森の中の華 (オメガバース、α✕Ω、完結)

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病院に許可を取り、裕司は華を病院の外に連れ出した。食事をした後に自宅を見てもらうためだ。久しぶりの外出を華はとても喜んでくれた。もっと早く連れ出せば良かったと、裕司が後悔したほどだ。ただ、身重の華を連れ回すのは正直怖かった。今日も車で、なるべく他人に会わないような場所を選んで移動していた。
昼食を終えて自宅に向かう。流れていく窓の外の景色を、華は楽しそうに眺めている。裕司は少し緊張して自宅につくのを待った。
そばに大きな公園のある低層マンション。父が遺した不動産の中で子育てに向いていそうな場所を広末と子育て経験のある使用人に見繕ってもらった。周りに緑が多く夜は静かで過ごしやすい。
本宅に呼びつけたあの日から広末は公私に渡って甲斐甲斐しく尽力してくれている。森之宮製薬で働き始めたことを伝えると大声をあげて笑っていた。
『アルバイトで、って…本当に面白い方。ご自由に動いて下さい。バックアップはおまかせを』
彼女は悪い顔で笑った。広末は裕司の何を気に入ったのか、言葉通りどんなことでも対応し、対処してくれている。裕司もありがたく彼女を使わせてもらっていた。
車が到着し、公園を少し歩いてから自宅に入った。華は公園をとても気に入ってくれていた。
裕司は落ち着かない気持ちを抑えつつ室内を案内していく。最上階のワンフロアを使った部屋は歩いてみるとそこそこ距離がある。
「静かだね。お手伝いさん達はどちらにいるの?」
「玄関入ってすぐの二部屋が使用人の部屋かな。今日は誰もいないけど」
今は裕司が寝に帰っているだけなので、使用人には昼間家事をし終えたら本宅に戻ってもらっている。特に今日は立ち入らないように伝えておいた。華が出産したあとは誰かに常時いてもらう予定だ。
「誰も、いないの?」
「今日だけな。そうだ、あとで使用人の誰を呼ぶか教えてほしい。やっぱ、エリカ…かな。子供がいる雪枝に来てもらう方がいいと思うけど…華?」
雪枝はベテランの、この家を選ぶ時にも意見をもらった使用人だ。孫もいる子育て経験豊富な彼女にいてもらったほうが、華にとって良いのではないだろうか。
足音がせず振り返ると、華は立ち止まっていた。近づくと華ははっとして裕司を見た。
「あ、なに?なんだっけ?」
「この家に呼ぶ使用人、誰にするかって…どうした?少し休む?」
「うぅん、平気。これ、このドア何?」
「これ?なんだっけ、トイレじゃね?気になったとこ開けていいよ。ここは華の家になるんだし」
「そ、そっか、本当だ、うん、先行こうか」
華は扉の中を見て頷き、裕司の背中を押して先を促した。少し様子がおかしい。体調が悪いのかと思ったがそうでもなさそうだ。気づかってあげるべきだが、裕司も心に余裕がない。さっさと案内を終わらせようと先を急ぐ。
とはいえ本宅よりも遥かに狭い室内はあっという間に案内を終えてしまった。最後の寝室の扉を開ける。ベッドのそばに小さなベビーベッドが置かれている。
「とりあえずベビーベッド置いてもらったけど」
「小さい!可愛いね、ベビーベッド。ここに入っちゃうんだね、それともこっちのベッドが大きいのかな?」
確かに隣のベッドと比べたらベビーベッドはミニチュアのように見える。華はお腹に話しかけていた。とても微笑ましい光景だ。しかし、昨日は緊張で眠れずに何度も寝返りをうち、今日は使用人が来ないことを忘れていたベッドはシーツも全てぐちゃぐちゃになっている。
「でかいほうがいいだろ?普段はもっと綺麗だから。ちょっと、休むか」
あまり汚いベッドを見られるのも恥ずかしいので、華をリビングへと促す。華をソファに座らせて、裕司は冷蔵庫へと向かった。
「ベッドは、ひとつだけだよね」
「そうだけど。何飲む?カフェインはだめだよな。水がいいか」
ペットボトルを2本持ってソファに戻る。緊張で、喉が乾いて仕方がない。うつむき気味な華に渡し、裕司も喉を潤した。一息ついて、裕司は口を開く。
「…あのさ。華に、伝えたいことがあって」
「待って裕司。その話は、今じゃないと駄目かな」
「え?いや…うん。今言いたい」
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