森の中の華 (オメガバース、α✕Ω、完結)

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もう少し甘い時間を過ごしたかった。告白が成功するかは賭けだったが、成功したらもっと二人で仲良く、端的に言うとイチャイチャしたかった。しかし、受け入れてもらえただけ良しとしよう。それに、まさか華から好きだと言ってもらえるなんて思ってもなかった。顔がにやけそうになるのをごまかすために、裕司は何度も水を口に含んだ。
しかし、身重の華の体調も気になる。あまり外に連れ出したままにしないほうがいいだろう。そろそろ病院に戻るかとスマホを取り出すと、華が口を開いた。
「僕たち、どうして番にならなかったの。僕がなにか、僕のオメガが、駄目だった?」
華は不安げだった。
アルファとオメガは発情期の行為中に首に噛みつくと番になる。アルファはオメガのフェロモンに逆らえず、番になってしまう。教科書に乗っている文言だ。
「番になっても良いかどうか、聞けなかったから。あの時、まともじゃなかっただろ。俺も色んな人間に聞かれたよ。どうやって華を番にせずに済んだのか」
広末にも華の担当看護師の土屋にも主治医にも聞かれた。高校で真理子にも相談し、出した答えが裕司にはあった。
「1回目はお互いアルファとオメガとして初めてのヒートで何かが不安定だった。2回目は俺が抑制剤を飲んでた。だから我慢できたんじゃないかと思う。両方俺の推測だけど。正直俺も、あの時の記憶が正確じゃないんだ。華を傷つけないようにって、それだけに必死で。あんな形で番になりたくなかったから」
正直、華の発情期に遭遇するまでアルファとオメガの本能を舐めていた。自分達は動物じゃない。本能は理性でねじ伏せられる。そう考えていた。アルファの抑制剤を飲むことにすら抵抗があった。抑制剤を飲むことは、自分が本能に抗えないと認めたようなものだ。
しかし、浅はかだった。
まさかあんなに狂ってしまうものだとは思いもしなかった。あの衝動は、絶対に忘れられない。華と初めて結ばれたあの日、喜びよりも遥かに恐怖が勝った。理性が全く働かず、ただ華の中に自分を刻み込むことしか考えられなかった。それすら考えていたのだろうか。自信がない。記憶がおぼろげにしかない。それも怖かった。頭に残るのは強烈な開放感と逆らえないほどの衝動と、朧げにしかない記憶だけだった。やったことは事実として目の前にあるのに、自分の中のすべてが消し飛んでしまったかのような。
大切な華を、あんな形で汚してしまった。忘れてはいけないし、本来忘れたくない記憶のはずが、思い出したくない記憶になった。あんな体験は二度と味わいたくない。これから産まれてくる命にも絶対に体験させたくない。
きちんと華の意志を確認してから番になりたかった。発情期にむりやり番にすることだけは避けたかった。
番が出来たオメガは、番のアルファとしか発情期を解消できない。もしもあの時、華と裕司が番になっていたら。華の発情期の相手は強制的に裕司になる。番の解消もできるが、そもそも同意もなく番になりたくはない。
優しい華は、裕司が番になることを受け入れただろう。きっと自分の気持ちは抑え込んで、華は自分が番で申し訳ないと謝っただろう。そんな受け入れられ方はしたくなかった。お互いが納得をして、お互いの同意を得てから番になる。それが正しい姿だと裕司は思っている。自分達はアルファやオメガである前に人間だからだ。欲の解消のための番には、なりたくなかった。
結果として妊娠させて傷つけてしまったけれど、番に関しては裕司の望む形になってくれた。
「やっぱり、裕司は僕を想って、番にしなかったんだね…ありがとう」
華は涙を流していた。華の髪を撫でる。そのまま頬に手を滑らせて顔を寄せる。が、またしても華の手に阻まれた。
「今の、ちゅーする流れだって」
「それは、むり、です」
頑なな華に裕司は笑う。華も泣きながら笑っていた。
「僕も裕司と、ちゃんと番になりたい。だからゆっくり待ってて、大好きだから」
華の言葉を信じて、裕司は待つことに決めた。
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