が働く』という華の言葉に嘘はないと、目を見ればわかる。華は心から裕司のことを気遣ってくれている。
出産してからは咲也の育児に手一杯で仕事のことや学校の話をする機会がなかった。本当に大丈夫なので大丈夫としか言わなかったが、もしかしたら華を不安にさせてしまったかもしれない。裕司は慌てて華に向き合った。
「ごめんな、華。本当に、大丈夫なんだけど…大学は抑制剤に詳しい教授と研究がしたいだけだし、会社も今は勉強しに行ってるだけだから。逆に、穴を開けるなら今だけなんだ。社長になったら経営も絡んでくるから今ほど手が開かなくなる。それよりも、あの会社でやりたいことがあって」
「やりたいこと?」 
裕司は一呼吸置いて華を見た。華は懸命に話を聞いてくれている。表情はとても真剣だった。華は以前、『もっと、話をしよう』と言っていた。産後間もない華に子育て以外の話はしないようにしていたが、もっと早くに話すべきだったかもしれない。
「アルファに対する薬を、新しく作りたいんだ。抑制剤に追加して服用できる形にして、避妊効果のあるもの。それを今大学で研究してる」
「アルファの、薬。避妊効果…抑制剤とは、別?抑制剤だけじゃだめなの?」
華は何度か頷いて裕司の言葉を噛み砕いて、首を傾げる。
「2回目の華の発情期に、抑制剤が効かなかった。華が何日も発情期に耐えてフェロモンが濃縮されてたせいもあるだろうけど…抑制剤を飲んでいたアルファの俺が、オメガの華のフェロモンに耐えられなかった。これは他のアルファにも起こり得るかもしれない。ただ抑制剤を強くするだけじゃなく、万が一間違いが起きても妊娠だけはさけられる避妊薬を作りたい」
番ができたオメガは番のアルファ以外にフェロモンが効かなくなる。しかしアルファは番以外のオメガのフェロモンにも反応してヒートを起こす。それに、都市伝説のような話だが、アルファとオメガには運命の番なるものがあるらしい。出会ってしまうとお互い番になりたいという衝動を抑えられなくなる。ロマンチックな話と持て囃されているが、妻も子供もいるアルファの裕司からしたらとんでもない話だ。
オメガのフェロモンに抗えないのは身を持って知っている。
華が裕司の運命の番であってほしい。
しかし万が一、華が運命の番ではなかったら。裕司の運命の番が目の前に現れてしまったら。運命だろうがそうじゃなかろうが、裕司が一番愛しているのは華だ。運命の番とやらのオメガにあてられて不倫など、以ての外だ。
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